弟、精霊の加護を手に入れる
転移方陣で地上に出ると、ゲートは途端に光の柱となって天に昇り霧散した。これで完全消滅だ。
周囲に野次馬の冒険者が待ち構えていたら面倒だと思ったが、さすがにこのランクをこの速さで攻略すると思った者はいなかったらしく、杞憂だった。
ただ、今回のことでレオたちパーティのゲート攻略スピードを知られてしまうだろうから、次からは警戒しなくてはなるまい。
取り入って来ようとする奴らも大概迷惑なのだけれど、こちらが疲弊して出てきたところを襲って、戦利品を奪おうとする輩も出てくるのが厄介なのだ。
今日のように、ゆっくりと地上で別れの挨拶をできるのは今回だけだろう。
「では、私はここで失礼します。もゆるさん、お暇な時には農場の方にもお越し下さい。美味しいお茶とお菓子をご用意しますので」
「はい、今度伺いますね。ヴァルドさん、今回はいっぱい助けてもらってありがとうございました」
「とんでもない、主のために働けるのは私の喜び……また遠慮無くお呼び下さい」
ヴァルドは右手を自身の胸に手を当てて恭しくお辞儀をすると、帰還用の魔方陣に消えた。
それを見送ったディアも、当たり前のように転移魔石を取り出す。
まあ、彼女のレベルならこの稀少な魔石を持っていても、何も不思議はないか。
「私も王都へ飛んでみようと思いますわ。うふふ、どんなふうに変わっているのかしら」
「国王が2代替わっているから、だいぶ違うと思うぞ。……ただ身分の証明ができないと街の出入りが難しいが、何か持っているか?」
当然だが、彼女はギルドカードなど持っていないだろう。
それでも元は貴族の出自のようだし、それを証明できれば20年前の戸籍と照合出来るはずだ。
そう思って訊ねたが、しかし彼女はにこやかに首を振った。
「いいえ、身の上が分かるような物は何も持ってませんわ。でも、マルセンくんを頼ればどうにかなるでしょう。魔法学校の重鎮と会う手はずを整えてもらえばパーソナルな証明はできますし、昔のパーティの皆さんと連絡を取ることも出来るかもしれませんわ」
「ああ、なるほど……。どうせ保証人を作ればどこかしらのギルドカードは作れるだろうし、それほど問題は無いか」
「私、しばらくマルセンくんに寄生するつもりですので、是非会いにいらしてね。皆さんとはもっとゆっくり、色々お話ししたいことがございますの。……あら?」
話をしている最中に、不意にディアの視線がユウトの肩の上に向いた。
つられてレオとネイがその視線を追い、ユウトを見る。
当の弟は、不思議そうに首を傾げた。
「? どうしました?」
「もゆるちゃんの肩のところに、さっき取り戻した精霊の一部が……。一体何を……え? まあ、そうですわね……。んー、それは分かりますけれど」
どうやら、ユウトの肩に精霊が乗っているようだ。ディアはそれと会話をしているのだろう。
軽く眉根を寄せて、少し困った様子だ。
ひとり問答のごと、言葉を繰り返す。
「……もう、仕方がないですわね」
しかし最後には呆れたような諦めたようなため息を零した。精霊の言い分に折れたらしい。
「どうした」
「この精霊が、もゆるちゃんについて行くって言ってますわ」
「えっ? 精霊さんが、僕に? ついてもらっても姿も見えないし、会話もできないですけど……」
「それは平気ですわ。本来そういうものですし、この精霊が勝手についていくだけですもの」
言いつつ、ディアは自身のポーチを探った。
そして、木で出来た小さな天使像のキーホルダーのようなものをユウトに差し出す。
「……これは?」
「世界樹の木の一部で出来た依り代ですわ。ここに精霊を降ろすことで実体化できますの」
「さっきのディアさんみたいに、羽が生えるんです?」
「そうですわね。ただ、あちらは実戦用の大きめの依り代ですけれど、こちらは小さいのでそこまで大きな力は降ろせませんの。羽も小さめで飛べません。でも付いていれば、高いところから安全に飛び降りられますわ」
「……え、そんだけ? ディアさんの付けた羽、魔法の檻も切断したし、飛ぶスピードも速そうだったのにずいぶん違うんだねえ」
横で聞いていたネイが少し拍子抜けだと言いたげに訊ねると、ディアは肩を竦めて苦笑した。
「まあ、元々これという限定的な効果はそんなにありませんのよ。ただ、精霊の加護はあらゆるところで少しずつ助けてくれるんですの。これは肌身離さず持っていて下さいな。もゆるちゃんを必ず護ってくれますわ」
「ありがとうございます、ディアさん。精霊さんも……。僕の声は、精霊さんには届いてるのかな?」
「ええ、聞こえていますわ」
「そっか。精霊さん、これからよろしくお願いします」
小さな天使像を受け取って、ユウトはそれにお辞儀をした。
多分今はその像の中にはいないのだが、気持ちはきっと精霊に伝わっただろう。
「前にも言いましたけれど、もし精霊術にも興味があったら私の所にいらっしゃいね、もゆるちゃん。歓迎しますわ」
「はい、ありがとうございます」
「ソードさんも、今度ゆっくりお話ししましょう」
「……ああ」
レオは、ディアの言葉に若干躊躇いつつも頷いた。
放っておきたい気もするが、知らないところでユウトと接触されるのも怖い相手だ。
彼女はユウトと何か関わりを持っている。
そう感じさせるのは弟に似た見た目だけではなかった。
ユウトへの視線、口ぶり、接し方。
この短期間での入れ込みよう。
その理由を知らないととても落ち着かないのだ。
しかしレオに対する牽制が無いところを見ると、特に兄弟関係に干渉をするつもりもないらしい。
ならば話して、その真意を聞いてみてもいいだろう。
レオのその判断に、ディアは静かに微笑んだ。
「楽しみにしていますわ。……そして先生さんとは、職業柄頻繁にお会いしそうな気がしますわね」
「……俺もそんな気がしますけど。……街中であんま声かけないで下さいね?」
職業柄というのは、もちろん先生と元先生という話ではない。
ディアはネイを隠密だと分かった上で、自分は彼が街で動いていたら見つけちゃうぞと言っている。そしてネイは、ディアがそういう敏い人間だと分かった上で、仕事中に邪魔しないでねと言っている。
特に害意のない軽口だ。
それを聞いたユウトが目をぱちりと瞬いた。
「僕、先生を街で見かけたら声かけちゃってました……」
「ああ、もゆるちゃんはいいの」
「うふふ、もゆるちゃんは可愛いですわね」
ネイが声を掛けられて困るような時は気配を消している。ユウトに見つかる時は、ほぼわざとか、何の仕事もしてない時だ。問題ない。
少しおろおろとしているユウトに2人が頬を緩めていると、何事かを思案していたレオが不意に話を引き戻した。
「ディア。あんた、マルセンのところに行くんだよな?」
「ええ。そう言いましたわ」
「考えてみたらマルセンには、ランクSSSで活動してること言ってなかった。俺たちの名前を出すと、混乱するかもしれん」
「あ、そうだね。逆にディアさんは僕たちのいつもの姿を知らないし、話がかみ合わないかも」
「あら、もしかして今は世を忍ぶ仮の姿なのかしら?」
「……そんな感じだ。だからマルセンには、余計なことは言わないでおいてくれ」
おそらく後々話すことにはなるが、それでも事情を知らないディアに説明させるのは難しい。どうせ王都とは頻繁に行き来するのだ、自分たちで話した方がいいだろう。
それにこれは一応、秘密の話でもある。
「分かりましたわ。まあ私もしばらくは自分のことでいっぱいいっぱいですから、多分マルセンくんにゲートの思い出を語る暇もございません。ご心配なく」
「20年の穴だもんね。近年起こった出来事を把握するだけでも大変そうだよねえ」
「魔法学校の蔵書を読みあさればどうにかなりますわ。やることもいっぱいありますし、ぐずぐずしてはおれませんもの」
にこりと笑ったディアは、今度こそ転移をするために魔石を掲げた。
「では、ごきげんよう、皆様方。もゆるちゃん、その精霊に時々声を掛けてあげて下さいな。きっと喜びますわ」
「はい」
ユウトに一言だけ置いて、ディアは王都に転移をした。
これでこの場には、最初に突入したメンバーだけが残る。
「ソードさん、このまま俺の隠れ家に飛んで変身解除?」
「ああ、そのつもりだ。早く帰ってちゃんとした風呂に入りたい」
「兄さん、冒険者ギルドに報告に行かないの? ……多分、ウィルさん待ってるよね」
「……報告は明日でいいだろう。どうせ光の柱が立ったことでクリアしたことは分かっただろうし、まもなく冒険者ギルドが確認に来るはずだ。……それに、完了報告に行くのは代理人のノシロだから、もゆるは気にしなくていい」
正直、ここからさらに気疲れをしに行く気はない。ウィルの対応はネイに丸投げだ。
「うっ、確かにこの報告は俺の仕事……! まあ、どっちにしろ今晩は陛下に提出する報告書を作らなくちゃいけないんだし、ウィルくんにも報告書作って渡しちゃうかなあ」
「ああ、それは有効らしいぞ。モンスターの報告データと素材を一緒に部屋に放り込んでウィルを閉じ込めて、一晩おけばいいとロバートが言っていた」
「へえ、良いですね。それで行こう」
どうやら報告はこのままネイに任せて大丈夫そうだ。
ロバートともえすのところも明日でいいだろう。
「さあ、帰るぞ。久しぶりにリリア亭で、ダンの上げ膳据え膳でゆっくりしよう」
レオは言いつつユウトを抱え上げた。その腕の中にはエルドワも。
「そう言えば、エルドワも一緒に転移できるってことは『魔装備』できるタイプなんだね」
「そうだな。……変化したエルドワを魔装備したらどんなステータスになるんだろうな」
「絶対強いよね」
「アン!」
エルドワがもちろんだと言うように鳴く。
あの真の姿を見た後では、こちらも頷くしかない。
一同はそんな力を抜いた話をしながら転移をし、変身を解いて、ようやく長かったゲートからの帰途へとついた。




