【一方その頃】ジラックの査察 5
「……死の軍団?」
ルウドルトの言葉に、彼以外の全員があんぐりと口を開けた。
だって、わざわざ生者を死者にして軍を組む意味が分からない。それに、死者を使役するには死霊術の能力が必要だが、人間の魔力では制御出来るアンデッドの数はたかが知れているのだ。
ちなみに、もちろん死者の使役は禁忌魔術でもある。
魔術系の案件を多く扱うチャラ男は、あからさまに嫌そうな顔をして肩を竦めた。
「時々それ系作ってんのいるけどさ、趣味悪ぃよなあ。何でアンデッドにすんのかね? 生きてる方が臨機応変に勝手に動いてくれるし、命令すんのに魔力も必要ねーし、楽だと思うんだけど」
「まあ、だいたいは完璧に自分の言うことを聞く手駒が欲しいからだわな。ここの領主なんて信頼出来る部下とかいそうにないし、いつ裏切られるか逃げられるかと気を揉むよりマシだと思ってんじゃないの。あと、死んでれば給金も発生しないしな」
「うわあ、すんごいクズね。……だけど、そのアンデッドは誰が使役するのかしら? アホ領主は絶対無理でしょ」
「魔研は絶対絡んでるから、そっちじゃねえの、コレ?」
ネイたちが話す隣で、ルウドルトはまた黙り込む。その向かいにいたキイとクウは、2人で何かを呟きあっていた。
「ん? キイとクウ、何か気になることあった?」
「……先程クウが墓地を拡張しているというお話をしたのですが、そこに眠る死者を全て人間だけで使役しようとしたら、結構な死霊術師の人数が必要なんです。それを領主の一存で可能にするには、と考えていました」
「統制をせずにアンデッドとしてよみがえらせるだけなら、魔研の持つ薬や術式で可能となるかもしれないのですけど。軍隊として使役するとなると……。『邪神の種』との契約をするつもりなのかもしれません」
「……邪神の種って?」
「この世界の禁忌そのものです」
キイの答えは、ネイたちには今ひとつ理解出来なかった。
「えーと、契約って、血の契約?」
「いいえ、魂の契約、命の契約。魂の滅びを代償に、強大な力を得るのです」
「な、何かヘビーだな……。でもそんなおっそろしい契約、魔研の奴らも領主もしないっしょ」
「……その契約をするのは、領主の弟だ」
話を聞いていたルウドルトが、苦々しげに口を開く。
しかしその内容に、ネイは怪訝な顔をした。
「領主の弟……って、もう死んでるでしょ」
「完全に死んではいない。半死半生の状態で棺に閉じ込められている」
生者の気配にコレコレたちが気付かないとは、俄には信じがたい。チャラ男も納得が行かない様子で口を尖らせた。
「ええー? でも俺が棺から感知した魔力、人間のものじゃなかったけど? どっちかってーと、魔物寄りだった」
「……魔研によって、半魔として合成されているらしい。そして、契約が必要になる時まで、あそこで眠らされている。契約と言っても、生け贄のようなものだが」
「合成半魔……!?」
魔研の所業を知るネイとキイとクウが、同時に顔を顰める。
合成半魔は、生命への冒涜とも言える、人為的な人体改造で作られた半魔だ。交雑や遺伝的なもので生まれた半魔と違い、身体の組織も脳内も乱されてぐちゃぐちゃにされる。
思考も理性も感情も失う。最悪の改造、言うなればキメラ化だ。
「……いやもう、何かわけ分かんねえ。ここの領主は何がしたいの? ルウドルト、リーデンに話聞いてきたんだろ? もうちょっと理路整然と話してくんね?」
「……そうだな、私も脳内の情報をまとめたい。時系列で最初から話そう。オネエ、報告書用にメモを取っておいてくれ」
「分かったわ」
ルウドルトはまず少しだけ逡巡してから、淡々と話し始めた。
ジラックがおかしくなったのは3年前。
まだ前領主が生きている頃から、次の領主になるはずの長男に魔研は接触していたらしい。長男は魔研を介してパーム工房とロジー鍛冶工房と結託し、父に無断で闘技場の建設許可を出し、金儲けをしていた。
生活は贅沢三昧、父の仕事を覚える意欲は低く、施政者の資質は皆無。
父である前領主が、そんな長男を跡継ぎとして見限った時、事件は起こった。
取り入っていた長男の権力が取り上げられたことを不満に思った魔研が、男に領主の地位の簒奪をそそのかしたのだ。
結果、父は病気に見せかけて毒殺され、次代の領主を託されたはずの次男も表向きは死亡として、半死半生となった。
邪魔するものがいなくなった長男は、悠々と領主の地位に就く。
これで豊かなジラックの富を独り占めできるはずだった。
しかし、長男に不信を抱く者は多く、周囲から有能な者は去り、不条理な増税に大口の商店などは軒並み拠点を他に移した。軍も経済も脆弱になっていく。
ただ、闘技場からの上納金で、私腹は肥えるのだ。政など二の次の男にとって、問題は軍の脆弱さだけだった。
この時、軍には唯一の名将、リーデンだけは残っていた。
長男を思ってではない。彼は前領主に託されて、次男についていたのだ。長男が次男を一息に殺さなかったのは、リーデンをジラックに引き留めるためだった。これもまた、魔研の指示だったのだけれど。
「あー、リーデンは次男を護るためにジラックに残ってたわけか。……でも意識のない半魔状態では、護ってても意味ない気がするけどな」
「……それでも主に託されたのなら、その命を全うしないわけにはいかない。忠義とはそういうものだ」
ルウドルトは自身と重ねるところがあるのだろう。
そう言って瞳を伏せた。
「ただ問題はここからだ。ジラックにまともな軍がなくても良かったのは、リーデンがいることと、いざという時は闘技場から魔物を呼び出して敵に当たらせることが出来るからだった。その闘技場がなくなり、魔研は次の軍の準備を始めた。……それが死の軍団だ」
「そっから何でいきなりアンデッド軍団に行くかなあ。リーデンはいるわけだし、魔研ならいっそ防護術式で街全体を覆って敵の侵入を防ぐとかできそうなのに」
ネイが首を傾げていると、その答えをキイとクウがくれた。
「おそらく魔研は次の禁忌術式を使いたいのです」
「降魔術式が使えなくなったので、そちらの禁忌術式で世界の魔力を食い荒らすつもりなのです」
「……さらに? 魔研って、マジで世界を消滅させようと思ってんのか」
その心理が全く分からない。困惑気味のネイの呟きにキイとクウが頷く。
「だから次男の方に、『邪神の種』との契約をさせてはいけません」
「だからルウドルト様に進言いたします」
「何だ」
2人はぴっと姿勢を正して、声を揃えた。
「ルウドルト様はリーデン様と戦って、負けて王都に逃げ帰って下さい」




