弟、もえす姉弟と対面する
翌日の午後、ユウトはレオに連れられ、とある鍛冶屋に来ていた。
いや、鍛冶屋と言うにはあまりにもアレな感じの店ではあるが。
「ちょ、まっ、え? 弟!? 男の娘!? やべえ、めっちゃ俺のインスピレーション刺激されまくるんですけど!」
初対面のタイチという男は、ユウトを見た途端に恐ろしくテンションを上げた。鼻息が荒く、自身の熱気で眼鏡が曇っている。
何だこの人、怖い。
「貴様、それ以上ユウトに近付くな。……昨日は乗り気じゃなかったくせに」
「いやだって、兄がこれなのに、弟が女の子みたいに可愛いとか思わないって。魔道士系なんだよな? 魔女っ子衣装着せたら絶対萌ゆる……!」
「あの、僕は普通の装備でいいんですけど」
鍛冶屋ってこんな感じだったろうか。いや、絶対違う。
ファンタジーの世界では、ごつい鎧を売っていたり剣を売っていたりするところのはずだ。
超ミニのスカートにでかいリボンの付いたフォールズや、魔法のステッキなんて置いていない。
ロバートが紹介してくれたなら腕は確かなのだろうが、ユウトはすでにかなり引き気味だった。
「そう心配しなくても大丈夫、ちゃんと客のニーズに沿った装備を作るよ。こちらも商売だからね。まあ、いくつかデザインの提案はさせてもらうけど」
レオの後ろに半分隠れてしまったユウトから一旦離れたタイチは、カウンターに戻って引き出しから受注用紙とラフ描き用のデザイン帳を取り出した。
「オーダーするのはユウトくんの可愛い装備だよね。メインだけのコーディネートでいいのかな。……そういや、レオさんのはいらないのかい? 一応、男性向けスタイリッシュ装備も扱ってるけど」
「……スタイリッシュ? って、どんなのですか?」
「鎧をごちゃごちゃ付けない、シュッとしたスマートな剣士系装備。レオさん長身だしスタイル良いし、似合うと思うよ」
タイチの説明に、レオが鬱陶しそうに眉を顰める。
「……俺のは別にいらん」
「そう? せっかくだからユウトくんの装備と対になるデザインにしても面白いんじゃないかと思うんだけど。隠れペアルックみたいな」
「何だそれはどんなデザインだ」
ペアルック、と言われた途端に兄が食いついた。
このタイチという男、思いの外抜け目ない。ただ萌えてるだけの変人ではないようだ。
「対にするなら色の対比、柄の配置を揃える、二人で並ぶと全容が見える模様を付ける、なんてものがあるよね。ただ、男物を作るのは俺じゃないからなあ、相談しないと。……そういや、それ担当の姉貴を紹介してなかったっけ。ちょっと待って、呼んでくる」
タイチはそう言い置いてカウンターの奥に入っていった。
「え、この工房って、他にも職人さんいるの? 姉貴って……」
「……おそらくあれと同じ人種だ」
レオは嫌そうな顔をしているが、ここで装備を作る考えは変わらないのだろう。出て行こうとする気配はない。
「何か、想像してた鍛冶屋のイメージと違うんだけど」
「ここは特異だ。普通はこんなんじゃないぞ。……ただ、ここが技術的にかなり有能な店なのは確かだからな。オーダーが通るまで我慢して付き合うしかなかろう」
どこか自分に言い聞かせるように、ため息交じりに兄が言う。
そして彼がおもむろにカウンターの奥を見やるのに、弟もつられて目を向けると、工房からタイチが姿を現した。
その後ろに、ボディビルダーのようなマッチョの女性がいて、ついユウトは二度見する。
え、すごい、激強そう。
「お待たせ。これ、姉貴のミワ。レオさんの装備を担当するよ」
「うおっ、何だ私の理想の身体がいる! この肩幅、軍服着せたら超萌ゆるだろコレ! 指なっげえな、革の手袋はめさせたい! あ、そうだ、話は聞いてるぞ兄弟。ペアでデザインしたいって……うはあ、弟ちっちゃ可愛い! この体格差でペアデザインとかテラ萌えす!」
何かタイチより強烈な感じだけど大丈夫だろうか。
ちらりと隣のレオを見上げると、すでに『無』になっていた。
そんなこちらを置いたまま、2人が話し合いを始める。
「それで姉貴、ベースの型はどうする? レオさんは剣士、ユウトくんは魔道士だって。俺はユウトくんにはフード付きのローブとブーツ、ベルトを作るつもり」
「兄は剣士なら防御を考えて上下揃えた方がいい。裾長めの上衣、ズボンとブーツ、ベルト、もちろん手袋も」
「まずペアにするならブーツとベルトか。あんまりこれ見よがしじゃない方がいいかな」
「ばっか、同じ型で大きさが違うのが萌えんじゃねえか。なあ、兄」
「……そうだな」
あ、無になっていたけど一応話は聞いているようだ。レオが同意すると、2人はそれぞれデザイン帳にざかざかとイメージを描き上げていった。
「基本はこんな感じだよ」
タイチが2つのデザインをこちらにも見えるように置く。
見ればそれはとてもシンプルで奇抜さもなく、予想外に何の問題もなかった。これなら安心して着られる。
やはり客商売ということで、TPOは弁えているということか。
……しかしそう思ったのもつかの間、彼らはそこにどんどん萌えを加え始めた。
「ユウトくんのローブさ、これ萌え袖にした方がいいよね。袖口から指先だけちょこんと見えるの超可愛いから。はい、レオさん了承」
「上衣の裾、このぐらい長くしようぜ。スリット入れてさ。素早く動くたびに軌道に沿ってひらひらすんのが良いんだよ。却下? じゃあ1センチだけ短くするわ」
「フードに猫耳やうさ耳は定番だよね。え? 嫌? だったら犬耳にしておくね。あ、もちろんしっぽも付けておくから」
「やっぱかっちり詰め襟だよな。あーでも兄なら襟を立たせたワイルド系もいいなあ。よし、上衣の襟は立たせて、中に着る詰め襟シャツも作れば完璧だ。いや、無駄じゃねえよ。最強装備の絶対必要条件だグダグダ言うな」
やばい。こっちの言うことにほぼ耳を貸さない。兄の恐ろしいくらいに低い声での苦情も一蹴だ。強い。
「うん、こんなものかな。ちょっとおとなしめだけど、普段着て歩くなら良いと思うよ」
「これでおとなしめ……」
レオの装備は超かっこよく仕上がっている。かっこよすぎて街中でかなり浮きそうだ。
ユウトの装備は18歳男が着るにはかなりキツい。もはや男物とは思えない。いつの間にか中に着るブラウスとハーフパンツ、ハイソックスまで追加されている。
「私的にはもっとオプション乗っけたいんだけどな。こういう理想の身体に合うオーダーもらうこと滅多にないし。まあ、客に応じたオーダーメイドじゃここまでが限界か」
「ふざけるな、ほぼお前らのオーダーだったろうが」
「ふふ、最初はみんなそうやってデザインに怒るんだよねえ。でも納品してそれを着慣れると印象が変わるよ。ウチは一見さんはまず来ないけど、リピーター率はほぼ100%なんだ」
タイチはそう言って自信ありげににやりと笑った。
「ウチの商品は値が張るから、客はランクA以上の冒険者か貴族がほとんどでさ。その界隈ではある程度のステータスになる。俺たちの『色』が出てる方が何かと得があると思うよ」
「そんな特典はいらん。目立つのは好きじゃない」
「はあ!? その長身でなっげえ脚して、私の渾身のスタイリッシュ装備を着ないなんてもはや悪だろ! 私の欲求不満を解消させろやコラ!」
ミワは欲望に忠実な女なようだ。ある意味裏がなく潔い。
「姉貴、お客さんに欲求不満をぶつけんのやめろよ」
「うるせえな、そもそもお前が長身でシュッとしてて肩幅広くて脚が長ければこんなフラストレーション溜まんねえんだよ」
「ああ!? それを言うなら俺だって姉貴がちっちゃくて華奢でお目々ぱっちりで可愛い見た目だったらもっと精神的に安らかだったわ!」
「アホかタイチ、鍛冶屋としてこの剛腕がなければ実用可能な萌え衣装も作れねえんだぞ!」
「姉貴こそ、俺がシュッとした長身美形のリア充だったらコスプレ写真集やアニメ雑誌なんか買わなかったんだからな! この萌えとの出会いに感謝しろ!」
「それもそうか。悪かった」
「いや、分かれば良い」
2人がいきなり喧嘩を始めて、速攻で収束した。仲良いな。
そして彼らは同時にこちらを見た。
「そんなわけで、俺たちの理想の萌えビジュアルのお二人に、この情熱溢れるデザインで装備を作ることに決定しました。こっちのワガママ通した分は値引きするからさ。めっちゃ性能上げてやるし」
「いっそ二着くらい作んねえ? 作業代は一着分でいいぞ」
何がそんなわけなのか分からないが、結局このデザインはもう決まりらしい。その上何故か二着目まで勧められている。
それにどうするのかとレオを見上げると、顰めっ面のままではあるがあごに手を当てて逡巡していた。意外にも、彼らの提案を即却下する気はないようだ。
「……性能を上げるというのは?」
「繊維に金属を織り込むのってすげえ手間が掛かるんだけど、頑張っちゃうぞってこと。数種類の金属を織り込んで1つの衣装を作ることもできるし、デザインは譲れない分、性能の面ではあんたらの希望に添うよ」
「なるほど。それと、もし二着目を作る場合、全く違う形の物を作れるか? ……たとえば、背広というものがあるんだが」
「ああ、知ってる!『さらりいまん』とかいうのが着るやつだろ!? コスプレ写真集や迷宮ジャンク品で見た! あれもかっちりしてて萌えるよなあ! もちろん作れるぞ!」
「……よろしい」
レオはひとつ頷くと、おもむろに眼鏡を掛けた。
出た、仕事モードだ。どうやら彼らと交渉を始める気らしい。
「だったら提案があります。互いに実のある取引にしませんか?」
「うおっ! ちょ、何だ突然の敬語眼鏡男子萌ゆる!! タイチの眼鏡とはもはや存在する次元が違う! 着ける人間でこうも違うのか……震えが来るぜ……!」
「うるせえよ姉貴! ……レオさん、取引ってどういうこと?」
「俺たちの条件を飲んでくれるなら、一着目はそのデザインで妥協しますし、きっちり料金を払って二着目を作ってもいいです」
「え、マジで!? ハイ条件飲みます! だからレオさんだけじゃなくユウトくんの二着目も作っていい?」
「構いません」
ミワよりは冷静かと思ったタイチだが、レオの言葉に勢いよく手を上げて、条件の内容も聞かず請け合ってしまった。大丈夫だろうかこの姉弟。
そしてタイチはユウトの二着目に、一体何を作る気なんだろう。




