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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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弟、世界樹の葉の朝露を採取する

 ネイをジラックに連れて行く。

 その要求に、リーデンだけでなく、レオも怪訝な顔をした。


「……お前がジラックに行ってどうなるんだ」

「リーデン殿の力で、ジラックでの活動に少し融通を利かせてもらおうと思って」

「……私を使って、ジラックの内情を探ろうとでもいうのか?」

「いえいえ、そっちはもう部下が勝手にしてますので。それよりも、まずはやっておくべきことがあるでしょ?」


 ジラックに間諜を入れていることをあっさりと告げて微笑むネイに、リーデンは毒気を抜かれたようだった。

 そもそも、一番の機密と思われるアンデッド兵のことや、次男の半魔物化がすでに知れているのだ。今さら諜報を阻止しようとしたところで意味がない。


「……やっておくべきことというのは?」

「ジラックで……そうか、世界樹の葉の朝露か」

「そういうことです」


 レオの言葉にネイが頷く。


「俺たちの目的は、ジラック領主宅の地下牢に囚われているパームとロジーの店主に世界樹の葉の朝露を飲ませ、救い出すこと。ただ調べたところあそこは出入り口がひとつだけで、忍び込むのが難しいんですよね。そこで、リーデン殿にご助力頂ければと思いまして」

「……罪人を脱獄させるために、私に手を貸せと?」

「その罪状の片棒をおたくの領主が担いでることは知ってますよね? おまけにああいう悪事を働くように、精神をいじられている。全部の罪を彼らに擦り付けてのうのうとしている領主から2人を救い出すことくらい、大目に見てほしいものです」


 ネイが大仰に肩を竦めてみせると、リーデンはぐっと黙り込んだ。

 領主が犯した悪事をあげつらわれ、それを野放しにしている自身に対する罪悪感があるのだろう。

 正義と忠義、その狭間で苦しんでいるからこそ、彼はどう動くこともできずにいるのだ。


「領主はどうせ、地下にぶち込んだ人間が1人2人消えたところで気付きもしないでしょう。新領主を祭り上げて蜂起するより、全然簡単だと思いますけど?」


 確かに、レオが強要したことに比べたら簡単だ。しかし、小さくても領主への裏切りであることには変わりない。

 ネイはその最初のハードルを、さも何てことなく越えさせようとしているのだ。さすが、人を操る術に長けた男。

 ネイのこの巧妙な誘導で一歩踏み出せば、おそらくリーデンは歪んだ忠義のしがらみから出る足掛かりを得られるだろう。


 それでも尚答えを発せぬ男に、ネイはもうひとつの提案をした。


「それから、彼らを保護するついでと言ってはなんですが、もしリーデン殿が領主の弟……イムカ殿を回復させるつもりでしたら、彼も一緒に保護しても構いませんよ? ジラックに置いておくと大変なことになるでしょうし」

「イムカ様を……!?」


 次男の名前を出すと、リーデンは少し前のめりになる。

 そもそも、ジラックの後継にと指名されていたのはイムカだ。彼にとっては前領主から託された大切な人物。何を措いても、少しでも安全なところに置きたいだろう。

 それが分かっているから、ネイはことさら丁寧にリーデンを誘導する。


「世界樹の葉の朝露で邪気は払われますが、イムカ殿の身体は衰弱もしているでしょうし、ジラックにいればすぐに追い詰められて今度こそ殺されてしまうかもしれません。その点、俺が保護して連れ去ってしまえば行き先は分かりませんし、領主だっておおっぴらに探すこともできない。悪い話ではないと思いますけど」

「確かにそうだが……。イムカ様の身の安全は保証出来るのか……?」

「どこでもジラックよりは安全ですよ。まあ、一番は王宮で匿うことですけど、そうなるとリーデン殿もなかなか会えなくなりますし、現在敵対しているせいで心配でしょうし、ラダの村でいいんじゃないですか? あそこは隠れるにはいい場所だし、ジラックや王都と何の関係もない分、疑われづらいでしょうから」


 ラダの村で匿うのは絶妙なチョイスだ。当然護りの面で言えば王宮が安全だが、イムカが消えて一番に疑われるのは王都エルダーレア。他の場所に比べて、見つかる可能性が高い。

 さらに、王都に来ることは領主に対する裏切りだと考えるだろうリーデンは、きっと王宮で匿われることに反発する。


 その点、ラダは独立していて閉じた村であり、リーデンも訪れることに躊躇する理由がない。

 そして、もちろん彼は知らないが、半魔の村である分戦闘力も高いから、実は護りもかなり固くて安全だ。


 これだけの条件を揃えられれば、さすがにリーデンも決心する。


「……分かった……地下牢の2人を逃がす手助けをしよう。その代わり、イムカ様を頼む」

「はいはい、交渉成立~。俺に任せておいて」


 とうとうリーデンは裏切りの一歩を踏み出した。

 いや、どう考えてもジラックに対しての裏切りではないのだけれど、彼の中ではきっと同じこと。それに自身で気付いた時、怒るのか、悟るのか、絶望するのか。

 しがらみによって歪んだ忠心は、その時に形を変えるのだろう。


 そうして話が一段落したところで、レオの腕の中でおとなしく待っていたユウトが、不意にリーデンに話しかけた。


「あの、あなたはジラックの偉い方なんですよね?」

「……私は他の者より歳を食ってるだけだ。偉いわけではない」


 驕らない言葉は、少々卑屈にも聞こえる。現状の彼の微妙な立ち位置から来るものかもしれない。

 しかしユウトはそれを素直に謙虚さだと受け取ったようだった。


「偉い人でも、あなたみたいな方なら平気かな。……実は、ジラックの方を3人、訳あって助けたんです。今はラダで匿ってもらっています」

「ジラックの住民を?」

「街にご家族がいるらしいんですけど、戻ると領主に捕まるって言ってて……。今後を決めかねているし、少し彼らとお話をして頂けませんか?」

「領主様に捕まる……? 分かった、会ってみよう」

「ありがとうございます」


 リーデンの了承を得たユウトはちょこんと頭を下げる。

 それからほどなくして、はたとレオを見上げた。


「レオ兄さん、精霊さんが呼んでる。朝露が採れるようになったみたい」

「そうか。これでバラン鉱山での仕事は終わりだな。……ほら、ミワから預かった小瓶」

「ん、採ってくる」


 リーデンとのやりとりをしている間に1時間経っていたらしい。

 レオはユウトを放すと、ミワから朝露を採取するために預かった小瓶を渡した。劣化防止の術式付きだ。

 兄からそれを受け取った弟は、祠の中に入っていった。


「……本当に、世界樹の葉の朝露が手に入るのだな」


 ユウトの後ろ姿を見送り、ずっとこれを探していたリーデンが感慨深げに呟いた。


「小瓶は一つしかないから、朝露はネイに持たせる。構わんな?」

「ちゃんとイムカ様を回復してくれるならそれで構わん」


 さすがに、自分に持たせろなどと無茶は言わないか。まあ、レオたち……というか、そもそもユウトがいないと手に入らなかったものだ。リーデンにとっては渡りに船みたいなもの。要求を通せる立場ではない。


「……ところでイムカを連れ出した後、いなくなったことがバレたらどうする気だ? あんたも疑われるんじゃないか?」

「私の手元にいないのだし、一緒に慌てて探すふりをする。領主様も私がイムカ様を回復出来るとは思っていないだろうし、隠したところで意味もないからな」

「あー、それなら平気か。……でも、イムカ殿との接点を減らすに越したことはないかもですね。彼の回復と保護は、俺が1人で行きますわ」

「そうだな。……あんたは精々アリバイでも作ってれば良い」

「……恩に着る」


 少しサービスが良すぎる気もするが、後々ジラックが再生するのにイムカは必要な男だ。リーデンも含め、たくさん恩を着せておくに越したことはない。

 特にリーデンには、ここからどんどん領主を裏切ってもらわなくてはならないのだから。


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