兄、もえす姉弟の親の居所を知る
もえすを出た後まっすぐ職人ギルドに向かったレオたちは、思いも掛けず支部長室でノシロに扮したネイに遭遇した。
もちろんそこにはロバートもいて、何故か2人でぐったりとソファに座っている。なんだろう、この状況。
「……おい。どうした」
2人に声を掛けると、まずはロバートが反応した。
「……ああ、いらっしゃい、レオさん、ユウトくん。エルドワも……。お茶淹れるからちょっと待って下さいね」
「いや、気を遣わなくて構わん。それより、何があった?」
「……ウィルくんに報告書を渡して、やっと素材保管庫に閉じ込めたとこです」
ソファの背もたれにぐったりと身体を預けていたネイが、ようやく姿勢を正して答える。そしてその言葉で、2人の疲れた様子の理由が分かった。
「だいぶ難儀したのか」
「冒険者ギルドの扉を潜った瞬間にロックオンされまして……。先にクエスト完了報告だけしようと思ったんですが、すごい勢いで食いつかれてしまいました」
「……いや、うちの愚息が申し訳ない」
ロバートは恐縮しきりだ。
「あまりにヤバいテンションだったので、冒険者ギルドの職員がロバート支部長を呼びに行ってくれたんですよ」
どうやらネイとしては、クエスト完了報告を済ませてから、後でモンスターの報告データと素材を家に届けますね、という話にしたかったようだ。
まあ、冒険者ギルド内で延々と相手をしたくなかったのだろう。その気持ちは分かる。
しかしそのままがっちり食いつかれて、身動きが取れなくなってしまったらしい。
「全力出しても振り解けないんですよ。恐怖ですよ、恐怖」
「……お前が全力で振り解けないというのは相当すごいな」
「あの子は普段はひょろっとしてるんですが、こういうことにはリミットブレイクするみたいで」
「リミットブレイク……。か、格好良い……」
ユウトが目を輝かせているが、響きが格好良かっただけだろう。その現場を見たらきっと怖くて泣いている。
「最終的には、レオさんたちが先に送ってくれた素材を使ってウィルを釣って。ノシロさんから引き剥がして職人ギルドまで全力で逃げて来て、保管庫に押し込めました。そして、あの子が喜び勇んで素材を鑑定している間にノシロさんに報告書を持ってきて頂いて……」
「ついさっき、今晩の食事と、魔物の報告書を保管庫に突っ込んできたところです」
「それは……ご苦労だった」
いつもは労いの言葉なんてそうそう掛けないが、今回は心からご苦労さんと思う。ユウトが巻き込まれなくて良かった。
「まあこれで、一晩経てば全てウィルの既存の知識になります。追加で質問されることはあるでしょうが、今日みたいなことにはならないはずです」
「それならいい。保管庫から出てきたら、未識別アイテムの鑑定もして欲しいんだ。そのテンションのままいられたら困る」
「未識別アイテムなら、モンスターとは直接関係ないので問題なく鑑定出来ると思いますよ」
そう言ったロバートは、少し居住まいを正した。
「……ところで、レオさん。今回のランクSSゲートの素材の代金ですが、ちょっとウィルが来ている都合上、鑑定と売却が進んでいなくて。申し訳ないのですがもうちょっと待って頂いていいですか?」
「構わん。特に急いでいるわけでもない」
「ありがとうございます」
まあ、ウィルがいる時にランクSSのアイテム鑑定など、できるわけもない。あの父の心の機微を掌握している息子にバレたら、ものすごい興奮状態になるのは分かっていたのだ。
それなのに今回、保管庫に彼を閉じ込めたのは、他に迷惑を掛けないためのやむを得ない苦肉の策だったに違いない。きっと今後、ザインに来るたびウィルは保管庫に入りたがるようになるのだろうが、もはや仕方がない。
オタクの情熱はその熱量が半端ないのだ。
「……ところで、ウィルはいつ王都に戻るか決まっているのか?」
「いえ、特にいつとは。しかし、レオさんたちがゲートをクリアしてしまいましたし、データを手に入れたし、そろそろ満足して戻るでしょう」
「だったら、ダグラスたちが明後日王都に引っ越しをするらしいから、それに同行したらどうだ。護衛として十分役目を果たせると思う」
「ああ、ダグラスさんたちが冒険者ギルド付きのランクS候補になったという話は聞きましたが、王都に拠点を移すんですね。……確かに、彼らに同行させて頂ければ道中安心です」
「あ、じゃあ僕が明日ルアンくんに会うから、その時ダグラスさんにも話をしておきますね」
ユウトが笑顔でそう言う隣で、レオはネイに目配せをした。
それを受けた男が、こちらの視線の意図を理解したのだろう、小さく頷く。
そして、真面目ぶった仕草で眼鏡のブリッジを押し上げた。
「ユウトくん、明日はこのノシロもご一緒させて頂きます」
「あ、もしかしてルアンくんに何かご用です? はい、一緒に行きましょう」
そう、ルアンには言っておくべきことがある。
王都に戻ったウィルが、ジアレイスに接触されることを阻止するようにだ。
我々がザインや他の場所にいる間、王都でその役割を担えるのは彼女しかいない。
ジアレイスに説得されたからと言ってなびくようなウィルではないと思うが、力尽くでくる可能性もあるし、何か弱みを握られる可能性もある。一番怖いのはオタクの激情を利用されることだ。
そのあたりを上手く捌くよう、ネイからルアンに伝えてもらわなくてはいけない。
「レオさんたちは、この後どうするんですか? 今の話から察するに、王都には行かないのでしょうが」
そんなことを考えていると、不意にロバートから訊き返された。
「……俺たちはバラン鉱山と、その手前にあるラダの村に行くつもりだ」
「バラン鉱山とラダの村?」
目を丸くしたロバートに、軽く頷いて返す。
「ミワがそこでスライムと戦っているらしい。別に助っ人に行くわけじゃないが、鉱石運搬のお遣いをしてくる」
「……おや、彼らの親に会いに行くつもりではないんですか?」
「……何?」
返ってきた思わぬワード。レオも目を丸くした。
「……あいつらの親?」
「先日タイチくんに確認したら、彼らの親はラダの村にいるのだそうです。だからてっきり、早々と工房再開の話をしに行くのかと」
「いや……それは初耳だ。あいつらの親が、まさかラダの村にいるとは……」
何だろう。嫌な予感しかしない。
「あのあたりはだいぶ閉鎖的だと聞いたんだが、あんたは何か知ってるか?」
「いえ……基本的に村にはギルドが存在しないもので、行く機会がないんですよ。鉱石がたくさん取れた頃は前任者が商談に行ったりはしていたようですが」
「……今はほぼ見向きもされない村ってことか」
「まあ、廃れてきているのは否定出来ませんね」
なるほど、閉鎖的で排他的で金のない村なわけだ。鉱石喰いのスライム倒しに躍起になる気持ちも分かる。
ザインに住むミワが受け入れられているのは、村に親がいるからか、もしくは大きく稼いでいる彼女たちが村に寄付でもしているからか。
「工房の話をしてみてもいいが、とりあえず行ってみないと何とも言えんな……」
「もし彼らの親に会って、工房復活に乗り気でしたら、職人ギルドはそれをバックアップしますとお伝え下さい」
職人ギルドがバックアップ。そう言うからには、やはり腕の良い職人なのだろう。レオは僅かに逡巡して、それから頷いた。
「……分かった」
彼らの両親ゆえ、そのキャラクターが気になるが、まさかミワやタイチのように恥も外聞もなく萌えを吐き出すような人間は、そういまい。
レオは少し渋々といったていで頷いた。
「ちなみに、そちらにはいつ出立を?」
「まだ決めていない。まあ、ウィルに未識別アイテムを鑑定してもらって、ダグラスたちを送り出して、それからだな」
「そうですか」
ロバートはさっそくメモを引っ張り出し、もうパームとロジーに必要な支援を考え始めているようだった。
「説得出来るか分からんぞ」
「その時はその時です。考えるだけはタダですからね」
何とも反応が早い。出来ることは今してしまう主義なのだろう。
どこか楽しそうに見える彼を見て、まあいいかとレオはため息を吐いた。




