弟、スマホもどきに魔力を100%充填する
魔力充填を拒否るレオに、ユウトが実力行使に出た。
手を伸ばし、兄の上着の内ポケットからスマホもどきを取ろうというのだ。
しかし当然ながら、伸びてきた手はすぐにかわされる。
その攻防とも言えない攻防を、2人は数度繰り返した。
そうして何度も軽くあしらわれて、ユウトはぷくりと頬を膨らます。
「レオ兄さん! 逃げちゃ駄目!」
「くっ……確かにこれではユウトに触れなくて本末転倒……」
「もう、いつもは合理性を考えて無駄なことはしない主義のくせに!」
「ユウトとの手繋ぎが無駄なことのわけがあるか! 俺の人生の重要事項だぞ! それが分からんとは、今晩膝の上で小一時間説教してやる! 覚悟しておけ!」
「膝の上で説教……! た、滾る……!」
「タイチ母、萌えんな」
「ま、絶対お説教にならない気がするけどねえ」
ネイは苦笑して肩を竦めた。
レオにとって、ユウトの温もりは何よりもの癒やしだ。昔からその傾向があったものの、一度それをあの5年前の事件で失いかけて以来、かなり執着を強めている。
それがレオにとって最大の弱点であり、一方で最大の強みでもあるのだ。彼の人生の重要事項というのは、まんざら誇張ではない。
まあとりあえず、これくらいの戯れは可愛いものだ。
そう思いながら成り行きを見ていると、レオの言葉を受けてユウトが小首を傾げた。
「……僕、手を繋ぐのが無駄とは言ってないけど? 魔力充填をこのままじわじわやってるのが合理性がないってだけで」
「……ん?」
「だからさ、フル充填した後に手を繋いでれば100%を保持出来るんだし、1回満タンにしちゃおうって話なんだけど」
「……手は繋ぐのか」
「うん。そこからはこまめに充填が必要だし。……そもそもさ、別に魔力充填するためにレオ兄さんと手を繋ぐわけじゃないでしょ? 繋ぎたいから繋いで、そのついでに魔力が充填出来るから効率がいいっていう話なのに、主軸がずれちゃってるの」
「……ふむ、確かにそうだな。よし、充填頼む」
「兄、態度変えるの早っ!」
「結局、2人には触れ合う理由なんて要らなかったのね……ご馳走様です。末永くお幸せに。でも膝の上で説教はして欲しかった……」
「ほんと、仲良いねえ」
レオが通信機を素直に差し出したことで、2人の攻防には決着が付いた。
ユウトがスマホもどきを手に、魔力充填を始める。
その様子を見ながら、ミワが呟いた。
「弟って、ナチュラルに兄キラーだよな。ああいう人間不信的な男には、あの他意の無さが救いなんだろうなあ」
「素直に甘えてくれるし、レオさんを全肯定する懐の深さがあるし、逆に甘やかしてもくれるしね。後、レオさんを叱れるのもユウトくんくらいだから」
「お互いに唯一無二の存在っていうことよね! 滾るわ~!」
「万が一弟がいなくなったりしたら、あの兄じゃあ大変なことになりそうだよな」
「……まあ、大変なことになったよ」
ネイはそう言いつつ、レオに貫かれた腹の傷を装備の上から撫でた。ああいうのはもう勘弁して欲しい。
「おそらくレオさんがいなくなったら、ユウトくんも大変なことになるんだろうなあ」
「兄が過保護すぎて目立たないが、弟の魔法もかなりのものなんだろ? ザインにいる方のジジイがすげえ褒めてた」
「まあ! お義父様に認められるなんて、それはすごいわね!」
「ユウトくんってぽやっと見えて、結構頭もいいからね。レオさんの教えもあって魔法の応用が利くし、魔工爺様や魔法学校講師から魔法戦術も習ってるし」
「可愛くて頭も性格も良くて礼儀正しい兄大好き弟と、激強で無愛想のくせに弟だけ溺愛する兄……尊い……!」
さらにその上に、イケボで高身長で穏やかかつしたたかな弟大好き長兄がいると知ったら、タイチ母はどういう反応をするのだろう。もちろん言わないが。
そんな話をしているうちに、ユウトの魔力充填が終わったようだった。
「はい、レオ兄さんの。これで100%ね」
「ああ」
黒いスマホもどきがレオの手に戻る。
「後で試しに通話してみようね」
「そうだな」
白い通信機を手にほわほわ笑うユウトの頭を、レオが撫でた。
「……兄弟が通信機でどんな会話をするか、おばさん興味津々なんだけど……!」
「今の時点で全然自重してねえんだから変わんねえだろ、多分」
「いや、ユウトくんだけには笑顔を見せたりするらしいから、結構2人きりの通話だと変わるかもよ?」
「え、兄って笑えんの!? もう笑顔を作る表情筋死んでんだと思ってた!」
「最愛の弟にだけ笑顔を見せる兄……! 滾るわ~!」
「……何をごちゃごちゃ言っている」
スマホもどきを内ポケットにしまったレオは、ネイたちを見て眉間にしわを寄せた。
会話は聞こえていたが、それに反応すると絶対うるさいことになる。兄は聞いていなかったふりをして、一絡げに会話を流した。
「装備やアイテムはこれでOKだ。ミワ、当初の目的のヒヒイロカネを出せ。それを持って俺たちはザインに帰る」
「あー、はいはい、これね。あたしも親父たちの引っ越し手伝ったらすぐ帰るけど、タイチによろしく言っといて」
「皆さんの引っ越しはいつ頃ですか?」
「荷物は転移ポーチですぐに送れるからいいんだけど、まず王都の工房を掃除してこねえとなんねえからな。まあ、1週間後くらいか」
「ネイさんからのご報告はここで待っているわ」
「では首尾良く事が済んだら、俺はこちらに報告に来ますね」
今、ラダで済ますべきことはこれで終わった。
ユウトがずっと長椅子の上でおとなしく待っていたエルドワを抱き上げ、レオの隣に戻る。
ネイも2人に従い、扉へ向かった。
「ではそろそろ失礼します。僕たちの装備とアイテム、ありがとうございました。大事に使わせて頂きますね」
ミワたちにぺこりと律儀に頭を下げるユウトを、扉を開けたレオが待つ。
「これはあたしらからの感謝の先渡しだ、気にすんな」
「本当に、難しいことを引き受けて頂いて、ありがとうございます。ネイさん、よろしくお願いしますね」
「はいはい、任せて下さい」
タイチ母もぺこりと頭を下げる。萌え云々と言う以外は、彼女は常識人のようだ。
そうして挨拶を終えると、レオたちはガイナのところにも向かって同様にいとまを告げた。次にこのラダの村を訪れるのは、イムカを救出してきた後だ。
3人と1匹は、ガイナたちに見送られて村の頑丈な門を出る。
そして程無いところでネイが立ち止まり、軽くレオに挨拶をした。
「じゃあ、俺はこのまま徒歩で王都に向かいます。こんな時間ですが、ひとりならノンストップで行けば今日中に着きますし」
「……兄貴に提出するバラン鉱山関連の報告書は出来てるのか?」
「もちろんです。あ、とりあえずユウトくんが飛んだ世界の話も書きましたが、それは今度ユウトくんが直接陛下にお話しした方がいいかもしれません」
「そうですね、今度会ったら話します」
ユウトがネイの言葉に頷くと、彼もまた小さく頷いて、それからレオに視線を戻した。
「……では、レオさん。ここからの仕事が完了するまで、しばし消えますのでよろしくお願いします」
「ああ」
「気を付けて下さいね、ネイさん」
「うん、ありがとうね」
ネイはユウトとエルドワの頭を撫でると、王都への馬車道を足早に去って行った。
「……俺たちもザインに戻るぞ」
「うん。はい、転移魔石」
2人の転移は、いつの間にか行きはレオの、帰りはユウトの魔石を使うことになっている。当然のように差し出された転移魔石を、レオは受け取った。
そしてエルドワを抱いたユウトをお姫様抱っこで抱え上げる。
相変わらず、天使のように軽い。まあ、ユウトは俺の天使だからだ。知ってた。
レオは内心で勝手に納得する。
「では、飛ぶぞ」
短く一声掛けると、兄はそのままザインのネイの隠れ家に飛んだ。




