兄弟、未識別アイテムを鑑定してもらう
その翌日の午前、レオが部屋でエルドワをブラッシングするユウトを眺めていると、ダンが来訪者を連れて来た。
「おはようございます」
「あっ、ウィルさん。おはようございます」
昨晩、保管庫にこもっていたはずのウィルだ。
その表情はすっかり落ち着いていて、目の下にクマがある以外はいつも通りだった。どうやら一晩で全ての情報を入れ尽くしたらしい。
「昨日は素晴らしい攻略成果を堪能させて頂きまして、ありがとうございました。ネイさんの完璧な報告書、他の冒険者にも見習わせたいものです。食いついて放さなかった甲斐がありました」
「……まあ、お前の知識欲が満たせたなら良かった」
初動こそ誤ったが、ネイの報告書作戦は功を奏したようだ。
とはいえ、ネイが作った報告書が穴だらけだったら、今ここでレオたちが怒濤の質問攻めをされたのだろう。そう考えると、あの男のきっちり真面目な働きにちょっとだけ感謝したい。
「ウィルさん、今日はどうしてここに?」
「父から、レオさんたちがゲートで手に入れてきた未識別アイテムを鑑定したがっていたと聞いたので」
「そのためにわざわざここまで来たのか。一旦帰って休んでからでも良かったのに」
「いえ、どうせまだアドレナリンがどばどば出ておりまして、興奮冷めやらぬ状態なんです。これでクールダウンも兼ねようと考えてのことですから、お気遣いなく」
普通に見えて、まだ興奮がくすぶっている状態らしい。……あまり刺激しないようにしよう。
「まあ、鑑定してくれるというなら助かる。これなんだが……」
レオはウィルを椅子に座らせ、ポーチから未識別の剣、装備品、アイテム、薬を取り出して彼の前に置いた。
ウィルはそれらを手にとって、くるくると品物を回転し360度余すところなく眺めていく。
「……なるほど。これはかなり良い物ですね。さすが長期に亘って熟成された宝箱から出現したアイテム。ほぼ伝説級です」
未識別品は、そのアイテムの表面に錆や埃はもとより、マナの変化した不純物の塊などがくっついている。おかげで一見すると、ただのゴミみたいに見えるものもあった。熟成されればされるほど、原型を留めないのだ。
これを識別鑑定するには、過去の膨大な品物のデータと照らし合わせて判別する必要がある。
未識別品の鑑定資格を取るのが非常に難しいのは、そのための類い希なる記憶力が必須な上、そのアイテムをトリートする何十もの手順をはじき出さないといけないからだった。
「……お前、鑑定に何の資料もなくて平気なのか。何なら一旦持ち帰っても……」
「大丈夫です。一応、識別品大目録は丸暗記してますので」
「……マジか」
「レオ兄さん、識別品大目録って?」
「……過去に出現した未識別品の名前や特徴を書き出して、資料としてまとめたものだ。15センチくらいの厚みの本で、それが3冊ある」
「えっ、それを丸暗記って……ウィルさんすごい……」
確かに尋常じゃない。
基本的にこの資格があれば、鑑定士として自分の店を開いて悠々自適の生活が出来るレベルなのだ。そんな専門の鑑定士だって、資料を片手にかなりの時間を掛けて識別鑑定するもの。
まちがっても、こんなふうにふらっと立ち寄って、その場で結果を出せるものではないのだ。
つくづく、この男は底が知れない。
「まず剣ですが、これはアンデッド・キラーですね。直接霊体を斬れる特殊な剣です。炎などの属性に頼らないので、使用者の魔力に左右されないレアものですよ。対アンデッド戦で純粋に力勝負のみのレオさんには、ぴったりの剣だと思います」
「アンデッド・キラーか。魔力準拠じゃないのはありがたいな」
「装備品はブレスレットです。これは魔弾が込められるタイプ。今ユウトくんが使っている指輪の大判だと言えば分かりやすいでしょうか。魔力を込められる魔石の数は8。ひとつひとつに事前に攻撃対象や動きをインプット出来る優れものです」
「装備品というより、ほとんど僕の武器みたいなものですね。すごい強そうです」
判明した武器と装備品は、さすがに良い性能だ。
アンデッド・キラーは可能ならもえすで武器合成してもらおう。
「そしてアイテムは伝説の釣り竿」
「……釣り竿?」
あ、さすがに全部が大当たりとはいかないようだ。変なの来た。
「誰がやっても即入れ食い、バラし率0%。自動電撃ショッカー付き」
「わあ、マグロも釣れそう」
「針に掛かった瞬間に魚の防御と体力50%減、釣り人の腕力100%増」
「……チートすぎて魚に申し訳なくなるな」
「食料調達はもちろん、魚系のモンスターや水竜と戦う時に重宝すると思いますよ」
確かに、今後もしも水棲生物系のゲートに行くような時には役に立ちそうだ。とりあえずは売り払ったりせずに持っておくべきか。
「最後にこの薬ですが……。伝説というより神話級のアイテムです。『アンブロシア』。伝説級にソーマという魔力を全回復する薬や、ネクタルという蘇生の薬があるのですが、そのさらに上位のアイテムですね。ただその効能は明らかになっておらず、『奇蹟が起きる』とだけ言われています」
「奇蹟? 効能がずいぶんアバウトだな。とても使う気になれん」
「使用する人や、状況などによって効能が変化するのではないかと言われていますが、そもそもこの薬を使用した前例が圧倒的に少ないので、詳しい説明ができないのです」
つまりは効果が一定でなく、使ってみないと何が起こるか分からないということだ。
奇蹟と言うからには悪いことが起こるわけではないだろうが、望む効能を狙って出せるわけでもないのなら、正直使えない。一応は取っておくけれど、きちんとした情報が手に入るまではポーチの肥やしにしておくしかないだろう。
「識別鑑定は以上です」
「……このアイテムを復活処理できるか?」
「もちろんです。処理用の道具や薬品は職人ギルドで借りられますし、配合や手順も頭に入っています」
「そうか、なら頼む。ところで識別鑑定費はいくらだ? アイテムの薬品処理費用もこっちで持つ。あとでまとめて請求してくれ」
「了解しました。では」
ウィルはレオの言葉を受け、アイテムを抱えて立ち上がった。
もう話は終わったし、興奮していた気持ちも落ち着いたんだろう。そのまま部屋から出ようとする。
しかしそれをユウトが引き留めた。
「待って、ウィルさん。伝説級アイテムを抱えて歩くのは、街中とはいえ危ないんじゃ? ポーチがないなら僕も今から出掛けますから、職人ギルドまで持ちますよ。そうすればウィルさんもアイテムも護れますし」
「……そうですね、それは助かります。剣と釣り竿はどう頑張っても私の鞄には入らないので」
ウィルに頼られた弟が、兄を振り返る。
「レオ兄さん、僕ウィルさんを職人ギルドに送りがてら、ルアンくんたちのとこに行ってくる。ネイさんが来たら先に行ったって言って」
「……気にしなくてもあの狐ならすぐに合流するだろう。ユウト、エルドワも連れて行けよ」
「うん、分かってる」
ユウトはハンガーに掛けてあった犬耳のローブを着ると、ウィルからアイテムを受け取ってポーチの中に入れた。
これなら外から見えないので安心だ。
その足下には当然のようにエルドワが控えている。
ネイももうすぐ現れる時間だし、問題はない。
「じゃあ行きましょう、ウィルさん」
「はい。よろしくお願いします」
何となくユウトが意気込んで見えるのは、おそらくウィルが弟にとって珍しく護るべき立場の人間だからだろう。いつも護られてばかりの彼にはたまにはこういう機会があってもいいのかもしれない。
実際はそんな2人をエルドワが護っているわけだが、それを突っ込むのも野暮だ。
「気を付けてな」
「うん。行ってきます」
「アン」
「失礼します」
レオを部屋に残し、2人と1匹はリリア亭を後にした。




