弟、みんなに護られている
「そうか、ルアンたちのパーティ、ランクS候補に通ったんだな」
「そうなんです。みんなすっかり浮かれちゃって、まだ昼間なのに祝杯を上げると言って行っちゃいました」
ネイが合流してきた時には、もうルアンたちは冒険者ギルドから帰ってしまっていた。
彼らに代わってユウトが顛末を告げると、ネイはさして驚いた様子もなくただ頷く。まるで結果が分かっていたようだ。
「ネイさんは、ダグラスさんたちのパーティがウィルさんの審査を通ると分かっていたんですか?」
「まあね。昨日のうちから、ウィルくんが冒険者ギルド界隈で彼らの情報を収集してたから。ザインの冒険者でダグラスさんたちを悪く言う人間はそういないし、俺も資質はあると思ってたし、大丈夫だろうなとは思ってたよ」
「ルアンたちがランクSに育ってくれれば、別働隊としてかなり期待出来る。イレーナに話を通して、時々手を貸してもらえるようにしよう」
レオはもう先の事を考えている。
「ルアンくんには今でも手を貸してもらってるじゃない?」
「まあな。だが、ランクAまでならどうにかなるが、それ以上のランクで受けるクエストにはやはりまだ力不足だ。無茶な戦闘に巻き込むより、信頼出来る仲間と適性難度の仕事をしてもらう方が助かる。普段のユウトの護衛なんかなら十分頼れるがな」
「ランクS以上のクエストでは俺がユウトくんを護るから、安心してね」
「アンアン!」
「おっ、エルドワが何か俺に対抗意識燃やしてる」
「ユウトはエルドワが護るからお前いらんと言ってるんじゃないか?」
「いやいや、別にいらんことないでしょ」
……うーん、やはりナチュラルに自分は護られる立場のようだ。
王都での修練で結構強くなったと思うんだけれど。
そんなに頼りないだろうかと考えて、しかし気配を覚ったり罠を見つけたり、そういう鋭さの全くないユウトは反論もできなかった。
……だめだ、もっと精進しよう。
ユウトは一旦、頭を切り換えた。
「レオ兄さん、今日はこの後、職人ギルドともえす?」
「そうだな」
「あ、お供しまーす」
「貴様はいらん」
レオはしっしっと手でネイを追い払った。
「それよりも、代理人として先日兄貴から依頼されたクエストの受付をしてこい」
「あー……、そういえばそんなものがありましたね。久しぶりに『ノシロ』の出番ですか。……でも平気かな。冒険者ギルドにはまだウィルくんが残ってますよね。見られたらバレそうなんですけど」
「事務室にいるから受付には来ないだろう。……まあ、バレてもあいつなら問題ない」
レオの隣でその話を聞きながら、ユウトは小さく首を傾げる。
ネイが代理人としてクエストの受け付けに行くということは。
「……もしかして、高ランククエストを受けるの?」
「ああ。兄貴からの依頼だ。ランクSS、ザインのエリアにある結界が解けそうなゲートを攻略しに行く。ボスはヴァンパイア。アンデッド系の多いゲートだからユウトに頑張ってもらうことになる」
「ヴァンパイア……ってことは、ヴァルドさんを呼び出した方がいいのかな?」
「そうだな。ヴァンパイアは雑魚にもいるから、それが出てくる辺りから参戦してもらおう」
ランクS以上のクエストでゲートに潜るのは初めてだ。ちょっと緊張する。
この間のランクAクエストのような失態は演じられない。魔力配分も考えながら、効率的な戦いをしていかなければ。
「じゃあ、受付してきます。その後、ゲート攻略中の食料なんかの買い出しも必要でしょうが、他に何か準備しておくことは?」
「魔物避けのお香の一番高いのをいくつか用意しておけ。今回はゲートの中で夜を明かすことになる」
「了解。何日分必要です?」
「ランクSSのゲートだと100階から150階の間だから……まあ、5日分もあればいい」
つまり1日20~30階を攻略していく算段だ。
もちろんだが、これは尋常ではない。本来ランクSSのゲートなど、1日1・2階進めれば上等なのだ。
最強ランクを誇る、剣聖たるレオだからこその強気。それでもかなり無謀な計画であるが。
「……雑魚はほぼ無視して進むつもりなんでしょうが、ちょっと無鉄砲過ぎません? フロアを進む階段を見つけるのにも時間は掛かりますよ?」
「平気だ。エルドワがいる」
「アン!」
レオが言うと、エルドワは元気に返事をして尻尾をぴるぴるした。
やる気満々に見える、が。
「え、待って、エルドワを連れて行くの?」
ユウトは難色を示した。
先日、どうやってか自分を護ってくれたとはいえ、エルドワは子犬だ。ランクSSのような危ないクエストに連れて行くなんてとんでもない。
しかし、レオは特に心配をしていない様子だった。
「エルドワが持つ階段の場所を嗅ぎ取る能力は外せん。こいつは罠の回避も出来るし、敵の感知も出来るし……おそらく俺たちが思っているよりもずっと強い」
「へえ、階段の場所が分かんのか、エルドワ。それは役に立つな」
「賢いのは分かってるけど。でも、こんなに小さいのに。危ないよ」
「平気だ。こんなに小さくて可愛いユウトも行くわけだし」
いや、そんなことを真顔で言われても。基準がおかしい。
「それに、多分エルドワは置いていくと怒るぞ。何だかユウトを護る使命を感じてるみたいだしな」
「アン!」
「えぇ……」
レオの言葉を肯定するように鳴く、腕の中のもふもふに困惑する。
魔物に指先で弾かれただけで吹っ飛んじゃいそうな身体なのに。
本来ならユウトが護ってやりたいのだが、自分では間違いなく一緒に吹っ飛ばされるだろう。
「大丈夫だよ、ユウトくん。何なら俺がユウトくんとエルドワまとめて護るから」
「うん……。よろしくお願いします、ネイさん」
レオが連れて行く気満々で、さらにエルドワ本人(本犬?)も行く気満々では、ユウトが観念するしかない。
後はネイの庇護に頼るほかなかった。
僕が護る、と言えない自分の非力が恨めしい。
「じゃあ俺はとりあえず冒険者ギルドに行ってきます。後でリリア亭にご報告とゲート攻略計画のご相談に行きますね」
「古いゲートのようだから、ギルドに攻略資料があるならもらってこい」
「了解です。ではまた後ほど」
軽く請け合って、ネイは去って行ってしまった。
それを見送るユウトに、レオが声を掛ける。
「俺たちも移動するぞ」
「うん……」
歩き出す兄の背中は頼もしい。
彼の抱える問題や悩みは何も知らされず、それに護られ、導かれるだけの自分。
たまにちょっとだけ、こんな自分が嫌になる。
(僕にも、命をかけて護れるものがあればいいのに)
……あれ、何だろう。いつだったかずっと前に、同じ事を思った覚えがある。
その時ふと何故か、王都でマルセンに聞いた言葉を思い出した。
『お前はホーリィという魔法を知っているか?』
ホーリィの魔法。知っているような、いないような。
レオは知っている様子だったけれど、あの時あからさまに話を逸らそうとしていたから、訊いても教えてくれないだろう。
(……ちょっと気になるな)
レオの背中を見つめながら、ユウトは機会があったらそれを調べてみようと思った。




