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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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弟、ネイから昔の話を聞く

「ルアンくん、はい、これ」


 ルアンに連れられて行ったカフェでテラス席に座ると、ユウトはまず大容量ポーチを取り出した。

 もえす製、彼女用にオーダーメイドした特注品だ。


「おお……何かカッコいいな。もえすってすげえデザインのものしか飾ってないから、ちょっと怖かったんだけど」

「ルアンくんはボーイッシュだからね。さすがにタイチさんもリボン付きとかにする気にはならなかったんじゃないかな」

「まあ、オレだとユウトみたいなふわもこの可愛いポーチとか似合わないし、そもそもそれだと持ち歩く気もしないしな」

「ぼ、僕だって出来ればカッコいい方がいいんだけど……」

「ユウトにはそっちの方が似合ってるよ」

「うん、ユウトくんはそれが可愛い」

「アン」


 満場一致のようだが、嬉しくない。

 ユウトが複雑な気分で見る中、ルアンがポーチを着けた。


「軽いな。おまけにサイズぴったりで変にぶらぶらしないし。開口も広くて、出し入れしやすくていい」

「良かった。アイテム100個まで入るから、引っ越しでもクエストでも役立ててね」

「うん、ありがと。レオさんにもよろしくな。……つか、今日はレオさん一緒じゃないのか? 師匠とエルドワと来るなんて」


 訊ねられて、ユウトは軽く首を傾ける。


「んー、多分次の旅の準備とかしてる。もえすにも行くって言ってた」

「旅? またどっか行くの?」

「僕もよく分からない場所なんだけど、ラダの村とバラン鉱山、だって」


 当然だが、ユウトは初めて行く場所だ。

 ミワとタイチの親がいるという村。王冠スライムが出るという鉱山。一応ミワから鉱石ヒヒイロカネをもらってくるだけの予定だが、正直、本当にそれだけで帰ってこれるのかは疑問だった。


「師匠は?」

「俺もレオさんとユウトくんに同行。レオさんがミワと直接交渉すんの嫌がるんだよね。俺が中継ぎ役なの。だから、俺がいない間ルアンにしてもらうこと指示して行こうと思って」

「あ、良かった。イレーナさんは親父たちを指南するけど、オレは師匠の弟子だからって除外されてて……。王都で何してればいいか分かんなかったんだよね」


 ルアンはそう言って微笑む。

 彼女はネイのおかげで強くなっている自覚があるから、師匠に全幅の信頼を置いているのだ。


「で、オレは何をすれば良い?」

「……ああ、コーヒーとケーキ食べてからね」


 そこに、注文していたケーキセットが来た。

 ネイが店員の持ってきた皿を受け取ってテーブルに置いていく。

 彼は手際よくそれぞれの注文したものをセッティングして、こちらが手を出す前にユウトのコーヒーに砂糖とミルクも入れた。

 ……何でこの人、他人の好みの分量を知ってるんだろう。


 エルドワ用のケーキは器を移し替えて、ミルクと一緒に足下に置いた。


「はい、食べよう」

「いただきます。……ネイさんって、いつも思うけどかいがいしいですよね」

「はは、だよな。オレも思う。すごい世話焼き体質」


 ユウトの言葉にルアンが同意する。

 それに対してネイは苦笑した。


「昔、レオさんと一緒にいた時の癖だよね。もう、あの人全く身の回りのことに無頓着だから、俺が色々しててさ。戦うばっかで用意してやらないと飯も食わないからね」

「そうなんですか? 今のレオ兄さんは結構ちゃんとしてるけど」

「あれはユウトくんがいるからだよ。ユウトくんにちゃんとご飯食べさせて、きちんとしたもの着せて、正しい生活させて……。そうするためだけにちゃんとしてるの。ユウトくんがいなかったら、あの人ただの社会不適合者、歩く凶器だからね」


 そう言われてもあまりピンと来ない。

 ユウトの知るレオは、食事も作るし布団も干すし、アパートの回覧板だって遅れずちゃんと回してた。

 それ以前、ユウトが覚えていない昔の話なのだろうが……。


「ネイさんがレオ兄さんの仲間になった時って、僕もいたんですか?」

「仲間っていうか、俺は勝手にレオさんに付いて回ってただけなんだけどね。だから最初はめっちゃウザがられてた。もちろん、その時からユウトくんもいたよ」


 ネイは少し懐かしそうに細い目をいっそう細めた。


「その頃のレオさんは、自分のことすら気にしない人だったからねえ。ユウトくんに何してあげればいいのか分かってなくてさ、代わりに俺が世話焼いてたら、側にいても何も言わなくなったの。ユウトくんがいなかったら、俺レオさんの下で働けてなかったんだよね。ユウトくんがいてくれてほんと良かったわ」

「……ってことは、僕は小さい頃からネイさんにだいぶお世話になってたんですね。すみません、ありがとうございます」


 記憶にないとはいえ、そんな前から彼に世話を焼いてもらっていたとは。

 思わず深々とお辞儀をすると、ネイはこちらの頭を優しく撫でた。


「ありがとうはこっちなんだって。ユウトくんがいなかったら、きっと今頃はレオさんも、俺も……」


 そこで、言葉が切れる。

 ほんの数瞬の沈黙の後、ネイは口元に人差し指を添えた。


「ユウトくん、俺から今の話聞いたこと、レオさんには内緒ね」

「? はい」


 怪訝に思いつつも頷くと、不意にテラスから見える路地から、レオが現れた。どうやらネイは、その気配に気付いていたようだ。


 ここの通りの先には『シュロの木』が、さらにそこから職人通りまで行くと『もえす』がある。その辺りに行くのだろう。

 ネイが気付いたように、当然レオもこちらに気付いていて、兄は低い垣根の向こうからこちらを覗いた。

 とたんにルアンが立ち上がって敬礼のようなポーズを取る。


「レオさん! ポーチありがとうございました! 大事に使わせてもらいます」

「ああ。レンタルとか言っているようだが、その分働いてもらうつもりだから気にするな」


 あっさり言ってのけるレオの言葉は揶揄ではなくそのまんまだ。

 ……大容量ポーチに匹敵する仕事ってどんなだろう。おそらくユウトと同じことを考えて、ルアンはしばし固まった。


「レオ兄さん、これからもえす?」

「……その前に魔工翁のところに行く。……お前も来るか?」

「えっ?」


 まあ、ルアンにポーチを渡せばユウトの用事は終わりだけれど。


「ユウトくん、俺はまだルアンに色々連絡事項あるから、気にせず行っていいよ」

「そだな。ユウトそんなの聞いててもつまんないだろうし」


 ネイとルアンにも促されて、それならと頷く。


「ん、じゃあ行く。兄さん、ケーキ食べ終わるまでちょっと待って」

「ああ。急がなくていいぞ」

「ユウトくん、ゆっくりしてて大丈夫だよ。俺が代わりにレオさんの相手しておいてあげるから」


 そう言うとネイが立ち上がり、レオのいる垣根の方に行った。

 そしてなにやら2人で小声で話し始める。何かの打ち合わせだろうか。


「何の話してるのかな?」

「……多分だけど、オレへの下知だわ。こわ~……」


 ルアンが少し引きつった笑みを浮かべる。

 そして自分用の紅茶を一口啜った。


「まあ、師匠が何だかんだフォローしてくれるからいいけど」

「ネイさんって、ちょくちょくルアンくんのところに来る?」

「ああ。ユウトたちが王都にいる時も、修練の指示を出しに来たり、成果の確認に来たりしてた。まあ、込んだ仕事がなくて、転移魔石に余裕がある時だけだけど」

「やっぱりマメだよね」

「だな」


 だからこそルアンはネイを信頼しているのだろう。

 ネイの過去に何があったかなんて知らないけれど、今の彼が信頼に値する人間である、それでいい。


「ところでルアンくん、明日は何時出立予定? 見送り行くよ」

「ん、とりあえず午前中としか決まってない。ウィルさんのこと呼びに行く時に一緒に声かけるよ」

「うん」


 まあ、王都ならすぐに会える。特段別れを惜しむような空気ではない。今回は馬車の中で食べられるお菓子でも差し入れしよう。


「ごちそうさまでした」


 コーヒーも飲み干して、足下を見るとエルドワはとうに食べ終わっていた。軽く手を合わせ、ユウトは立ち上がる。


「えっと、代金置いてくね」

「ああ、いらないよ、ユウトくん。師匠がいるのに年若い少年少女に出させるわけにはいかないでしょ」

「わーい、師匠、ごちそうさまです!」

「あれ、伝票は……?」


 ネイがテーブルに戻ってきてその上を見ると、あったはずの伝票がなかった。

 3人で辺りを見回している間に、エルドワがいつの間にかレジにいる。よく見ると、その口には伝票が……。


「まさか、エルドワのおごり……!?」


 と思ったら、いつの間にかレジカウンターにレオがいて、エルドワのくわえていた伝票を受け取りさっさとギルドカードで会計を済ませてしまった。


「行くぞ、ユウト」

「あ、うん。じゃあルアンくん、ネイさん、また明日」


 レオに呼ばれたユウトは2人に手を振り、すぐに兄とエルドワの元に駆けていく。

 ルアンもそれに手を振り返した。


「……レオさん、すごいスマートに払って行ったね、師匠」

「俺の立つ瀬ないわ~。……まあ、ここからの俺たちのミーティング代を払っていったってことだわな。ルアン、座って。王都に行ってからの仕事の話があるのよ」

「はーい、了解です」


 ネイとルアンの本題はここからだ。

 ルアンには分かっている。

 レオはユウトにこの話を聞かせたくないから連れ出しに来たのだ。


 詳しい事情は教えられていないが、ルアンは情報を集める力も分析する力も、ネイの教えによって格段に上がっている。

 このレオとネイからもたらされる仕事が、もはや個人レベルではない、国家機密レベルになってきていることに薄々勘付いている。


 ここからの仕事の話は、きっとそのルアンの推論をまたいっそう裏付けるものになるだろう。


「師匠、オレンジティ頼んでいい?」

「おー、頼め頼め。こっからはほんとに俺のおごり。焼き菓子も付けろ」

「やったー!」


 温かいオレンジフレーバーの紅茶と焼き菓子が来るのを待って、2人は膝を突き合わせ、内緒の話を始めた。


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