兄弟、タイチ母の萌えスマホもどきを手に入れる
その日の夜、ガイナの家の一室を借りて、レオたちは就寝の準備をしていた。
ちなみにジラックの3人の男たちはイムカを迎え入れる空き家を決め、今日から泊まり込みでリフォームを始めている。もうここにはいない。
「明日アイテムを受け取ったら、レオさんたちはどうするんです?」
「ミワからヒヒイロカネを預かって、一度ザインに戻る。タイチにユウトのブローチを作ってもらうことになっているからな」
「ネイさんは?」
「俺は一度徒歩で王都まで行きます。今後のことを考えるとしばらく転移魔石の無駄遣いはできませんからね。王都で陛下への報告をして、とりあえず真面目と連絡をとろうかと。そこからは俺も一度ザインに行って、次にジラックかな」
「……ザインで何か必要なものがあるのか?」
「ええ、まあ。使えるモノは何でも使ってみようと思って」
ザインに何が特別なものがあっただろうか。
王都と違ってあまり特筆すべき施設もない街だが。
「ザインにはほんの少し立ち寄るだけですんで、ご挨拶にはいけないかもですけど」
「別に構わん。俺には完了報告だけでいい」
「了解です」
どうするつもりかは気になるが、特に心配はしていない。
レオは一度任せた仕事の結果は、事後報告で十分だと考える。現場に行かない自分が細かく指示を出すのは、彼の臨機の判断に支障をきたすからだ。
ネイの実力を考えれば丸投げしていて問題ないし、もし失敗したならそれができると判断したレオの責任だ。その時に対応すればいい。
「……リーデンには存分に恩を売っておけよ」
「もちろんです。彼とイムカはジラック攻略のキーマンになりますからね。……ラダにも拠点を作っておこうかなあ。これからたびたび2人と接触する必要がありますし、そのたびにガイナの世話になるわけにもいかないでしょう」
「そうだな。小さな空き家ひとつくらい、買い取ってもいいかもしれん。ここは竜穴が近くマナが豊富だから、万が一怪我を負った時の療養にもいいだろうしな」
イムカがどんな人間か分からないが、資質を見極めた上で彼には次期ジラック領主になってもらわなければならない。
そう考えれば、いくらか密な関係を築く必要がある。
……これがリーデンを呼び寄せた精霊の仕組んだ、その導きの一環だとすると、イムカがゆくゆくはユウトに益する人間である可能性も高いのだ。放っておくわけにもいかないだろう。
「俺がイムカを救出してきたら、一度彼の容体をご報告に行きます。身体の浄化はされるでしょうが、刻まれた傷や体力の回復には時間が掛かるかもしれません」
「あまりのんびりともしていられないが、それは仕方あるまい。イムカが消えたことでジラックがどう出てくるかも分からんし、リーデンも利用しつつ対処しよう」
どうせレオたちには他にもやることがある。
イムカが動けるようになるまでは、そちらに注力すればいい。
それに、ジラックが次に大きな行動を起こすとしたら、おそらくエルダールの建国祭。
ライネルと示し合わせて、それまでにできる限りの対策をとっておこう。
まあ何にせよ、この先を考えるのはイムカを助け出してからだ。
レオたちはそこで話を打ち切ると、明かりを消してそれぞれの毛布に潜った。
翌日、昼頃に鍛冶・道具屋を訪れると、カウンターにはミワとタイチ母がいた。明らかにレオたちを待っていた様子だ。こちらを見た途端に引くほどの笑顔を見せた。
「うむ! やはり完璧装備の兄は素晴らしい理想の萌え神……! 目の保養だぜ、ありがたや~」
「ああっ、私たちには冷たい視線を向けつつ、弟さんには優しく肩を抱いてエスコートするそのギャップが滾る……!」
腹が立つほどの通常運転だ。
それにネイが突っ込んだ。
「これからあんたらの旦那と母を助けに行く俺に何か一言ないの?」
「狐目に感謝の気持ちを込めつつ、丁寧に装備を仕上げました。どうぞお納め下さい」
「上質な回復薬を3つほど作成しました。お役立て下さい」
「普通だな!」
邪険にもされないと、それはそれで気持ち悪いらしい。
差し出された装備とアイテムを受け取りつつ、ネイは不満げだ。
しかしミワはそれをさらりと流した。
「いいから、とりあえずそっちの試着室でこの装備に着替えてみてくれ。大丈夫だとは思うが、違和感があるところがあったら直しを入れるから」
「……トゲトゲ付いてないよね?」
「分からん。3人でそれぞれ別パーツを作ってたからな。その辺のバランスも見たい」
「不安だなあ……」
浮かない顔でネイは試着室に向かう。
そして今度はレオたちがタイチ母に手招きで呼ばれた。
「ご所望の通信機ができたわよ! 私の自信作!」
そう言ってカウンターの上に置かれたのは、同じ形で色違いのスマホもどきだった。ユウト用が白、レオ用が黒。ただ、その画面には何も映し出されていない。
「弟さんの魔力でしか使えないから、今は動いてないの。この裏が特上魔石の魔力充填器。弟さん、ここに魔力を注いでみて」
「スマホのバッテリーみたいなものですね。えっと……こうかな?」
2つの通信機の裏にある魔石に手を添えて、ユウトが魔力を込める。本体のオリハルコンがそれに反応して、ほわりと淡く光った。
これは充電ランプみたいなものだろうか。
少しの間そうして充填をしていると、途中でタイチ母に遮られ、ユウトは一旦それを彼女に手渡した。
「先に説明をしてしまうわね。このボタンを押すと、この水晶板に画像が浮かびます。このゲージが魔力残量。今は30%くらいしかまだ充填できてないけど、100%にすれば10時間くらい稼働できるわ。ただ、マナの薄い場所で通信すると魔力消費が多くなるから、大体の目安ね」
「なるほど」
「メインの画像はエルダールの地図よ。ここ、ラダのところにマークがあるでしょ? ここにタッチしてみて」
言われて水晶板に触れると、ラダの地図が出た。本当にスマホのマップ機能のようだ。
「ここが今あなたたちのいる場所。一応、竜穴からの距離や方角から場所を算出して表示しているわ。今は竜穴の場所はここしか登録されていないから、今後他の竜穴の場所に行ったらこの登録ボタンを押してみて。登録しなくても使えるけど、より正確な位置情報が割り出せるわ」
「……これはすごいな」
想像したよりずっといい出来だ。
レオが感心していると、ユウトが隣で首を傾げた。
「この表示、ひとつしかありませんけど、自分がいる場所ですか? それともレオ兄さんの場所が表示されてるんですか?」
「ああ、それは2人のマークよ!」
弟の疑問に、タイチ母は頬を上気させてうふふと笑った。
2人のマーク、と言ったそれは、赤いハートマークだ。
「離れた場所にいると、自分は青いピン、相手は赤いピンで地図上に表示されるわ。でも2人が一緒になるとハートマークになるの! LOVEでしょ、LOVE!」
「ああ、そういうことか。分かりやすくていいな」
「このハートマーク、ふよふよ動いて可愛いね」
「……やべ、あたししか突っ込む人間いない感じ? 狐目、早く試着終えて戻ってこねえかな」
ミワが何かそわそわしている。
「ちなみに、魔力は今みたいに直接充填すると早いけど、伝導充填もできるようにしたわ」
「伝導……? 間に物を介して魔力を充填するってことですか? 魔力抵抗が上がって、効率が悪そうですけど」
「わざわざそんなことをしたら、充填にだいぶ時間が掛かるだろう」
「時間が掛かるからいいのよ! 例えばお兄さんがポケットに通信機を入れて弟さんと手を繋ぐと、そこから魔力が伝導して充填されるわけ! 日々のスキンシップで魔力充填ができるなんて、お得でしょ? どう、この私の妙案!」
ものすごいドヤ顔のタイチ母に、しかし突っ込むものは誰もいなかった。
「なんと……あんた、天才か!?」
「へえ。そしたらちょこちょこマメに充填できるからいいね」
「ナチュラルすぎてあたしでは突っ込めん! おい! 狐目! 着替え途中でもいいから戻ってこい!」
タイチ母の萌え機能付きスマホもどきを、2人は普通にほくほくと受け取る。
その横で、突っ込み不在に耐えかねたミワが、助けを呼んだ。




