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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、不安になる

 そこからの2フロアは、エルドワの独壇場だった。

 先頭を歩いて、敵を見つけると即座に齧り付く。正直、敵に為す術はない。

 レオたちは落ちた戦利品を拾ってただ付いていくだけだ。


 ……存在がチート過ぎる。レオとしては少し落ち着かないのだが、2時間しか変化出来ないという縛りが一応のバランスを取っていた。

 そう、バランスを欠く存在というものは危うい。

 それは強いようでいて、反面とても脆いことをレオは知っている。


「次の階段を降りたらボスフロアですわね。魔力体力は十分温存出来ましたわ。エルドワは頼りになりますわね、ありがたいですわ」

「ガウ!」


 順調に進んだ一行は今、127階の絨毯敷きの通路を歩いていた。

 真っ直ぐ進む通路の先は行き止まりになっていて、そこに最下層に続く階段があるようだ。

 それを視認したディアがエルドワを労った。


 同じように階段を確認したレオは、少しだけその先に不安を覚えてしまう。最後の2フロアが順調すぎたからだ。

 もちろんその主たる理由はエルドワがいるからだけれど、それでもここまでの展開から鑑みて、126・127階と罠がないのは不自然に思えた。


「……まさかと思うが、ボス部屋にまで罠があったりしないだろうな」

「ええ? 普通ないでしょ、ボス戦って最後は力と力のぶつかり合いですもん。ボスってプライド高いし、人間になんて負けないって自負があるし。余程姑息な奴でないかぎり、罠なんて付けませんって」

「俺はここまでの罠を見てきて、十分姑息な奴だと思っているがな」

「あー……まあ、確かに」


 ネイもレオの言葉に頭を掻く。

 ここまで、あわよくば自分が手を下す前に罠で潰そうという臭いはぷんぷんしていた。

 罠が多いゲートのボスは弱いと言われるのは、こんなふうに冒険者との直接対決を避けたがる傾向にあるからだ。


 ヴァンパイア・ロードは知性があり魔力が高い魔族で、不死者を従える能力があるけれど、当然ながら個体差がある。その性質もだ。

 ここのボスが直接対決を嫌い、最後の最後に罠を掛けている可能性は十分にある。


 そう考えていると、ディアが思わぬ発言をした。


「ヴァルド、ここのボスはお知り合いなのでしょう? 何かアドバイスはございませんの?」

「え、ここのボスって、ヴァルドさん知ってるんですか?」

「……知り合いというほどの付き合いはありませんが」

「顔見知りか」


 確かにヴァルドはゲートを攻略している最中に、ここのボスのことを知っているようなそぶりを見せていた。

 まあ、ここまで討伐に付いてきているのだから、知っている相手と言っても友好的な吸血鬼ではないのだろう。そもそもヴァルドは吸血鬼殺し(ダンピール)、親しい吸血鬼などそう居まいが。


「そいつは、ボス部屋に罠を置きそうな奴か?」

「……いえ、彼ならここまで罠を突破してきた人間をまた罠に掛けるよりも、おそらく人質を取るのではないかと」

「人質か……!」


 レオは思わず顔を顰めた。

 どんな大変な罠に掛けられるより、ユウトが人質になる方がはるかにキツい。ネイあたりなら気にしないが。


「さっきのフロアのように、階段を降りた時点で振り分けられると面倒だな……」

「もゆるさんを人質に取られると、私もソードさんも先生さんも、エルドワだって身動きが取れなくなってしまう可能性があります。ディア様はすでに大事な方を人質に取られていますし」

「もゆるに何かある前にぶっ殺すしかないな」

「それができるのが理想ですけれど」


 そう言ってヴァルドが周囲を見回した。


「この2フロア、罠がなかったのはおそらく我々の行動パターンを監視するためです。こちらのパーティの中の関係性、実力、持っている属性などをどこかから見ているはず。……ここまで、下級ヴァンパイアから私の侵入が彼に伝わるのを阻止して来ましたが、さすがにもうバレたと思います。私への対策がどれだけ取られているかも鍵ですね」

「ヴァルドが普通に動ければ、速攻でいけるのか?」

「ここのヴァンパイア・ロードなら、大して問題なく」

「となると、絶対何かしらの対策を取られるな」


 思いの外、面倒そうなボスだ。

 しかし幸いだったのはこの2フロア、ほぼエルドワしか戦っておらず、レオたちの戦いようがヴァンパイア・ロードに知られなかったこと。

 きっとボスはエルドワを危険視するだろうが、あいにくこの半魔はもうすぐ子犬に戻る。攻撃に参加できなくても全く問題ない。


「ヴァンパイア・ロードの倒し方は、下級吸血鬼と一緒か? 俺たちでどうにかできるならこっちでやる」

「そう簡単ではありません。下級と違って、彼は攻撃をかわす際にコウモリでなく靄に変化します。コアは倒した後に結晶化するタイプなんです。ソードさんが彼を倒すには、変化を止めないといけない」

「変化を止める?」

「成功率は低いですが、魔法封じ(アンチ・マジック)か混乱の魔法を掛けることです。それ以外ですと、聖属性の魔法を食らわすか、聖属性の武器で攻撃する。……まあ、私を自由に動けるようにしてもらう方が早いかもしれません」


 聖属性、と聞いて眉を顰める。

 ……ユウトの属性だけれど、それを弟に知らせる気も、使わせる気もないのだ。やはり、ヴァルドが動けるように尽力する方がいいだろう。


「現実的に考えて、速攻で殺るのは無理っぽいですね。だとすると、もゆるちゃんが人質に取られるとかなり攻略が難しくなるかも」

「貴様が人質になれ。それなら気にせず動ける」

「俺が代われるならいいですけど、こういう場合は大事に護られてる人が人質にされちゃうのがセオリーだしなあ。今からでも俺のこと大事にしてみます?」

「死ね」


 レオが嫌がることを分かっていてニヤニヤと言うネイに、そんなこと望んでもいないくせにと吐き捨てる。

 そこに、2人の会話を聞いていたディアが言葉を挟んできた。


「人質なら、後で始末しやすい女もセオリーですわ。私を人質にして頂いて結構ですわよ。その方がみなさん気が楽でしょう?」

「いや、ディアさんがそう言っても、選ぶのは敵の方だしなあ」

「私を選ばせるのは簡単ですわ。そもそも、人質はもゆるちゃんか私の2択でしょう。でしたら、ソードさんがもゆるちゃんを抱えて階段を降りれば良いのです」

「兄さんが、僕を抱えて……?」


 隣で聞いていたユウトが、そんなことで大丈夫なのだろうかと首を傾げる。しかしディアの本意に気付いたレオは、目を瞠った。

 もしかしてこの女、ユウトが何者か気付いているのか。


「あんた、いつもゆるが半魔だと分かった……?」


 訝しく思いながら視線を向けると、ディアはにこと笑った。


「戦っていて魔法の詠唱をしませんでしたし、何よりヴァルドとエルドワを従えるだけの魔力が溶けた血を持つ人間なんていませんわ」

「……それだけか?」

「あとはちょっと精霊が騒いでいたからですわね。……うふふ、そう警戒しないで下さいな。ソードさんとはこんなところで話すよりも、後日どこかで改めてお話したいですわ。ゆっくりと、ね」


 少々意味深な口ぶり。それにネイが揶揄するように反応した。


「あれー、ディアさん、もしかしてソードさん狙ってる?」

「ごめんなさい、それはないですわ。私、もう結婚して子どももおりますの」

「え、マジ? ……ちゅーか、20年経って、もう子どもと年齢差なくなってんじゃない?」

「ですわね。でも、不可抗力ですわ」


 ディアはそう言って肩を竦めると、再びレオを見て話を戻す。


「ソードさん、もゆるちゃんを『魔装備』できるんでしょう?」

「……ああ」

「でしたら、ソードさんが『装備』すれば引き剥がされることはないはず。必然的に、私しか人質にする選択肢がなくなりますわ」

「……『魔装備』って?」


 ユウトが不思議そうにレオを見上げて訊ねた。


「半魔には『魔装備』というのになれる者がいるんだ。お前もそう。俺が抱えることで、お前を『装備』したことになる。そうすると、もゆるのステータスが、俺のステータスに一定の割合で加算されるんだ」

「あ! そういえば何かずっと前に、僕を抱えた兄さんがステータス上がってたことがあった。あれがそうだったの?」

「そうだ。……それから、もゆるを抱えている時に転移魔石が2人でひとつで済むのも、俺がお前を装備して1人扱いになっているからだ」

「そっか、普通は抱えてても2ついるんだね……。なるほど」


 今までのことが腑に落ちて納得しているユウトに、レオは少し不安になってその頬を撫でた。


「……不愉快ではなかったか?」

「僕が? 何で?」

「お前を、物扱いしているみたいで……」

「ふふ、兄さん、つまんないこと言うなあ」


 ユウトは呆れたように笑う。もちろんその視線から兄への信頼が消えることはない。


「『魔装備』、便利な仕様でいいじゃない。僕は自分が半魔で嫌だと思ってないし、兄さんが僕を物扱いしてるなんて考えたこともないよ。大丈夫、兄さんがどれだけ僕を大事にしてくれてるか、分かってるから」

「……そうか」


 自身の心が響いている。弟の心と共鳴し、増幅する。

 何があっても護りたい相手に、この心が届いている幸福。やはりこの子は失えないと、何度でも思う。


「僕が兄さんのこと抱えたらどうなるんだろ」

「さあな、今度試してみろ」

「僕、潰れちゃわない?」


 感情に揺らぐ兄の心を、いつも通りの弟が立て直してくれる。

 その様子を、ディアが何だか微笑ましそうに見ていた。


「ほんと、お二人は仲がよろしいのね。うふふ、私が人質になる甲斐がありますわ」

「ディアさんは、捕まってしまって大丈夫なんですか?」

「平気ですわ。……というか、あわよくば私の精霊が閉じ込められているところに行きたいと思ってますの。この2フロアでは精霊術は使ってませんし、ただの魔導師と油断して同じところに入れてくれるかもしれませんわ」


 ディアはディアで、人質になる思惑があるようだ。ならば問題は何も無い。

 彼女には申し訳ないが、ユウトが人質になるよりもずっと気にせず動ける。


「精霊と接触できれば、私もヴァンパイア・ロード討伐に加勢できますの。さあ、ボスをボッコボコのコテンパンにしてやりますわよ」


 言葉に似合わぬ上品な物腰で、ディアはゆったりと微笑んだ。


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