【一方その頃】ジラックの査察 2
5人はまず、辻馬車で闘技場の跡地に向かった。
そこはすでに瓦礫の山で、ところどころに外壁の名残が見える程度だ。
建物の中央部分は床が地下に落ち込み、大きな穴が開いている。これでは地下を調べに行くのは不可能だろう。
まあどうせ、主要な物はヴァルドに焼き払われ、跡形も残っていないのだが。
「……狐、ここで暴れて倒された魔物がどこに行ったか分かるか?」
「街中に到達する前にリーデン隊に倒されて、解体後処分されたよ。違法な薬とか使ってたから、俺らに見つかるとヤバいもんな」
「リーデン殿の部隊か……。かつての名将が、あのクソ領主の尻拭いをしているとは」
リーデンとは、ジラックの領主に昔から仕えている重臣だ。
まだ先代領主の頃は、ルウドルトも彼と親交があった。厳格で礼儀正しく、忠誠心がある。まるで自身のお手本のようなリーデンを、ルウドルトは慕っていたし、彼もこちらに目を掛けてくれていた。
(それが今や、あんな下らん領主のお守りか……)
すでに50歳を超えているはずだが、未だ十分に現役らしい。しかし、真面目さ頑固さ故にジラックへの忠誠心を捨てることができないのか。
それを愚かに思い、だがそれを自分の立場に当てはめてみると、ルウドルトは嘲ることも嗤うこともできなかった。
「……まあ、闘技場を頑張って掘り下げたところで、どうせ領主と魔研には辿り着かない。ここからはそれぞれ単独行動をしよう」
「単独ぅ? 絶対跡をつけられて襲われると思うんだけど。もう今の時点で遠巻きに俺たちのこと監視してる奴いるし」
「何か困るか? 人気のないところで襲われたら返り討ちにしろ。そいつらから領主に繋がる所持品でも見つければ、良いネタになる」
そもそも闘技場査察は、ジラックへ入るための口実みたいなものだ。本当の目的は不穏分子たる領主の排除、魔研の動きの追跡、反国王派による偽アレオン擁立の阻止。
そして、住民を護ること。それらへの布石だ。
時間がないのだから、出来ることは並行してやっていくしかない。
「狐、反国王派のアジトは割れているのか?」
「そっちはチャラ男が探ってるけど、特定には至ってない。ただ、貴族居住地区が怪しいって言ってたな」
「領主の動きを探っていれば、必ず奴らと接触する。コレコレも使って、一両日中に特定しろ。キイとクウは住民たちに聞き込みを。噂話や最近の出来事、領主への不満なんかを拾って来てくれ」
「キイたちの聞き込みでいいのですか?」
「聞き込みは変に威風堂々とした人間よりモブ顔の方が有利だ。必要以上に身構えられることがないからな。王都の鎧を着ていることで、住民から領主に関する密告が入る可能性もあるし、できるだけいろんな職種の人間に訊いてくれればいい」
「なるほど、了解です」
一般的な住民は、おそらく領主からの恩恵は受けていない。貴族との扱いの差に、不満はだいぶ溜まっているだろう。
彼らを味方に付けることも、後々のことを考えれば重要なこと。
何より、思わぬ情報が手に入ることも期待する。
「狐とオネエはそれぞれ街の外周を視察して来い。できるだけ人気のない所を通って、私兵に襲われたら正当防衛しろ。兵力を減らすために全部始末してもいいし、返り討ちにしたことを知らしめるために1人2人逃がしても構わない。領主に、ただの私兵を送り込んでも無駄だということを分からせる」
「……ルウドルト様、それって、さらに強い兵を引っ張り出すことになるんじゃないの?」
「そうだ」
「あ、肯定された」
「……オネエ、こいつはリーデンを引っ張り出すつもりなんだよ」
ネイがルウドルトに代わって、ため息交じりに告げる。
そう、彼ら2人の役目は、ジラックの戦力の柱であるリーデンを引きずり出すことだ。
領主にとっては、一番強い盾。最初は出し渋るだろうが、刺客全てを返り討ちにして少し脅しを掛ければ、根が小心者の領主は必ず彼を送り込んでくる。
「ジラックはリーデン殿から下で育っている将も兵士もいない。彼を倒せば武力による制圧は容易い」
「ここの領主は人材育成なんて頭がないっぽいもんな……。有能な奴は領主が替わった時点で王都に移ってたし。これも領主が陛下を嫌いな一因なんだろうけど」
「前領主は良き施政者だったが、長男の現領主は就任前から素行が悪く人気がなかった。陛下の元に走りたくなるのは当然だろう。自身の無能を棚に上げて、逆恨みもいいところだ」
それに加えて、今の領主には父殺しの噂もあった。
この点に関してはライネルも同様のことをしているが、印象はまるで真逆だ。
実は善政を敷いていた前領主は結局、適性のない長男ではなく次男に跡目を譲ろうとしていた。しかし、それを知った長男が話が公になる前に父を殺したというのだ。同時に次男も。
それが本当なら、前領主を慕っていた配下の者たちが去って行ったのは当然と言えよう。
……だが、リーデンだけは残った。
ジラックへの忠誠心なのだろう。それだけで、今もこのクズのような領主を護っている。
ルウドルトは当時、彼の選択に大いに落胆したものだった。
世の大局が見えていないと。
「……昔はそうそう勝てる相手ではなかったが、今の私はアレオン殿下以外に負けることはない。リーデン殿を打ち負かせば、あの領主ももう強気には出られまい」
「どうかなあ……俺はちょっと、未だにリーデンの後釜がいないままってのが気になるんだけど」
ルウドルトの強気の言葉に、しかしネイが水を掛けた。
「……どういうことだ?」
「人材育成に興味がないとはいえ、あの小心者の空威張り領主が、自分の護りをリーデンだけに任せるか? もっとがちがちに周囲を固めててもおかしくないと思うんだよな。ジラックでしばらく偵察してたけど、リーデンは領主の館にほとんど寄りつかないし、全然街の政に関わってなさそうだし」
「……領主の館にいない? では、リーデン殿は普段どうしているんだ」
「自分の部隊と修練してるか、家に閉じこもってるかだな。呼び出された時だけ出動するっぽい」
確かに、それは気になる。
考えてみれば先ほど自分たちと対面した時、本来なら椅子に掛ける領主のその横にリーデンが唯一の護衛として控えているべきなのだ。
だが、あの男の周囲には小間使いくらいしかいなかった。
……別の何かに護られている?
どうやらジラック領主には、まだまだ面倒な裏がありそうだ。
ルウドルトは黙り込み、これから3日間の動きを再び練り始めた。




