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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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弟、王冠スライムを倒す

「ユウトが? ……バラン鉱山は精霊がいないから、あれを一撃で倒せるような大きな魔法を使うのは無謀だぞ」


 形としては1体の敵だが、肝心なのは8つの核を同時に破壊することだ。

 単体魔法なら部位による攻撃(むら)を作らないためにだいぶ大きな威力が必要だし、全体魔法も場所によって僅かな時差が出る。

かなりシビアで難しい。

 しかしユウトは確かな勝算があるようだった。


「大丈夫。倒すのに最小限の魔力で行けると思う。宝箱で手に入れた、これがあれば」

「それは……ゲートで手に入れたブレスレットか」


 ごそごそとポーチを漁った弟が取り出したのは、先日のランクSSゲートで手に入れた伝説級のブレスレットだった。

 それをユウトが細い左手首にはめる。

 金の土台に細かい細工が施された、8つの特殊魔石が埋められている腕輪を見て、レオはなるほどと頷いた。


「それは確か、ひとつひとつに魔弾を込めて、それぞれに攻撃対象や動きをインプット出来る優れものだったか。その数もおあつらえ向きに8個……各部位に向かって同時発射すれば、一度に破壊が可能というわけだな」

「指輪だと細かい指定はできないけど、これだと発射のタイミングを設定しておけば出来るんだ」


 すでに平時に使用方法を試していたのか、ユウトは手間取ることなく8つの魔石に魔弾を込めていく。

 その間に再び王冠スライムが指ミサイルを飛ばしてきたが、それは全員、先程と同じようにかわした。……いや、ミワだけはレオをガン見していてかわしてないが。


「そういやユウトくん、同時発射しても今みたいにスライムが腕を伸ばしてきたりすると、僅かに身体と腕で距離がずれて、破壊に時差が生じるんじゃね?」

「それも加味して設定してます。どちらにしろ、体表から核までのゲルの厚みによっても僅かな差が生じる可能性がありますし。……だからずっと前、初めてゲートに入ってスライムを倒した時のことを参考にしようかと思って」

「初めてのゲート……っていうと、あれか。ユウトがスライム爆発させたやつ」


 確か最小限の力で倒そうと核を直接狙って、火の魔法で膨張爆発させていた。もっと試行錯誤すると言っていたけれど、ここで持ってきたか。


「そう、それ。魔力って無属性だと実体に作用しないから、スライムの体表を通過して体内に侵入できるでしょ。だから核に到達してから、同時に風の魔法を発動して割っちゃおうかなって」

「なるほど。全ての核に先に魔力を沿わせてから、満を持して一気に属性魔法発動ってことか。それなら時差は起こらない」


 さすがにランクが上がると無属性の魔力でも通さない皮膚を持つ魔物が多くなるが、スライムは他の魔物に比べて圧倒的に体表の護りが弱い。王冠スライムも同じだ。


「はあ~ユウトくん賢いね~。それなら確かに最小限の魔力で、確実性も高く倒せる。仁王立ちしてレオさんを舐めるように眺めている人とは違うわ」

「これがあたしの現時点における最も有意義な行動だが、何か?」

「……その瞳にまったく迷いがないのがいっそすげえわ」


 ネイは呆れたように肩を竦めて、魔弾を込めるユウトを見た。

 その手首で、動きの設定をインプットされた魔石が淡い光を放っている。


「魔力を同時発射して、3秒以内にそれぞれの核に接触、5秒後に魔法一斉発動……これでよし、と」


 最後に起動のタイミングを設定して、ユウトはブレスレットを着けた左手を王冠スライムに向かって差し出した。

 それに呼応するようにレオがスライムと距離を取る。


「えっと……魔法名何にしようかな……。んー、まあいいか、『食らえ!』」


 何だかすごく久しぶりに聞いた。(仮)が取れてしまっているが、突っ込むのは野暮だろう。

 即座にブレスレットの魔石から見えない魔弾が発射される。

 その軌跡はレオたちには分からないが、ユウトは手応えを感じて頷いた。


「ん、ちゃんと通った……5,4,3,2,1!」


 鋭利な何かがヒュンッと空を切る音を立てる。

 ユウトの5秒カウントの後、それは一瞬だった。

 王冠スライムの8つの核が、同時発動した風の魔法の威力でバババッと同じ形に切り刻まれる。

 全てが同タイミング。仲間を呼ぶ時差は生まれない。完璧だ。


「よし、よくやった、ユウト!」


 討伐を確信した兄が弟を労い、剣を収めた。

 全ての核を失った王冠スライムは、形を失い崩れていく。

 あれだけ手こずりそうだった難敵は、ユウトのおかげで容易く撃破されたのだ。


「アン!」

「あれ、エルドワ?」


 そうして終わった、と思ったその時、何故かエルドワが王冠スライムに向かって駆けだした。

 子犬はぐずぐずと潰れていくスライムの頭から王冠を外して自身の首に引っかけ、次に身体の核の中から精製された魔法鉱石らしきものをくわえてユウトの元に戻ってくる。


「わざわざ取ってきてくれたの? 後でゆっくり取りに行っても良かったのに」

「金属や鉱石はスライムの消化液に触れると溶けてしまうから、その前に取ってきてくれたんじゃないのか?」

「あ、そっか。ありがとね、エルドワ」

「アン! アン! アン!」

「え? どしたの? 他にも何か……」


 王冠と石を受け取ったユウトの足下で、エルドワが今度はぴょんぴょんと跳びはねる。どうやら急いで抱っこしろと言っているようだ。

 怪訝そうに弟が子犬を抱き上げたその時、レオが異変に気が付いた。


「……待て、何だ、あれは」


 王冠スライムの残骸が、体外に粘液を零しているのに、何故かどんどん質量を増している。まるで崩れて潰れた身体の奥に、粘液の源泉があるようだ。


「え、ちょっと、消化液がどんどん湧いて来てない?」

「……戦利品も取れているし、討伐は終わったはずなんだが……」

「ああ、これ、あれじゃね? 王冠スライムを倒すと従えてるメルトスライムがマナ化するやつ」


 ミワが動じた様子もなく説明する。


「世界樹の葉の朝露探しで色々バラン鉱山に関する文献も見たんだけどよ、そこで読んだわ。倒れた王冠スライムの粘液が鉱山全体を覆って、山にいるメルトスライムを全部溶かしてマナ化しちまうんだって」

「鉱山全体を粘液で覆うだと……!?」

「えええ、待って、それって俺たち逃げ場ないってことじゃないの?」

「うん、ねえな。討伐に来た人間はここで消化液に装備を溶かされて、全員すっぽんぽんになるらしい。でもまあ、めでたいからそっから裸祭りに突入して祝うらしいぜ」

「この場で裸祭り候補、俺だけなんだけど!?」


 そう言っているうちに、王冠スライムの身体から湧き上がった粘液が、表面張力では堪えきれずに周囲に溢れ出した。


「まあ、実際は股下くらいまでしか来ないらしいから気にすんな。当時はどうせだからと祭りのためにわざわざ全部溶かしてたらしいんだ」

「股から下だけすっぽんぽんとか、全裸より恥ずかしいんですけど!」

「ネイさんたちで股下ってことは、僕だと腰あたりまで来そう……」

「レオさん! ユウトくんにノーパン危機が!」


 よく考えると大した危機ではないのだが、ユウトのためにも回避出来るならしたい。

 レオに至っては、股下くらいなら装備の中まで粘液が入り込む余地はなく特に影響はないが、消化液まみれになるのが単純に不愉快だ。


 レオは少しだけ確かめるように粘液に近付いた。


「せっかくだから沈下無効を試してみるか……。確か、水面も歩けると言っていた。この表面を歩けるなら……」


 先日タイチに作ってもらった沈下無効の中敷きが有効なら、山からこの粘液が消えるまでその上に居ればいい。

 命の危険があるわけでもなし、と、レオは頓着なく粘液の表面に足を置いた。


 ぐっと力を込めると、それはズブズブと膝まで入ってしまう。


「ちっ……駄目か。物質を踏み抜かないわけじゃなく、フラットな面から沈まないという効果なんだな」


 おそらく沈下無効は、進行方向へのベクトルを維持する効果だ。固形でないものの表面を歩ける効果ではない。

 やはり、やってみないと分からないものだ。

 レオは期待外れの結果に足を引き抜いて戻ろうとする。


「……ん?」


 しかし、足は抜けなかった。思いの外粘液が重いのだ。まるで魔手に絡まれた時のよう。

 剣圧で足下の粘液を吹き飛ばしてもいいが、飛び散ったそれがユウトにかかるかもしれないし、無理はできない。というかそもそもこれは危険もなく、無理をする必要がない。

 これくらいならネイに任せていいだろう。


「狐、俺は動けん。ユウトを護れよ」

「……下半身モロ出しでユウトくんを抱える羽目になりますけど」

「出席簿もどきがあるだろう。あれで股間だけ隠しとけ」

「鬼!」


 粘液は、ユウトとネイたちのところにもゆっくりと迫っていた。


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