弟、ネイにヒントを与える
そこからのフロアも、部屋の作りは変わらない。
薄暗くも豪奢な宮殿の様相、潜む魔物。そこかしこに大きな鏡があって、そこに映り込まないようにするのが何気に面倒だ。
罠としては敵を呼ぶサイレン、呪い、魔法封印、魔力吸引。ゲート深部で掛かるとなかなか厄介なものばかり。
もちろんエルドワとネイのおかげで罠に掛かることはないけれど、それでも少々うんざりしてしまうのは仕方がないだろう。
「罠、多いですね。以前、敵が弱いほど罠が多いって聞いた気がするんですけど」
「そうですね。このゲートはSSランクにしては比較的弱い方だと思いますよ」
ユウトの言葉を、ヴァルドは簡単に肯定した。
それを聞いたネイが、すぐさま反論する。
「ええー? それはないって。ここって他の高ランクゲートに比べて生還率が低いし、敵も一筋縄じゃ行かない奴ばっかじゃん」
「それは、ここの魔物に対しての対処法がきちんと確立していないからです。不死者は倒し方さえ分かれば同じランクの魔物に比べて身体ステータスも低いですし、多少トリッキーなだけで攻撃力もさほど高くありません。万全の対策さえできていれば、怖いのはボスくらいです」
確かにそうかもしれない。霊力が魔力に通ずるので魔法威力は高いが、身体能力に限って言えば体力も防御力も敏捷性も幸運も、他の同ランクに比べて軒並み低い。
ただ、その万全の対策を取るのが、ハードルが高いのだ。
「どれだけの奴らがその対策ができるかという話だ。毒、睡眠、麻痺、呪い、魔法封印、ドレイン……これらを無効にした上で、不死者特効のある武器か属性付与の魔法を持つ魔導師が必要だろう」
「それを持つのがまさにあなた方のパーティですけれども」
「いいや、まだドレイン対策ができてない」
「ふふ、ソードさんは妥協を許しませんね。まあだからこそ、その強さを誇るのでしょうが」
ヴァルドはそう言って笑う。
しかし、階段を目指して歩いている通路の向こう側に吸血鬼を見つけると、ふっと表情を消した。
そこで足を止め、レオたちのことも制止する。
実はここに来るまですでに4・5体の吸血鬼に遭っているが、そのたびにヴァルドは皆をその場に止まらせていた。
「……すみません、皆さんはここで待っていて下さい。吸血鬼を始末してきます」
「おい。遭遇する吸血鬼は全てお前が殺るつもりか?」
「ええ、私がいる間は。……万が一逃がしてしまうと厄介なのですよ。私がいない時に遭遇した吸血鬼の対処法は、後でヒントを差し上げますのでご勘弁下さい」
そう話すヴァルドの左の瞳。
深紅の虹彩が、金色で縁取られていく。……彼の持つ邪眼だ。すでにこの男は臨戦態勢に入っている。レオが何を言おうが行くつもりだろう。
おそらくユウトが禁じれば断念するだろうが、他人の思いを尊重する弟がそれを禁じるわけがないとヴァルドも分かっている。
レオはわざわざ了承をしなかったが、返事がないことが暗黙の了解だと理解した彼は、そのままマントを翻して行ってしまった。
それを見送る中、ネイが疑問を口にする。
「吸血鬼を逃がすと厄介ってのは、どういうことでしょうね?」
「仲間を引き連れて戻ってくるとか? そういうことでしょうか」
「だったら特効のない俺たちだけになった時の戦いの方が大変だし、今のうちに戦い方を教えているはずだろう。……あの言い方だと、ヴァルドがいる間は逃がすと厄介、ということだと思う」
「ダンピールの侵入がバレると何か問題があるんですかねえ」
「かもな。吸血鬼殺しが来たなんてヴァンパイア・ロードの耳に入ったら、刺客が大挙して押し寄せそうだ」
残された3人がそんな話をしている間に、ヴァルドはあっさりと下級吸血鬼を倒して戻ってきた。
「お待たせいたしました」
「たいして待ってないがな」
「特効あるっつっても早すぎない? まあ、ヴァルドと下級吸血鬼じゃランクも違うんだろうけど」
「いえ、戦い方を知っているだけですよ。……ところで、この通路の曲がった先に復讐する死者がいるのを見ました。ヒントを差し上げますので、今度は先生さんが討伐してみませんか?」
「俺?」
話をはぐらかされた感があるが、それよりも突然の指名に、ネイは目を瞬いた。
「それは、復讐する死者を討伐するのは俺の方が向いてるってこと?」
「そうですね。もちろん、ソードさんでも十分対応出来ますけど」
「いや、俺が行けるなら行っとくよ。ジラックのこともあるし、復讐する死者への対応策は知っておきたい」
ネイの頭には、先日ジラックで見た、領主の弟の姿が頭にあるようだ。今はリーデンが護っているが、今後それが目を覚ませば戦闘は避けられない。その対策にも、ということだろう。
ネイが請け合うと、ヴァルドはそこで足を止めたまま、説明を始めた。
「ワイトと復讐する死者は、復活した死体という点で似たものと思われそうですが、大きく違います。だから倒し方も違ってきます」
「ワイトは魔法系、復讐する死者は近接攻撃系って違い?」
「その違いも分かりやすいですが、それよりも根本的なアンデッドとしての成り立ちから違うんです」
ヴァルドの言葉に、ネイが「あ」と声を上げる。彼の言う根本的なアンデッドとしての成り立ちに気付いた様子だ。
「もしかして、ワイトは他人の死体に悪霊が宿ったものだけど、復讐する死者は自分の肉体だってこと?」
「そうです。これが、討伐するのに重要な違いとなります。共に半幽体の魔物ですが、ワイトは幽体部分が本体なのに対し、復讐する死者はその別がありません。幽体と実体が結びついているからです」
「ゾンビと同系列ってことね」
ただ、復讐する死者はゾンビよりも自我が強く、知能もある。生前にあった何かに復讐心を抱えているけれど、その目的は忘れ去られ、全ての生者に復讐をしようとする魔物だ。
肉はだいぶ削げ落ちているものの、ワイトに比べると実体はかなり頑強。魔法ではなく武器を振るい、それなりに素早い。
「攻撃すべきはやっぱり実体? ゾンビなら属性付きの剣である程度切り刻めば倒せるけど」
「いや、昔あいつらと他のゲートで戦った時、ワイトと同じようにいくら刻んでもすぐ復活してしまったぞ。そんな簡単な話じゃないだろう」
「そうですね。復讐する死者は半幽体。その幽体部分が身体組織を繋いでいます。その幽体はワイトのように偏ることなく、常に全身を覆っています」
話だけ聞くと、ワイトよりも面倒そうだ。
しかし、ヴァルドがレオたちにも倒せると言うのだから、それでも突破口があるということなのだろう。
「結局復讐する死者も、幽体を消さないと倒せないってことだよねえ」
「復讐する死者の幽体って、魔物の怨念みたいなものですよね? 復讐する気持ちを浄化できれば倒せないかな。聖水とかで」
「さすがにこのレベルの魔物相手だと、聖水くらいで昇天はしてくれないよ。せいぜい、ナイトメアみたいに行動範囲を狭めたり、一時的に麻痺させたり、小さな範囲の呪いを解いたり……」
そこまで言って、不意にネイが何かに気付き、考え込むように黙った。
自身の記憶を探るように、視線がさまよう。
「……先生?」
「……あー、うん。もゆるちゃんのおかげで、何かひらめいたかも」
ネイはユウトに視線を戻し、小さく笑った。
そう言いつつも、まだ何事かを考え練っている。顎に手を当てて、再び逸らした視線が漠然と中空で漂った。
「復讐する死者の呪詛、忘れられた目的、か。……もしも俺のやり方で行けるなら、あれも、どうにかなるかもしれない……」




