弟、ゲート攻略会議に参加する
職人ギルドからリリア亭に帰ると、レオの部屋にはすでに来客がいた。その姿を認めたユウトが、目を丸くする。
「あれ、ネイさん、ヴァルドさんも」
「こんばんは、ユウトくん。いた方がいいかと思ってヴァルドも連れて来ちゃいました」
「ど、どうも、こんばんは……」
ネイはいつもどおりだが、農場から連れてこられたヴァルドは気弱なオドオドモードだ。
ユウトの血が入った時の威風堂々とした様子は欠片も見えない。
しかしいきなり呼び出すより、先に話をしておくことも有用か。
「確かに、ヴァルドとも示し合わせておいた方がいいな」
「……もしかして、ゲート攻略するための話し合い?」
こんな時間から? と見上げてくる弟に、兄は頷く。
気にしなくても、ヴァルドは闇の眷属の血が入っているから夜の方が得意だし、ネイも夜の活動の方が多いから問題ないのだ。
「ユウトはエルドワを連れて部屋に戻って寝てしまってもいいぞ」
「え、やだよ、そんなの。僕だけ何も知らないで行くなんて、護ってもらうの前提みたいで……」
「アンアン、アン」
「わ、私もユウトくんが居てくれる方が、精神的に助かります……。それにエルドワも、話が聞きたいみたいです」
「いいんじゃないですかね。みんなで。冒険者ギルドで色々資料もらってきましたから、攻略進行計画立てましょ」
先に椅子についたネイが、テーブルの上に書類を置く。一番上に王宮からの依頼書が乗っていた。
重なった資料は想像したよりも全然厚みがないようだ。
レオたちも椅子に座り、書類を覗き込んだ。
「ランクSS、老朽化結界のゲートの攻略、エリアP-128、か」
「ボスの討伐証拠品とかはいらないんだね」
「ゲート攻略はボス云々でなく、ゲートさえエリアから消えれば問題ないからね。どうせギルドの職員が確認に行くし、必要ないんだよ」
「なるほど。ネイさん、この備考にある文字コードみたいなのは何ですか?」
「ゲートに掛かってる封印結界の解除コードだね。この辺は俺がやるから大丈夫」
結界の解除コードはもちろん国家機密だ。王宮からの依頼でないと開示されない。
だが、レオが剣聖として高ランクゲートを攻略していた時からネイは何度も封印解除をしているから、この辺りは問題ないのだ。
レオとしてはそれよりも、この少ない資料の方が気になる。
「……ところで、攻略資料が少なすぎなんだが。これまでアタックしたパーティがそんなに少なかったのか?」
こんなことではあまり効果的な計画を立てられない。そう思ってネイを見ると、彼はああ、とため息に似た声を上げて、なにやら疲れた顔をした。
「いや、攻略資料はすげえいっぱいあったんですけど、それをウィルくんがまとめてくれました。……ものすごい怒濤の説明をみっちり2時間ほどされて来てます」
「に……2時間……。でも、ザインの冒険者ギルドの受付で、何でウィルさん?」
「俺が受け付けに行った時、事務室にいたらしいんですけどね。支部長から事務方に依頼書を出すよう話が回って、それを聞きつけたウィルが自分に受付させろと相当駄々をこねたらしいですよ」
「あー……」
レオはそれだけで大体察した。
ランクSSゲートなら、新しい魔物データや素材が見れるチャンス。できるだけ深部に行ってもらいたいウィルは、自身の持つ情報を与えることで、攻略を優位に進めてもらおうと思ったのに違いない。
そこで受付に来ていたノシロを見たウィルは、間違いなくネイを見破っただろうし、ネイが代理人をしているとなれば、その主がレオたちだということはすぐに分かっただろう。
攻略を確信した彼は、きっと今頃ワクワクして眠れないのではなかろうか。
……となると、おそらくウィルは、その報告が来るまでザインの冒険者ギルドの完了報告窓口を離れないつもりだ。恐ろしい。
「まあ、脳筋の冒険者が書いたクソみたいな報告書を何時間も掛けて読解するより、はるかにありがたいですけどね。階層ごとの特徴やモンスターデータも付いて、これだけで攻略本さながらですよ」
「……この中ボスっていうのは何だ?」
「それは必ず戦う羽目になる固定モンスターみたいです」
「78階までしかデータがないんですね」
「一番深部まで行ったパーティがそこで引き返したみたいです。半端な階だから、ゲート脱出アイテムが使えるのかもしれませんね」
「そっか、脱出方陣って5階ごとにしかないんですものね」
「それだけ下階からの脱出となると、相当高価な脱出アイテムだな。……必要ないと思うが、万が一のためにひとつくらいは準備しておくか」
レオがそう言うと、ネイが買い出し用のメモを準備して記入した。
「食材も直前に買ってきますけど、何が必要です? ゲート内で調達出来るものは極力持ち込まないことにしても、料理スペースを確保出来るかも分かりませんしね。すぐに食べられる保存食なんかを準備しますか?」
「ユウトにそんな片手間なものを食わせられるか。野営する時はそのフロアの全魔物を倒せば問題ない。資料を見たところ、固定モンスターのいるフロアはそれ1匹しか出ないようだし、そういうところを活用する」
「了解。50階あたりまでは肉や野菜をドロップする動物系の魔物もいるみたいですし、食材は心持ち少なめでいいですね」
レオに同行していたせいでゲート攻略に慣れているネイは、必要なものが大体頭に入っている。おかげで何が不足するか、この計画時点でほぼ割り出されるのだ。昔の彼はこれを勝手にやっていたが、こうして見るとそのありがたみがよく分かる。
当時、暗黒児だったユウトをゲートに連れている時にちゃんとご飯や寝床を作ってあげられたのは、一匹狼だった割に世話好きなネイがいたおかげだと、実はレオも理解している。
調子に乗るので感謝など絶対口にしてやらないが。
「50階を過ぎると、敵が不死者ばっかりになるみたいだね」
「ボスが不死者を束ねるヴァンパイア・ロードらしいからな。ここからはエナジードレインをしてくる敵が出てくる。注意が必要だ。……ヴァルド」
「は、はい」
ずっと縮こまって黙っていたヴァルドが、突然呼ばれてびくつく。
本来の実力はあるだろうに、何故こうも自信なさげなのか。
「70階を過ぎたあたりからヴァンパイアも出始める。お前には吸血鬼殺しとして働いてもらいたい」
「も、もちろんです。ユウトくんが呼んでくれれば、いつでも」
「1回の召喚で、活動出来るのは5時間程度か?」
「……そうですね、普通の戦闘なら……。ただ、申し訳ないのですが、連続でユウトくんの血を摂取すると魔力のバランスが崩れるので、次の召喚までは3時間くらい空けて頂きたいです」
「時間延長ってわけにはいかないということか」
「最悪、1回の延長までならどうにかなります。しかしその場合、丸2日は次の呼び出しに応じられなくなりますので……」
1回の延長で丸2日ヴァルドが使えなくなるのはきつい。これは余程の緊急事態でもない限り、実行しない方がいいだろう。
仕方のない制約に、軽く舌打ちをする。
「チッ……となると、ヴァルドが呼び出せない間はユウトの魔法に頼るしかないか」
「あ、すすす、すみません……私がふがいないばかりに……」
「アンアンアン!」
「わあ!?」
レオの言葉を聞いてキョドったヴァルドに、いきなりエルドワが吠えた。驚いたヴァルドが椅子から飛び上がる。
子犬は何だか怒っているようだ。
「ど、どうしたの、エルドワ?」
「ええと、その、わ、私にオドオドすんなと言ってます……」
「アン? アンアンアン! アンアン! ガウ!」
「うんうん、そうなんだけど……え? はい、ごめんなさい……」
どうやらヴァルドはエルドワに説教を食らっているらしい。なんともシュールな光景だ。
「アンアン。アン」
「……ん? 待って、エルドワ、それは……」
「アン。アンアンアン」
「え……? えええ!?」
いきなりヴァルドが素っ頓狂な声を上げた。
彼以外にはエルドワの言葉が分からないから、何が語られているのかこっちには皆目見当が付かない。
レオは訝しんで問い掛けた。
「おい、どうした」
「いや、あの、エルドワが私の召喚が出来ない間、代わりに不死者と戦うと言ってます……」
「エルドワって、不死者相手に戦えるんですか?」
「……戦えます。その、そういう魔族の血が入ってるんで……。ただ、本格的に戦うにはやはりユウトくんの血が必要になります」
「え? でも、僕はエルドワと血の契約とかしてませんけど」
「……それが、勝手にしちゃったみたいです。契約ではなく、血を介した一方的な従属宣言ですけど」
「え……? えええ!?」
寝耳に水だったらしいユウトも素っ頓狂な声を上げた。
血を使った宣言を勝手にした、と聞いて、レオは即座に先日のランクAゲートでエルドワがユウトを護った一件を思い出す。
ヴァルドを呼び出そうとして指先を傷付けたユウトは、それが適わずに気を失った。その血を、エルドワが使ったのだろう。あの大きな気配は、やはりこの子犬のものだったのだ。
「従属宣言というのは?」
「血の契約も従属ですが、これは遠方から魔方陣を使って呼び出す、相互の了解の元の契約です。一方で従属宣言は、ひとりと決めた相手から血をもらう代わりに、その身を護る誓いを立てる……騎士的なものです。……まさか、エルドワが自分から従属宣言をするなんて……」
ヴァルドの驚きようと、その言葉から、少しだけエルドワの存在の特異性が見えてくる。
半魔の中でもだいぶランクの高いヴァルドがエルドワの従属宣言に驚いたということは、おそらくこの子犬は本来従属をするような立場ではないということだ。
不死者と戦えるということはライカンスロープ系でもないし、もっと高位の特殊な魔物の血を引く半魔。
それが何かまでは思いつかないが、とりあえずそのエルドワが自主的にユウトを護ってくれるというのだから、問題はない。
「まあ、ヴァルドがいない間の穴をエルドワが埋めてくれるならありがたい」
「え、待って、エルドワを連れて行くだけでも心配なのに、不死者と戦わせるって……」
「アンアン」
「大丈夫、任せろと言ってます」
エルドワがキリッとしている。なかなかに頼もしい。
「問題は、武器に付加属性がないから50階以降で役立たずになり始めるレオさんと俺ですね。一応聖水を買い占めてきますけど」
「……あ、それは平気です。僕が王都でマルさんから武器に属性付ける魔法を習ってきました。レオ兄さんの武器が無属性だったんで、覚えてた方が良いかなと思って」
「うわ、マジ? さすがユウトくんは出来る子だね~」
「それは助かるな。継続時間は短いだろうが、その間に倒してしまえばどうということもない。頼りにしてるぞ、ユウト」
「うん」
頼りにしてる、と言われて、途端に嬉しげに笑むユウトの頭を撫でる。
「では、明日の午前に最後の買い出しをして、午後に変身してネイの隠れ家からゲートのエリアに飛ぶ。ヴァルド、3日目あたりから呼び出すことになると思うから気構えをしていてくれ」
「わ、分かりました」
「じゃあ、明日のために俺も帰って寝よーっと」
立ち上がったネイとヴァルドは窓から出て行く。どうやら、来た時もリリア亭の玄関を潜ったわけではないらしい。
「ネイさん、ヴァルドさん、お休みなさい」
「お休み~」
「失礼します」
ユウトの挨拶に手を振ったネイは屋根を伝い、ヴァルドはコウモリに変化して、夜の闇の向こうへ去って行った。




