兄弟を取り巻くひとたち【ネイとウィル】
冒険者ギルドの扉を潜ると、その空間にそぐわない風貌の来訪者たる自分に視線が集まった。
その好奇の目が少し鬱陶しい。しかし、冒険者自体はほとんどおらず、大半はギルド職員だ。ならば問題ない。
貴族に仕えるバトラーのような服装で、しゃれた丸眼鏡を掛けてきっちりと髪を整えた男は、真面目な表情を崩さぬまま受付カウンターの一番端の窓口に進んだ。
「失礼。こちらの支部長に話は通っていると思うのですが、ノシロが来たとお伝え頂けますか。依頼を受け付けに来たと」
「支部長に? はあ……少々お待ち下さい」
受付の男は怪訝そうに席を立つ。
本来、一般の冒険者が支部長に連絡を取れと言っても簡単に請け合ってはもらえない。しかし、明らかに冒険者と違う出で立ちに、彼も自分ではどう対応すべきか判断しかねたのだろう。
万が一貴族の遣いなら軽はずみに断るわけにはいかない。つまりこのネイの格好は、支部長に話を通すためのハッタリだ。
実は以前一度ランクSの依頼を受けに来た時に、目立たぬように普通の冒険者の格好をしていたために、なかなか支部長に話を通してもらえなかったのだ。おかげで受付を他の人間に気付かれることはなかったけれど、無駄に時間が掛かった。以来、ノシロの活動はこの格好に変えている。
支部長は分かっているから、話さえ通れば受付はもう簡単なのだ。今回はすんなり事が進みそうで良かった。この姿もギルド職員に印象づければ、次からの受付もだいぶ楽になるだろう。
ネイは、受付の椅子に座って、男が支部長から受け取ったランクSSの依頼書を持ってくるのを待った。
その間に、こちらに興味を失った冒険者たちが手続きを終えて帰って行く。それをネイは数人分見送った。
……何だか、時間が掛かるな。
もしかして支部長が不在だったか、それともまだライネルから連絡が来ていなくて確認してるとか?
ノシロは国の要請で動くランクSSSパーティの代理人なのだから、対応を後回しにしているということはないだろうが……。
まあいいか、別に急いでいるわけではない。
のんびりとした気分で、近くに置いてあるモンスター図鑑をぱらぱらと捲って気散じをする。待っている間、何だかギルドの事務所の奥が騒がしくなっているようだった。
最高ランクの冒険者代理の登場に、慌てているのかもしれない。
「大変お待たせいたしました」
「いえ、……ん?」
そうして待っていて、ようやく現れた受付にネイは図鑑から顔を上げた。そして、そこにさっきの受付と違う顔を見つけて、首を傾げる。
……何でここに、王都の冒険者ギルド職員であるウィルが出てくるのだろう。
「あなたがランクSSSパーティの代理人、ノシロさんですね。ああ……なるほど……お初にお目に掛かります。私は受付担当のウィルです。以後お見知りおきを」
お初に、などと言っているが、彼にはすでにネイの正体が分かっている様子だ。こちらの顔を一瞥だけで照合したようだった。
まあ、レオからはウィルには正体がバレても問題ないと言われているが。
……それより、彼がここに来た途端に、周りの職員たちがさーっと引いて行ったのは何故だろう。すごく遠巻きにここを見ている。まあ、余計な話が聞かれなくていいけれど。
「……何故王都のギルド職員がここで受付に出てきたんですか?」
「いい魔物の匂いがしたので、無理を言って代わってもらいました」
いい魔物の匂い? よく分からないが、まあいいか。
とりあえず周りの目があるから、真面目な態度を崩すわけにもいかない。このまま慇懃にウィルと受付を済ませよう。
「話は聞きました。陛下の依頼で、ザインにあるランクSSのゲート攻略をされるそうですね。こちらがその依頼書です。推測されるボスはヴァンパイア・ロード、ゲート測定器による階層深度は-128です」
「地下128階ですね。……このゲートはだいぶ古いそうですが、攻略資料はありますか?」
攻略資料とは、過去にこのゲートにアタックして達成出来なかったパーティが、自分たちの到達深度までのデータを報告したものだ。
よって途中までの情報しかないが、それでもゲートの傾向や出現モンスターを事前に知れることは、高ランクであればあるほどありがたい。
それを要求すると、ウィルは「もちろんです」と頷いて、分厚い書類の束をどさりとカウンターに置いた。
これはなかなかの量だ。
「攻略資料はお借りしても?」
「結構ですが、これを読破するとなると一朝一夕では済みませんよ。いくつものパーティの報告が入っているので、重複部分も多い」
「まあ、それは仕方がない。一番深度が進んだパーティの報告を参照します」
「そのパーティの報告書、ひどい内容ですよ」
ウィルに言われて、その報告書を見る。
すると、『魔物と戦った。勝った』『罠に掛かった。毒った』『やられた。もう帰る』などと、具体性の欠片もない文章の羅列に少々頭が痛くなった。
「確かにひどい……」
「もしよろしければ、私はすでにこの資料を読破しておりますので、口頭でまとめてご説明いたしますが」
「ああ、それは願ったり叶ったりです。お願いします」
そう言えば、レオから彼は類い希なる記憶力の持ち主と聞いていた。それから、ものすごい魔物データオタクだとも。
だとすれば、趣味の一環ですでにこの攻略資料を読破していたとしても何も不思議はない。
ありがたい申し出だと素直に受けると、「その代わり」とウィルが付け加えた。今まで無表情だった男が、途端に恍惚としたような笑みを浮かべる。
「ゲートの深部は未知の魔物の宝庫……。心ときめく素材のパラダイス……! あのお二方には、くれぐれもモンスターデータと素材をよろしくお願いしますとお伝え下さい!」
「……データと素材?」
「とりあえず既存の報告から、ゲートで遭遇できる魔物の見所とデータ、取るべき素材などを説明します。このゲートは固定モンスターなども居て、興味が尽きない場所ですよ!」
「……魔物の見所?」
「あっ、ボスのヴァンパイア・ロードの素材は、できれば売り払う前に一度見せて欲しい! そのためなら私は一週間くらい彼らの靴置きマットになっても構いません!」
あっ、これヤバい奴だ。
遠巻きに見ている職員たちもドン引きしている。
ネイの正体がバレたことに関しては問題なかったが、レオたちがランクSSゲートを攻略するとバレたことは大問題じゃないか、これ。
「王都には明日帰ろうと思っていましたが、この依頼が完了するまではザインでお待ちしてますね!」
ついて行けないテンションでウキウキと語るウィルにそこから延々と魔物のうんちくを垂れられて、ネイはレオが彼を魔物データオタクだと告げた時のどこかうんざりとした顔を思い出す。
あの表情は、これに対する反応か。
ワンマンショーとも言うべき怒濤のようなウィルの語りが終わる頃には、ネイだけでなくギルド中がみんな無言で、悟りを開いた仏像みたいな顔になっていた。




