弟、世界樹の杖を借りる
「……そういやヴァルドもそんなこと言ってたな」
「僕に何ができるんでしょう?」
「その祠の中にいる精霊は、今あなたに付いている精霊の一部……つまり二つ目の欠片ですの。その精霊が私にわざわざ知らせに来たのは、ユウトくんに祠からその欠片を開放してもらうためだったのですわ」
「ユウトに今付いてるヤツと同一体なのか? だったら祠の開け方を知ってるんじゃ……」
「分割された部位によって、司る能力が違いますの。祠に封印されている能力は知性……。それを解放しないと知識は開示されませんわ」
そこまで聞いて、レオはふと疑問に思った。
「待て。封印を解放ってどういうことだ? バラン鉱山は魔法鉱石が掘り尽くされて、魔力の磁場が弱ったから精霊が消え、精霊自ら祠を閉じたんじゃないのか? なのに今の言い方では、誰かに封じられて助けを待っているような……」
「その解釈で間違っていませんわ」
ディアに即座に肯定され、レオは眉を顰める。
……もしかすると、この裏に考えたくない悪意との対峙の構図があるのではないだろうか。
そもそも、彼女が『その精霊』と呼ぶ精霊は、どうして分割されている? そして、閉じ込められている? そこからして、得体の知れない敵の存在を感じずにはいられない。
そして二十年前、ディアが冒険者でもないのにあのランクSSゲートに潜ったのは、間違いなく捕まっていたこの精霊の一部を解放するためだ。
それほどの危険を冒してまで助けに行く相手。おそらくこれは世界を構成する上で、かなり重要な地位にいる精霊なのだろう。
だとすれば、それをゲートへ閉じ込めた者が、同じようにバラン鉱山にも関わっていることは想像に難くない。
……ゲートでのことを考えれば、こちらにも魔研は絡んでいるだろう。しかし、奴らだけでここまでのことが出来るだろうか。
何か大きな力が、ジアレイスたちの後ろに隠れているとしたら?
そんなものにユウトが目を付けられることは、是が非でも避けたい。
「……封印されている精霊はあんたの使役するやつなんだろう? だったらユウトでなくあんたが解放に行けば良くないか。世界樹の葉の朝露のために手助けくらいはしてやるが、そっちに関しては俺たちがメインで行く理由がない」
二十年前もその解放に動いていたのなら、今回だってディアがすればいいのだ。
そう思って言うと、彼女は苦笑した。
「この精霊とは使役契約をしているわけではありませんの。それに今は完全にユウトくんに引っ付いていますわ。ユウトくんを護る気満々ですわね」
「ユウトのことは俺が護るからいい。あんたのとこに戻せないのか、そいつ」
「使役してませんから、命令は出来ませんわ。それに、さっきも言った通り、私には無理なのですけど、ユウトくんなら祠を開けることができるかも知れませんの」
ディアにはできずに、ユウトならできる。
つまり彼女は、自身とユウトとの違いを理解している。……そう、この弟が何者か、知っているということだ。
半魔であること、聖属性を持つこと。……いや、もしかすると、レオの知らないことまで知っている可能性もある。
ユウトの一番の理解者である、この兄の立場を脅かす怖れのある女性。だからディアといると、どこか落ち着かない気持ちになるのだ。
彼女が進んでその立場を奪いに来る様子がないから、一応は平静を保っていられるけれど。
「僕にできるなら、頑張ります」
そして素直なユウトは、根拠も求めずにディアの言葉を受け入れてしまう。
自分が身体を張って頑張れば誰かを救える。弟はそういう状況に弱い。
これは自己犠牲に通ずる、聖属性の恐ろしい弊害だとレオは常々思っている。
「でも、具体的な方法は分からないんですよね?」
「ええ。ただその精霊が、ユウトくんならできると伝えて欲しいと言ってますわ」
「おい。根性論で行ける話じゃないぞ。向こうには王冠スライムも出現しているというし」
「あら、王冠スライムが?」
レオの出した魔物の名前に、ディアは軽く目を瞠った。
「……こちらの復帰に連動して活性したのかしら……。でも、これは好ましい兆候ですわ」
「好ましい?」
「王冠スライムは、魔法鉱石を食するメルトスライムを統括する魔物。彼らの出現は精霊のいる山、バランの新陳代謝の一環ですわ。私たちがいない間、一度もその循環が起こっていなかったと聞いていましたけれど……。これなら、呼び寄せた精霊が留まる素地が出来るかもしれませんわ」
どうやら、王冠スライムの出現には大きな意味があるらしい。
……こちらの世界にいる魔物を倒すことは何故か新陳代謝と呼ばれるが、魔界の魔物を倒すことと何か意味合いが違うのだろうか。
訝しむレオの前で、ディアが自身のポーチを探った。
「せっかくですから、ユウトくんにこれを貸して差し上げますわ」
「え、これって……世界樹の杖!?」
彼女が差し出したのは、以前マルセンが持っていた世界樹の杖だった。本来の持ち主であるディアに戻ってきたばかりだろうが、それをユウトに貸すというのか。
「世界樹の葉の朝露を採るのには世界樹の木片が必要ですの」
「それはさっき聞きましたけど……僕が先日もらった天使像では駄目なんですか?」
「それですと、掬い上げられる地脈の力が小さくて、採れる量が少ないのですわ。そこでこれの出番。精霊の祠の中には竜穴がありますので、そこにこの杖を差し込むとジャストフィットですのよ。地脈の力をぐんぐん吸いますわ」
「そ、そうなんですか……? でも、こんな大事なもの……」
「数日前までマルセンくんに預けてたくらいですし、また数日手元になくても特に気にしませんわ」
ゲートの時も思ったが、どうもこのディアという女性は見た目よりもだいぶ豪気なようだ。
強引にユウトの手に杖を握らせると、にこりと微笑んだ。
「ユウトくんなら、上手くいけばバラン鉱山で精霊のペンダントを手に入れられるかもしれませんわね」
「精霊のペンダント、ですか?」
「今私が着けているような宝石のペンダントですの。宝箱から手に入るようなアイテムではなくて、精霊から贈られるものですわ。これがあると、精霊の姿が見えたり、お話ができたりするようになりますの」
彼女はそう言って胸元に下げていたペンダントを取り出す。翡翠色のそれは、ユウトの瞳の色に似ていた。
「へえ、これがあれば精霊さんとお話できるようになるんですね!」
「精霊使いになるなら必需品ですわ。もしユウトくんが精霊使いに興味があるなら、どこかで手に入れなくてはと思っていたのですけど。ここで手に入るならちょうど良いですわね」
「手に入れられたらいいなあ」
……ユウトはすっかりやる気満々だ。
どうせ最初から行くつもりだった場所だし、祠の開放はやろうとしていたことだけれど。ただ、あまりにも他からの思惑や裏事情が絡んできて、レオとしては正直ユウトを連れて行きたくない。
だがしかし、弟を連れて行かないことには打開出来ないらしい現状に、兄は渋い顔をしてため息を吐くより他なかった。
きっとどう説得したって、思いの外頑固なユウトは自分も行くと言ってきかないだろう。自分が役に立てると思う場所なら尚更だ。
全く、最初はヒヒイロカネをミワから受け取るだけの話だったはずなのに、だいぶ主旨と違うものが乗っかってしまった。
レオはここからの展開を考えて辟易としながらも、まあ結局は何があってもユウトを護るだけだと自分を納得させた。




