兄弟、ラダの村に着く
今日のレオたちは真っ直ぐ自宅に飛んでしまったから、ギルドカードを提示して王都の城門から外に出て行くわけにはいかなかった。
自宅を出た2人と1匹は、そのまま墓地に向かう。
「レオ兄さん、どこに行くの?」
「墓地から王宮に繋がる王族専用の迷路があったろう。あそこは入り口のパネルで設定を変えると、王都の外にも出られるんだ。その出口で狐が待っているはずだ」
王都の中に用事がないネイは、最初から城外に控えている。
そこからは全員で徒歩だ。ラダの村にはちょうど1日で着くから、余計な荷物は必要ない。
「おはようございます、レオさん、ユウトくん、エルドワ」
「あ、おはようございます、ネイさん」
「アン」
王都から外に出ると、すぐにネイがやってきた。
そのままラダに向けて出発する。道路は一本道。迷うこともない。
先頭を歩くエルドワとユウトは、まるでのんびりとした散歩のようだった。
寂れた村との往来には、盗賊など全く出ない。襲ったところで大した実入りがないからだ。
代わりに魔物や虫が鬱陶しいが、少し強めの魔除けと虫除けを焚いていれば、この辺りに障害は無いと言って良かった。
その道中で、レオはここまでに仕入れた情報をネイにも共有する。
ラダの村とバラン鉱山に行く目的も、だいぶ変わってしまったからだ。
「……ミワとの交渉だけかと思ってたのに、ずいぶん仕事が乗っかってきましたね。世界樹の葉の朝露か~……。リーデンまで関わってくるとは……」
「魔工翁の娘と息子の話も、まさか外的要因だとは思わなかった。貴様の報告は巷の噂レベルだったぞ」
「いやいや、だってそれ調べた頃の俺、諜報じゃなかったし。暗殺者としてブイブイいわしてた頃に興味本位で情報集めただけで、裏取りとかしてないし。本格的に調べだした時にはもうあの状態だったからなあ。わざわざ昔のことなんて確認してないんすよ」
言い訳しつつも凹んでいるのは、主に不確かな情報を渡してしまった自己嫌悪からだろう。ネイはのらくらしているように見えて、仕事には几帳面でプライドのある男なのだ。
「今度、あの頃手に入れた情報を全部裏取りして洗い直そ……」
その情報がどれくらいあるのか知らないが、酔狂な。
とはいえ、その際中に新たな事実が発見されることもある。どんな情報を持っているにしろ、やってみても悪くないだろう。
一行は途中で2回の休憩を挟み、予定通り夕方の陽が落ちる前にラダの村に到着した。
村というのは木の柵で囲われている門が一般的なのだが、さすが鉱山の近い村、ラダのその門構えは重厚な金属製になっている。
ただ、まだ陽があるうちから閉じられている門は、明らかに他者を拒絶しているようだった。
「見るからに排他的ですねえ」
「抱える秘密が多い証拠だ。呼び出せ」
ネイに命じて、門の横にある門番を呼び出す銅板を叩かせる。
すると門に付いていた小さな窓が開いた。
「……誰だ、冒険者か? この村に何の用だ」
いかにも鉱夫然とした、いかつそうな男が顔を出す。
男はネイを見て、不審な表情を浮かべた。
「お遣いで、ここに来てるミワさんに会いに来たんだけど」
「ミワに?」
「これ、タイチから紹介状」
ネイはレオから預かったタイチの紹介状を渡す。
美少女キャラの描かれた封筒に受け取った男は一瞬引いたが、すぐに中を検めて頷いた。
「ミワに伝える。少し待っていろ」
小窓が閉められて、足音が遠のく。それを確認してネイがこちらを振り向いた。
「今の男、獣人っぽいですね」
「そうなんですか? だったらエルドワを見せた方が早かったかな」
「どちらにしろ、ここに来た理由の説明は必要になる。まずはミワの呼び出しでいいだろう」
「……ミワやその親って、ここに獣人がいるの分かって住んでるんですかね」
「親もあんな感じなら、知ってても知らなくても別段気にしてなさそうな気がするが」
「……まあ、確かに」
しばらくすると、再び足音が近付いてきた。どうやら2人だ。
かんぬきが外される音がして、今度は小窓ではなく扉が開いた。
「おお、兄と弟! あれ、犬もいる? それと、狐目か。タイチの手紙見たぞ! よく来たな!」
そこから現れたのは、もちろんミワだ。
彼女が完全に村の外に出ると、再び扉は閉じられた。
「久しぶりに生で見る兄は相変わらずいい男だな、コンチクショウ! ちんまい弟と並ぶとめっちゃ絵になるぜ……! ああ、萌えエネルギーが補給される……!」
「ミワさん、そんなことよりこれ、閉め出されてない? もしかして村に入れてくんねーの?」
レオたちを前に滾るミワに、ネイが訊ねる。
すると彼女は彼に視線を移し、少し落ち着きを取り戻した。
「ああ、ここの村の連中は余所者を入れたがらないんだよ。色々事情があってな。……あ、でも何でその犬連れてるんだ? 確かそいつ、以前この村で飼われてたはずだけど……」
「そうか、ミワさんはここに何度も来てるから、その時にエルドワに会ってるんですね。この子は、ここにいるガイナさんから、僕に託されたんです」
「おお、ガイナか! 犬を連れててあれと知り合いなら、もしかすると大丈夫かも……。おい、おっさん!」
ミワが閉まった門をガンガンと叩いて、門番を呼ぶ。
すると小窓が開いて、さっきの男が眉を顰めながら顔を出した。
「うるせえな! お前、もうちょっと穏やかに呼べねえのか!」
「そういうことは、穏やかに呼ばれるに値する麗しい美中年になって言え! それよか、ガイナ呼べ、ガイナ! 可愛こちゃんが犬連れて来たって伝えろ!」
「犬……?」
「アン!」
ユウトの足下で、エルドワが尻尾をぴるぴるしながらひと鳴きする。するとそれを見た男が目を丸くした。
「……エルドワ……!? ってことは、その子は……! ちょ、ちょっと待ってろ、ガイナ呼んでくる!」
慌てたように小窓が閉められて、男の足音が村の奥に駆けていく。
やはり半魔の中でもエルドワは特別な存在のようだ。もちろんユウトも。
半魔ユニオンの長であるガイナに話が通れば、おそらく村での行動に問題はない。
今のうちに、ミワにも別の話を通しておこう。
「……おい。もう一通、タイチから手紙がある」
「ん? さっきの紹介状以外にか?」
最初の紹介状には、門番に見せてミワを呼び出してもらうための当たり障りのないことしか書いていない。
もう一通には、レオたちが世界樹の葉の朝露を手に入れる手伝いをする旨が書いてある。当然重要なのはこちらの方だ。
その手紙を差し出す。が、ミワはそれを受け取らず、しばし黙り込んだ。
「……何故受け取らん」
「いや、こう、兄が黒い革手袋で長い指で、手紙を摘まんで差し出す、それだけでサマになっていることに感動している。惜しむらくは、その手紙に美少女イラストが入っていることか……」
「……」
その科白を聞いた瞬間に、レオは無表情のまま即座に手紙を放して手を引っ込める。
すぐ近くにいたネイが、とっさにひらりと落ちた手紙を受け止めた。
「ちょ、もう、ミワさん、ちゃんと手紙受け取りなさいよ」
「最終的に『地べたに這いつくばって拾うがいい』って言われるまで待とうかと」
「絶対言わん!」
レオが吐き捨てるように言うと、ミワはようやく渋々といった様子でネイから手紙を受け取った。
そして中身に目を通す。
最初は流すように読んでいたが、途中からはだいぶ真剣に読み込んだようだった。ミワの表情が変わる。
「……タイチから、全部聞いたのか」
「大まかにはな」
「多分、僕たちには手伝えることがあります」
ユウトの言葉にふむ、と頷いたミワは、その手紙を懐にしまい込んだ。
「わざわざありがとな。親父たちにも見せてくる。正直、あたしらだけじゃ手詰まりでな。助かるわ。王冠スライムも倒せねえし」
「精霊の祠の場所は分かっているんだろうな?」
「ああ。明日、バラン鉱山に案内する。……その前に、今晩村に入れるかだが……」
ミワが扉を振り返ったのと同時に、門が開く。
見るとそこには、以前闘技場で救った虎人の姿があった。




