弟、ルアンとウィルを見送る
「おはようございます」
翌日、出立を知らせに来たルアンと共にリリア亭に来たウィルは、識別復元を終えたアイテムを持っていた。
「おはようございます、ウィルさん。目の下のクマが昨日よりすごいことになってますけど……大丈夫ですか?」
「一晩完徹して復元したのか? そんなに急がなくても良かったんだが」
「こう、没頭するとつい時間を忘れてしまいまして。まあどうせ、ここから王都までの馬車の中ではやることがありませんので、そこで十分睡眠が取れます。お気になさらず」
目の下にクマがあろうが、ウィルの態度はいつも通りだ。
「鑑定と復元の代金は?」
「それなんですが、職人ギルドの保管庫にあった素材から勝手に現物支給でいただきました。後日、レオさんたちへの支払いから引かれますのでよろしくお願いします」
「……ブレない男だな」
レオは感嘆とも呆れとも取れる声音で呟いた。まあ、問題はない。
そこからはみんなで、ダグラスたちが待つ城門へ向かった。
「ルアンくん、ネイさんは?」
「今日は見送り来ないって。……昨日、ユウトたちが行っちゃった後さ、師匠と2人でテラスで打ち合わせしてたじゃん? そしたらちょうど親父に見られちゃってさ、もーうるさくてうるさくて。だから、今日は遠慮するって」
「そ、そうなんだ……」
カフェで2人きりのところを見られたのか。ユウトは苦笑するしかない。ダグラスの剣幕はいかほどだっただろうか。
「そういえば、ポーチの使い勝手はどう?」
「あー、これな! すっごい楽! でかくて重い物もポーチの口に当てれば空間魔法でするするって入ってさ、家具の配置換えとかにも重宝するよな!」
「100個なんてすぐに埋まるから、調子に乗るな。探索に行く時はできるだけ必要最小限のものしか入れないようにしろよ」
「はーい、分かってますって!」
レオに注意されても、ルアンは機嫌良く返事する。
まあ、この引っ越しはランクSへの洋々たる門出だ。浮かれるのも分かる。
「ルアンくんのお家は、王都ではどのあたりかな。ウチの近くだといいね」
「オレもまだよくわかんないけど。まあ、冒険者ギルドの近くじゃないかな。親父たち毎日ギルド長の特訓があるみたいだし」
「いえ、ルアンさんの家は王宮に近い居住区です。冒険者ギルド自体に特訓用の施設などは備えていませんので、ギルド長のコネで憲兵修練施設の一角を借りるという話でした」
ウィルはもうすでにルアンの家を知っているようだ。もしかすると、決定した時を踏まえて、ここに来る前にある程度下準備はしていたのかもしれない。
「王宮に近い……って、家賃高いんじゃね?」
「正式にランクSに育つまでは冒険者ギルドが資金補助します。ランクSになったら、クエストをこなした報奨金で余裕で払っていけるようになりますよ」
「ルアンには俺たちの方からも高額依頼を出す。最悪、ダグラスの芽が出なくても、お前が家族を養うことだって可能だ」
「……いや、そこは親父にも矜恃ってもんがあるから……、まあ頑張ってもらお」
ルアンは苦笑して肩を竦めた。
まあ、もちろん彼女らがランクSのパーティとして機能してくれるようになるのが一番だ。まだルアンは年若く、精神的に未熟。能力だけで言えばパーティ内で彼女が突出しているが、やはり支えとなり安心感を与える存在が周りにいるというのは大きい。
「……イレーナの特訓は地獄のように厳しいから、ダグラスたちが逃げ出さないように見張っておけよ」
「その辺は大丈夫じゃないかな。みんな結構根性あると思う」
「ランクSになると戦うだけじゃなく、応用戦術とか罠の知識とか謎解きの知識とかも必要になる。おそらくそっちの方がネックだ」
「知識……あー、うん……。逃げないように見張っとく」
「戦術かあ。人数が多いとフォーメーションも色々作っておく必要あるもんね。敵によって変えたりとなると、モンスター知識も必要だし」
ランクが高くなればなるほど、必要な知識は多くなる。これから覚えるとなると大変だなあと思っていると、ウィルが軽く手を上げた。
「モンスター知識に関しては、クエスト受付時に希望があれば、私がご説明していますのでご利用下さい。冒険者ギルドにはミーティングブースもありますから、そこで事前に敵に合わせていくつかフォーメーションを組んでいくのがおすすめです」
「そっか。ウィルさん、それで高ランク冒険者の受付をすることが多いんですもんね」
「冒険者ギルドはできうる限り冒険者のバックアップをするのが使命ですから」
なんとも頼もしい。これであの変態じみた魔物オタクぶりがなくなれば言うことないのだけれど。
そうして話をしているうちに、ユウトたちは城門に辿り着いた。
この時間の検問所の前には、馬車で出立をする旅人が多くいる。
すでにダグラスとリサも馬車の御者と行程の確認をしていた。
「こんにちは、ダグラスさん、リサさん」
「おう、ユウトくん、エルドワ。今日はレオさんも来てくれたのか」
「みんなでわざわざお見送りありがとうね。ウィルくん、今日から道中よろしく」
「こちらこそ、同行させて頂いてありがとうございます。よろしくお願いします」
ウィルがきっちりとしたお辞儀をする。
「ウィルさん、荷物はこっちに入れてくれ。荷台に座ることになるが、大丈夫かい?」
「問題ありません。王都までの道は整備されていて起伏も少ないですから、この馬車のサスペンションでも十分衝撃を吸収出来ます」
「そ、そうか。まあ、ルアンのポーチのおかげで、荷台に簡易の椅子を置くスペースもできたし、いくらか快適だろう」
そう言ってダグラスが開けた幌の中は、確かに引っ越しのわりに余裕があった。ルアンのポーチに、大きな家具はほとんど収納できたのだろう。
「そう言えばルアンのポーチ、ユウトくんとレオさんが贈ってくれたんだってな。ありがとうな」
「いえ。ルアンくんのおかげで入れたゲートで取れた素材ですし、今回のランクS候補合格祝いだってレオ兄さんが」
「まあ、今後も色々役に立ってもらうための諸々も含めてだ」
「よく分からんが、助かるよ。今回だけじゃなくて、今後の探索にも」
「これなー……1回便利さを知っちゃうと手放せないよな……。おまけにオーダーメイドで使いやすいのなんの」
「手放したくなければ働け」
「……ういっす」
どストレートなレオの言葉に、ルアンは軽く敬礼をした。
「あ、そうだ。ルアンくん、これ差し入れのお菓子詰め合わせ。馬車の中で食べて」
「うわあ、オレの好きな店のチョコレート菓子と焼き菓子! ありがと、ユウト!」
「あとこれ、保温の出来る水筒。中に紅茶たっぷり入ってる。水筒はどこに行くにも重宝するから、出掛ける時に使って」
「おお、気が利くなあ。ほんと、ユウトって男にしとくのもったいない」
「……それ、褒めてないからね?」
ぷくりと頬を膨らますと、歳下を宥めるように頭を撫でられた。どうもルアンには時折18歳男設定を無視されている気がする。
「さて、そろそろ出発するぞ、ルアン」
「はーい」
ダグラスに呼ばれ、ルアンがそちらに返事をする。そして再びこちらを向くと、手を振った。
「じゃーな、ユウト、レオさんとエルドワも。どうせすぐ王都にも来るんだろ?」
「ん、おそらく。転移魔石もあるしね」
「……何かあったら、お前の師匠に知らせろ。あいつとやりとりする書簡転送ボックスは持っているんだろう?」
「うん、持ってる」
「お前が自ら危険なことに飛び込む必要はないからな」
「了解です」
「……何の話?」
ユウトが訊ねると、ルアンは「何でもない」ともう一度こちらの頭を撫でた。
「行きましょう、ルアンさん。ご両親がお待ちですよ」
「分かってるって。じゃ、またな!」
「気を付けてね」
「では、私も失礼します。……王都で再びお二人にお目に掛かるのをお待ちしております」
ルアンとウィルが馬車に乗り込むと、御者がそれを確認して走り出す。幌から顔を出してこちらに手を振るルアンに手を振り返して、ユウトたちは馬車を見送った。
城門を出た馬車は、すぐに見えなくなる。
「……行っちゃった。すぐ会えるんだけど、なんかちょっと寂しく感じるよね」
「そうか」
「レオ兄さんはあんまり感じない?」
「今は別に。……お前と離れる時はとても感じるが」
「……兄さんって、ちょいちょいそういうこと平気で言うよね」
呆れた声音で言いつつ、ちょっと嬉しいのは内緒だ。兄が必要としてくれていること、それは弟の存在意義となっている。
こういう小さなことでも、レオの側で生きていていいのだと確認出来る。
自身が半魔だと分かってから、その確認はいっそうユウトの中での必要事項になってきている。
本当の兄弟でなかったどころか、種族も違う。
今の兄と弟を繋ぐものとは何なのか。最近のユウトは、心のどこかでそれを探している。
「ところでレオ兄さん、これからの予定は?」
「……とっととラダに行くつもりだったが、夜にパームとロジーのことでちょっとロバートに話を聞きに行こうと思う。昼間はこれと言ってすることもないが、ユウトはどうするんだ」
「んー。ヴァルドさんの農場に行ってみようかな。半魔の話とか魔界の話とか、ちょっと聞いてみたい」
「ヴァルドのところか。……まあ、いいだろう」
レオはさして迷うことなく頷いた。おそらく兄は、ランクSSゲート最下層で聞いた魔研の名前が気になっているのだ。
ならば訪ねてみよう。
2人と1匹は、そのまま農場のある地区に向かうことにした。




