兄、ヤキモチを焼く
空き家を見に行くという3人の男たちはガイナに預けて、レオたちは外に出た。
「私はそろそろジラックに戻る。……ネイと言ったか。お前はいつジラックに来るのだ?」
用事を終えたリーデンは、少し落ち着かない様子で訊ねる。
ようやく念願叶ってイムカを救うことができるのだ。その受け入れ先も決まったのだから、気が急くのも当然か。
「とりあえず今装備作ってるから、それができたらかなあ。行くのは簡単だけど、ジラックから3人連れ出さないといけないわけだし、準備もしなくちゃ」
「キイとクウを使っても良いぞ。街中を詳しく調べているし、脱出するなら助言をくれるだろう」
「はい、彼らも頼りにさせてもらいます。ただ、キイとクウは隠密には向かないからなあ……」
「だったら真面目も連れて行け。人を抱えて運ぶ必要が出てくるかもしれんし、あいつの危機回避もこういう時こそ役に立つ」
「そうですね……。真面目がいれば多少危険な手段もとれるか」
少し考えごとをして、それからネイはリーデンを見た。
「3日後の深夜、リーデン殿の屋敷を訪ねます。もうひとり同行させますが、問題はないですよね?」
「構わん。深夜に地下牢か……まあ、領主様宅の敷地内ではあるが、入り口は館の外だからどうにかなるだろう。適当に理由を付けて、手はずを整えておく」
「お願いします。イムカ殿の方は勝手に忍び込んで連れ出しますんで、リーデン殿は関わらないように」
「分かった……頼む」
示し合わせるのはこれだけで十分だ。どうせ動くのはネイの方。今のリーデンはこれ以上の裏切りへの荷担は期待できない。
彼は短く挨拶をすると、転移魔石でジラックへ戻っていった。
「……ジラックから3人も運び出すのは至難の業だぞ。全員に転移魔石を渡せるわけもない。何か手段は考えているのか?」
「まあ、ざっくりとは。俺の案が実行可能かどうかは行って確認しないと分かりませんけど」
この時点で手段が浮かんでいるならば、3日後には他にもいくつか予備案が出るだろう。きっちりとした仕事をする男だ、心配はいらないか。
後のことはネイに任せることにして、レオはミワたちの工房へ足を向けた。
「装備を受け取りに行くの?」
「ああ。修繕なら午前中にはできていると言っていたからな。ついでに世界樹の葉の朝露が手に入ったことも報告する」
「そうですね。彼らには王都の工房に引っ越す準備もしてもらわないといけませんし」
「どうせ転移ポーチを持っているだろうから、物の移動なんかは大した手間じゃないと思うがな」
「物の移動より、ここに残るミワさんのお爺さんのための準備が大変かも」
「あー、確かに」
そんな話をしながら、鍛冶・道具屋の扉を潜る。
入ってすぐの店のカウンターには、今日はタイチ母が座っていた。
「あら、いらっしゃいませ。皆さん、今日も仲良く一緒なのね」
彼女はこちらに気付いた途端、満面の笑みで出迎える。相変わらず何かを期待する瞳だ。
「こんにちは、タイチさんのお母さん」
「……ミワに頼んでいた装備の修繕が終わっているはずだが」
「ああ、はいはい、できてるわよ。これね」
すでに準備してあったのだろう。タイチ母は少し屈むと袋を取り出してカウンターの上に置いた。その中から、いつものレオの上着とシャツが出てくる。
それを受け取って破損していた部分を確かめると、まるで継ぎ目が分からないくらい綺麗に直っていた。
「鍛冶の腕はさすがだな。中身は怪物だが」
「俺の装備の方は順調?」
「ネイさんの装備は3人掛かりだから、進みは早いわ。ただねえ、ひとりトゲトゲを付けたがる人がいて、時折もめてるのよ」
「トゲトゲは絶対阻止でお願いします」
クソどうでもいい。
「あんたに頼んでいる通信機はどうだ?」
「術式はまだ組み上がっていないけど、本体は出来上がっているわよ。これなんだけど」
タイチ母は、カウンター奥のテーブルから、手のひらサイズの板状のアイテムを持ってきた。
見るからにスマホだ。
「術式はあとどのくらいで組み上がる?」
「そうね、明日か明後日には」
「では明日にしろ。やれ。必ずだ」
「……お兄さんって、弟さん以外には当たりがキツいわよね……」
「俺はユウトさえいれば、他の誰に何と思われようがどうでもいい」
「ああん何もう、その科白! 好き!」
レオの言葉に、タイチ母が身悶えている。
何か琴線に触れるものがあったらしい。
「レオ兄さん、あんまり無茶言っちゃ駄目だよ。せっかく作ってくれてるのに。どうせ僕たちしばらく離れる予定もないんだし、急かす必要もないじゃない」
「バラン鉱山の祠の罠みたいに、意図せず分断されることもあるだろう。あんなの次は耐えられん。……ヴァルドのように、すぐにお前の元に飛べる手段があればいいんだが」
「……ヴァルドさんって、どなた?」
タイチ母は、レオの口にした新たな登場人物に興味を引かれたようだった。それに苦笑をしたネイが答える。
「ユウトくんのことを敬愛していて、お姫様みたいに扱う超美形な股肱の臣ですよ」
「超美形の従者……!? おおお、これは美味しい……! お兄さんのライバル現る……!?」
「ライバルなわけあるか、馬鹿馬鹿しい。あんな、すぐにユウトの指を舐める変態」
「え、指を舐める!? 何、どんな状況なの!? 滾る……!」
「もう、ヴァルドさんを変なふうに言わないで。あれは治療なんだから。ヴァルドさんはすごく大人で紳士で優雅で、強くてとっても頼りになる人です」
「……チッ」
ユウトがヴァルドを褒めると、レオはあからさまに機嫌を損ねた。
「お兄さんがヤキモチを焼いている……これはいい三角関係……! 今後の展開が俄然気になるわ……!」
「ふざけんな、展開などせん。あんたは余計な詮索をせずに、とっとと通信機を作れ」
「OKOK,そういう心配があるからいつでも弟さんと連絡が取れるようにしたいのね。そんな理由があるのなら、お兄さんのLOVEのために、おばさん頑張っちゃうぞ!」
何だかやる気が出たようだ。レオとしては何となく納得がいかないが、これで明日アイテムが完成するならまあいいか。
そう思いつつも、レオは不本意な流れの話を変えた。
「ところで、世界樹の葉の朝露を採取してきたんだが」
「えっ!? 本当!」
途端にタイチ母が、萌えと違うテンションで昂揚する。
彼女たちにとっては何年も探し続けていた秘薬だ、当然だろう。
いざそれが本当に手に入ったことを知って、タイチ母はあたふたした。
「待って、ミワちゃんたちにも知らせるわ」
「いや、後で伝えてくれれば良い。……ジラックの人間に伝手ができたから、俺たちの方で投薬と救出までするつもりだ」
「本当に……!? 手に入れてからのことをみんなでずっと悩んでいたから、それならとても助かるけれど……いいのかしら?」
「平気ですよ、ついでみたいなものですから。俺がちゃんと救出してきます」
「ああ、ありがとうございます……!」
実際に救出に行くネイの言葉を聞いて、彼女の瞳に歓喜の涙が浮かぶ。
それにネイはまた苦笑した。
「うれし涙はまだ早いかな。俺が無事に彼らを救い出すまでとっといて下さい」
「あ、そうね……でも、本当にありがとう……!」
「ただ、王都に移る準備は始めてくれ。ロバートもあんたたちに早く戻って欲しいようだった」
「ロバートさんもずっと気に掛けてくれていたのね。タイチとミワちゃんもお世話になっているようだし、今度菓子折持っていかなくちゃ!」
涙を拭ったタイチ母はそう言って嬉しそうに笑うと、もう一度こちらに深々と頭を下げた。
「ありがとう、そして、よろしくお願いします……!」
「装備とアイテムでき次第動き出すつもりなんで、こちらこそよろしく」
「ええ、もちろん。さらに気合いを入れて作るわ!」




