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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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弟、ルアンを理詰めで説得する

 翌日、ユウトは久しぶりにザインの街中を歩いていた。


 どうせ職人ギルドに行くのももえすに行くのも夜になってから。昼間は特にすることがない。

 冒険者ギルドでランクSSゲート消滅の件がどう扱われているのか気になるけれど、それを見に行く勇気はなかった。何となく、絶対ウィルに見つかる気がする。


 そんなわけで、のどかな昼下がり。結局ユウトはエルドワを連れて、散歩がてらの買い物をしていた。


 ちなみにレオはリリア亭に残り、ゲートで使った道具の手入れをしている。

 心配性の兄がネイもルアンもいないのに外出を許してくれたのは、もちろんエルドワがいるからだ。今回のクエストで、レオから子犬への信頼感はさらに増したようだった。


「あ、公園で鈴カステラの屋台が出てる! エルドワも食べる?」

「アン!」


 天気は晴れ、その日差しが心地良い。

 ずっと薄暗いゲートの中にいたユウトたちには、最高のご褒美だ。

 ユウトは鈴カステラと飲み物を買って日当たりの良いベンチに座ると、それをエルドワと分けて頬張った。


「んー、美味しい! さすがにゲートの中では甘い物は食べられなかったもんね」


 ほわほわと微笑むユウトの隣で、エルドワがすごい勢いでガツガツ食べている。この子も甘い物が好きみたいだ。

 見た目はまんま犬とはいえ、一応半魔。食の嗜好は人間に近い。

 一度ドッグフードを与えようとしたらそっぽを向かれたので、それ以来はユウトが食べるのと同じものを与えていた。


 持ち歩いている犬用の水飲み皿に水を注いでエルドワの前に置き、自身も買ってきたミルクティーを飲む。

 そうして一息吐くと、子犬はユウトの膝の上に乗ってきて落ち着いた。


「ふふ、平和だねー」


 昨晩シャンプーをしてふかふかになった毛並みを撫でる。ゲートの中でもそれほど汚れていたわけではないが、やはり洗ってすぐの手触りは格別だ。


 そうしてひとりと1匹でほのぼのと日向ぼっこをしていると、しばらくして声を掛けられた。


「あれ、ユウト。こんなところで、エルドワと散歩? レオさんがいないなんて珍しいな」

「ルアンくん」


 ルアンだ。何だか色々荷物を抱えている。


「どうしたの? そんなに荷物抱えて」

「ん、引っ越しの準備。あーちょうどいいや、オレもちょっと一休みしよっと。ユウト、悪い、荷物見てて」


 ベンチの上に荷物を置いたルアンは、屋台へと向かった。飲み物を買ってくるようだ。

 彼女は喉が渇いていたのだろう、少し大きめのカップを受け取って、ユウトの隣に戻ってきた。そのカップの蓋の上に、ばら売りのドライフルーツが少し乗っている。


「ルアンくん、使い捨てのおしぼりあるよ」

「お、サンキュ。ユウトは気が利くなあ。……つか、こういうのどこで手に入れてくんの?」

「時々迷宮ジャンク品のお店にあるの。紙おしぼりの詰め合わせ、いつも農業用品の棚に置かれてるんだけど何でなんだろ。衛生用品に入れた方が売れると思うんだけどな」

「迷宮ジャンク品か……。あそこ、使い道がよく分かんない商品ばっかだからな。店のヤツも分かってないんじゃないか? オレだって、これがいっぱい詰まってる袋見ても多分よく分かんないよ」

「そうなんだ」


 日本では個包装の紙おしぼりなんてよく見かけたから、違和感なんて感じないんだけれど。

 でもゲート攻略の最中なんて、手を洗う水に困った時なんかに重宝するのだから、ルアンあたりは知ってた方がいいだろう。


「今度ルアンくんたちのも買っておこうか?」

「いいよ、どうせだから自分で行く。……あ、いや、ユウトがあの店にあるものの使い方分かるなら今度一緒についてきてくれないかな? 他にも良いものあれば教えて欲しい」

「うん、喜んで」


 ユウトはにこりと笑って、それからふと首を傾げた。


「あ、でも買い物に行くにも、さっき引っ越しって言ってなかった? ルアンくん、どこかに引っ越すの?」

「どこかって、王都に決まってんじゃん」


 ルアンは楽しそうに笑む。


「王都の冒険者ギルドから正式にランクS候補として抜擢する通知が届いたんだ。それで、ギルド長自ら親父たちを指南してくれるらしくて。鍛錬も一週間そこらの話じゃないしさ、だったら拠点を移そうってことになったんだ」

「そっか、王都か。だったら僕たちも向こうに拠点あるし、頻繁に会えるね。……リサさんも王都のギルドに?」

「もちろん。今回は冒険者ギルドがバックアップしてくれてるから、住むとことかも準備してくれてるみたい。おかげでオレたちみんなやる気満々でさ。……そういや知ってる? 昨日、以前親父たちを助けてくれたランクSSSのパーティが、ランクSSゲートを5日で攻略しちゃったんだって。今、冒険者ギルドが大盛り上がりでさ、オレたちも早くああいう活躍が出来るようになりたいんだよね」

「……へえ」


 ルアンはまだユウトたちがそのランクSSSパーティだと知らない。ここ5日間はテムの村に行っていたことになっている。

 隠し事が苦手なユウトは、あまり余計な言葉を発しないように注意した。


「……ウィルさん、どうしてる?」

「昨日のゲート消滅の一報から、クエスト完了報告ブースに居座って動いてないみたい。そのパーティの報告待ってるっぽいよ。……ずーっと無言でさ。ここからスイッチが入った時の爆発が怖いよな」

「……それは怖い……」


 やはり、ネイが報告を終わらせてくれるまで冒険者ギルドに近付くのはやめた方が良さそうだ。


「……さて、そろそろ戻るかな」


 ドリンクを飲み干して、ルアンはベンチから立ち上がる。よく見ればその荷物は引っ越し用の梱包資材だ。


「僕も手伝いに行こうか?」

「ん、大丈夫。細かいものの箱詰め作業とかはもうほとんど終わっててさ、後は家具の梱包とか積み込みとかがメインなんだ。さすがにユウトに力仕事はさせられないよ」

「い、一応いないよりはマシくらいの力仕事は出来るけど……」

「いやいや、ユウトに怪我でもされたらレオさんが怖いし、おそらく親父たちがさせてくんない。オレにすら力仕事させねえもん」

「……ダグラスさん、ルアンくんに甘いもんね」

「お前にもな。ちゅうか、親父たちってこう、細くて小さいものは護らなくては! みたいな使命感があんだよね。庇護欲が激しいっつーか」

「ふふ、ルアンくんのところのメンバーってみんな優しいよね」

「……まあな」


 苦笑をしつつもルアンはどこか誇らしげだ。その優しいメンバーの中には彼女も混じっているのだけれど、本人は自覚していない。

 ユウトはそれを微笑ましく見る。


 しかし、荷物を抱えて立ち去ろうとするルアンに、ユウトははたとあることを思い出した。


「そうだ、ルアンくん、引っ越しはいつ?」

「ん? オレたちが行くのは明後日だけど。積み込む馬車の手配が大変でさ。仲間の引っ越しから先にやってるんだ」

「そっか、じゃあ間に合う! あのね、前に一緒にランクAクエスト行ったでしょ。そこで手に入れた素材で、レオ兄さんがルアンくんにって、アイテム作ってるんだ。その時のお礼と今回のお祝いを兼ねてるんだって。それで、ちょうど今晩それをもえすに取りに行く予定だったの。明日持っていくね」

「……アイテムって?」

「砂漠ワームの素材で作った大容量ポーチ」


 アイテムが100個も入るし、引っ越しの荷物を運ぶのにちょうどいい。

 そう思って伝えると、ルアンは目を丸くして唖然としたように口を開け、そのまま数歩後ろによろめいた。


「え……い、いや、待って。大容量ポーチって素材もさることながら、その加工費が嘘みたいな額……。おまけにもえす!? 完全オーダーメイド品じゃん! いくら掛かってんの……!?」

「ほんとは転移ポーチが作れれば良かったんだけど」

「いやいやいや、大容量ポーチでもどんだけ稀少だと思ってんだよ! そんなの受け取れないって!」

「え? でもルアンくんが受け取ってくれないと、そのままタンスの肥やしになっちゃう。あると引っ越し楽だよ?」

「ああ~ユウトはレオさんに育てられたせいで感覚おかしい! 引っ越しが楽とかいう基準でポーチの価値を語るとか!」


 ルアンはそう言うけれど、もう作ってしまったんだし、そんな金額的な理由で使わない方がどうかと思う。


「必要ないからいらないっていうなら、分かるけど。高いから受け取れないって思うだけならちょっと違うんだよね。レオ兄さんがルアンくんにそれだけのものを渡す価値があるって考えてのことだし、僕は純粋にあれば役に立つって思ってるだけだし。有用なのに使わないでただ置いておくことの方が、一番物の価値を貶めることになると思うんだけどどうかな?」

「うわっ、理詰めで来た」

「あのね。僕たちにとってはもう代金を支払ってしまったのだから、埋没費用サンクコストであって、ルアンくんが受け取ろうが受け取るまいが戻ってこないお金なわけです。タンスに放っておかれようが、中にスリッパを入れようが、宝石を入れようが、その費用は変わらない。だからここからの価値は、十分にそのアイテムを有効利用出来るかどうか、それに尽きるわけです」


 冒険者はこういう理論立てた話は苦手だ。もちろん魔術師などはその限りではないが、とりあえずルアンは苦手だ。

 それを知った上で、ユウトは理詰めで説得する。


「大体ね、今後ランクSまで行くと、ゲートの滞在時間も長くなるし、持ち込む荷物も増えるし。パーティのみんなのためにも、あると便利だと思うんだけど」

「うう……それは確かに」

「どうせルアンくんが受け取らなくても、僕たちは使わないんだしさ。何なら、自分たちでポーチを手に入れるまでの間、借りておくくらいの気持ちでいたら?」

「ああ、そうか……うん、貸してもらうなら」


 当然、ルアンは必要ないと思っているわけではないのだ。逆にその価値を知っているからこそ後込みしている。

 だから少しだけ金額のプレッシャーを所有することから逸らしてやると、彼女はようやく頷いた。

 それにユウトは良かったと微笑む。


 もえすで、タイチが盗賊であるルアンのためにオーダーメイドで作ったポーチだ。宝箱で手に入れた万人向けのものとは比べものにならない。戦闘中の出し入れ、動きを妨げない形状、空気抵抗に至るまで、考え尽くされている。

 間違いなくルアンの役に立つものだ。一度手にしたら分かるはず。

 そしてそれを渡す価値があるとレオに認められているのも分かって欲しい。


「じゃあ明日、ルアンくんに届けに行くね」

「分かった。……ありがとな。レオさんにもお礼言っといて。後で直接言いに行くけど、一応」

「うん」


 少しはにかむように笑って、今度こそ、ルアンは荷物を持って去って行った。

 ユウトはそれを見送り、それから傾き始めた太陽を見上げて自身も立ち上がる。

 そして膝から降りたエルドワの頭を一度ゆるりと撫でた。


「僕たちもそろそろ帰ろう、エルドワ。……早めに夕飯を食べたら、もえすとロバートさんのところに行かなくちゃね。ルアンくんのポーチ、どんなできあがりか楽しみだな」

「アン」


 まもなく夕暮れ。

 足下で尻尾をぴるぴるしている子犬を引き連れて、ユウトは公園を後にした。

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