兄、ミワに会いに行く算段を立てる
夕方6時、職人ギルドに行くにはまだ早い時間。
それまでにもえすでの用事を済ませてしまおうと、レオはユウトとエルドワを引き連れて路地を歩いていた。
いつものように隣家から二階を伝ってもえすの店舗内に入る。
カウンターでは相変わらず、タイチが座ってコスプレ雑誌を読んでいた。
「今日もダレてるな」
「あ、レオさん、ユウトくん、エルドワ様いらっしゃい。ゲートクリアの報が入ったから、今日辺り来ると思ってたよ」
前回脅されたせいで、エルドワだけ様付けだ。別に良いが。
「頼んでいたものは出来たか」
「もちろん。まずこれがネイさんの弟子用ポーチ」
「わあ! 思ったよりシンプルでカッコイイ!」
タイチが差し出したポーチをユウトが手に取る。表面はダークブラウンの革製で、太めのベルトが身体にフィットする形だ。開口が大きめで出し入れしやすそうなのは、戦闘中にアイテムを得やすい盗賊に合わせた工夫なのだろう。
アイテムスティールの成功率が高いルアンにはちょうどいい。
「タイチさん、素敵なポーチ作ってくれてありがとう! レオ兄さん、これ、明日僕がルアンくんに渡してくるね!」
「ああ」
自分のことのように喜ぶユウトが大変可愛らしい。おかげでそれを見るタイチの視線がヤバい。
レオは速攻でユウトを自分の背後に隠し、カウンターの上にエルドワを置いた。
「……他のアイテムは? エルドワ用のブーツもあったろう」
「おおう……、エルドワ様、俺に牙剥いてんだけど何で?」
「ユウトを邪な目で見てたからだな」
「邪じゃない! 神聖な気持ちで尊んでたんですう-!」
ぷりぷりと怒りながらもアイテムを取り出す。
そこにはレオたちの靴の中敷きと、エルドワの靴があった。
「はい、沈下無効の中敷き、3人分ね。んで、こっちがエルドワ様のブーツ。まだ子犬みたいだからさ、大きくなっても履けるように、伸縮性のある素材で作ってあるよ」
「……ほう、それは気が利くな」
変化する時にいちいち靴を脱がせるのは面倒だ。変化後も履いていられるならありがたい。
「伸縮というのはどれくらいだ? ライオンくらい大きくなっても平気か?」
「へ? ライオン……? まあ、特殊なストレッチ素材だから結構いけるはずだけど……ライオン? エルドワ様、どんだけ大きくなる予定なの?」
タイチはビビっている。
しかしこれが、本来はエルドワに対する正しい反応だろう。
このもふもふの尻尾ぴるぴるが実はライオン大の魔獣だなどと知ったら、きっと誰もがこうなる。
まあ、その本来の姿を知ったところで、ユウトは未だにエルドワを可愛い子犬扱いだけれど。
レオの背中から顔を出して小さな靴を見たユウトは、またテンションを上げた。
「うわあ、小さくて可愛い……! エルドワ、そのブーツ履いてみて!」
「アン」
ユウトを振り返ったエルドワはタイチに向けていたのとは全く違う、可愛さ全開アピールの顔だ。余程のことがない限り誰にでも愛想の良い子犬だが、やはり姫は特別らしい。
行儀良くお座りをして、ユウトにブーツを履かせてもらう。
脱げないようにきっちりと編み上げになっている靴は、よく見るとユウトのショートブーツと同じ形だった。
「ふふ、ぴったり。僕たちとお揃いだね、可愛いな」
エルドワを抱き上げてほわほわ笑うユウトを、またタイチがヤバい顔でガン見している。
レオは再びユウトを背後に隠した。
「他のアイテムは。ユウト用に防御アイテムを作ると言ってたろう」
「あー、それさ。姉貴が魔法鉱石取ってきたらブローチ作ろうと思ってたんだけど、まだ帰って来てないんだよね。もうちょっと待って」
「……あれから6日経って、まだ戻ってないのか?」
レオは怪訝に思って訊き返す。
ゲートに潜る前に来た時に、すでに帰還予定から遅れていたはずだ。それが未だに帰ってきていないとは。
「バラン鉱山に行っているんだよな? 片道3日あれば着くはず……。何か連絡は来てないのか」
「2日前に来た手紙だと、鉱石喰いの王冠スライムが出たらしくて……そいつを倒すまで帰らんって言うんだよね」
「王冠スライムか……! それは鉱夫だけで倒すのは厳しいだろう」
「王冠スライムって?」
後ろに隠していたユウトが、エルドワを抱いたまま身体を乗り出してきてレオに訊ねる。
「スライムの上位種だ。一見は普通のスライムなんだが、ある程度ダメージを与えると仲間を呼び始め、8体集まると合体をして王冠スライムになる」
「あれ……何だろ、初めてなのにすごい知ってる感じのモンスターなんだけど……」
「王冠スライムは喰う鉱石が多い分、抱えてる精製鉱石もレアででかいし、ドロップアイテムも良いものが多いらしいんだよね。だから姉貴があいつを前に燃えちゃうのも分かるんだよ。……ただ、レオさんが言う通り、鉱夫だけで倒すのは厳しくてさ」
「……別に金がないわけでもないだろう。助っ人を雇えばいいんじゃないか? バラン鉱山の近くには村もあったはずだ。もしそこに良い人材がいなければ王都の冒険者ギルドでも調達できる」
「姉貴はいいけど、他の鉱夫が余所者入るの嫌がるんだよね」
どうやら部外者の手は借りたくないということらしい。
頑固な職人気質は結構だが、融通が利かないというのも問題だ。
「まあ、バラン鉱山は昔はすごく金になるとこだったからさ、いろんな利権が絡んで、取引で騙されたり、鉱石を取り上げられたりした上に、ほとんど掘り尽くされてね。今はすごい閉鎖的なんだ」
「ああ、なるほど……。昔は貴族どもがやりたい放題だったしな。……しかし、そうなるとミワはだいぶ長いこと帰ってこないことになるが」
「店自体はそうそう他の客の注文来ないからいいんだけど。ただ、ユウトくんのブローチと、ネイさんの剣ができるまでに時間が掛かっちゃうな」
ネイの武器などいつでもいいが、ユウトのブローチが出来ないのが困る。もちろん弟に敵の指1本触れさせる気はないけれど、あればだいぶ安心できるからだ。
悠長にミワを待っているわけにもいかない。
「……ユウトのブローチは魔法鉱石があればできるんだろう? どこか調達できそうなところは他にないのか」
「うーん、特殊なもので職人ギルドでも流通してないんだよな……ヒヒイロカネっていう綺麗な緋色の金属なんだけど、バラン鉱山の頂上、噴火口付近で時々見つかるんだ。一応、それは見つけたって連絡は入ってるんだけど」
「……ミワがもう持ってるのか? だったら、俺たちが直接行って鉱石だけをもらって来れば、何の問題もないじゃないか」
「ああ……うん、まあ。そう簡単に行けばいいんだけどね……」
タイチはしばし唸って考え込んで、それから頭を掻いた。
「そうだなあ、レオさんたちに行ってもらった方が、話が早いかも……。じゃあ、レオさんに頼んで良いかな」
「構わん。どうせミワとの接触はネイにさせる」
「そしたら、一応俺の紹介状書いて渡すよ。身分保証くらいにはなるから」
「分かった。出掛ける時にもらいに来る」
「うん、よろしく」
少し気になるタイチの反応だが、まあ鉱石をもらって帰ってくるだけだ、どうでもいい。
一度王都に飛んで、そこからバラン鉱山最寄りの村までは1日。準備ができたらさっさと終わらせてしまおう。
レオはそう算段して、ユウトとエルドワを連れ、用事の済んだもえすを後にした。




