【一方その頃】ジラックの査察 1
ジラックの街を歩いていると、整備されていない場所が目立つ。
だいぶ前の大雨で崩れたらしい土手は手つかずだし、刻を告げる櫓の階段は落ち、通りの敷石がかなり割れているのにそのままだ。
そのくせ、貴族地区と領主の館ばかりが華やかで、施政が偏っている現状が如実に分かる。
馬車の窓からそんな光景を眺めているルウドルトは、ライネルの護衛から外れていることも相俟って、明らかに不愉快そうだった。
「……元々クズみたいな奴だとは思っていたが、やはりここの領主には人の上に立って政を行う資質は皆無のようだな。父親は陛下と政治を語り合える良い領主だったのに」
「今の領主って、父親からその優秀な陛下とずっと比べられてて捻くれちゃったんでしょ? だから陛下の臣にはなりたくないんでしょうね。確か陛下と歳が近かったはずだけど、未だに反抗期のガキってことかしら」
「陛下に反骨心を抱くことと、領地を治めることは何の関係もない。それを混同してただ地位が偉くなっただけの男に何の価値があろうか。上に立つ者が無能なのは害悪でしかない。現領主は潰す。以上」
「ルウドルト様は無能な施政者に厳しいわね~」
オネエはルウドルトの向かいで苦笑しつつ肩を竦めた。
その姿はいつもの隠密用の格好ではなく、王都近衛兵の白銀の鎧だ。彼だけではない、そこにいる全員が同じ鎧を身につけていた。
ただし、本当の王宮近衛騎士はルウドルトだけだが。
「今回は闘技場関係を調査することになっているが、怪しいところはしらみつぶしに行ってくれ。王都近衛兵の権威を使えるなら使い、無理そうなら夜に忍び込む手はずを整えろ。私は陛下の護衛があるから3日で全ての調査を終えて帰る。狐、コレコレたちもフルで動かせ」
「了解ですぅー」
「語尾を伸ばすな」
「……了解です」
斜向かいに座るルウドルトにじろりと睨まれて、ネイは口元を引きつらせた。
うん、何ともやりづらい。
現在、ネイに命令出来るのはライネルとレオとルウドルト、そして本人は分かっていないだろうがユウトもそうだ。
その中で、群を抜いて厳しく、無茶を言うのがルウドルトだった。
レオとユウトからの命令はそもそも苦痛ではないし、ライネルの命令は面倒ごとが多いがやり方はネイに全て任せてくれる。
しかしルウドルトの命令は、注文が多い上に余裕のないカツカツの強行軍が常なのだ。これから3日間が思いやられる。
「……ところで、そっちの2人は見たことのない顔だが、お前の新しい部下か?」
そっち、と指されたのはネイの隣と、その向かいに座る双子の男のことだった。
中肉中背の印象の薄いモブ顔2人。
そうだった、とネイはルウドルトに紹介をした。
「彼らはレオさんの直属の配下、キイとクウ。いろんな姿に変化できる半魔だ。今回、ルウドルトとオネエと俺だけじゃさすがに舐められるかと思って、人数あわせに兵士になりきってもらった」
「半魔……。どのくらい戦力として使えるんだ?」
「……どのくらい?」
ルウドルトに問われて、そのまま本人たちに疑問を流す。
すると2人は軽く頷いた。
「キイたちはアレオン様から、あなた方に全面的に協力しろと言われています。命じて頂けば相応の働きは致します」
「クウたちはドラゴンですから、物理攻撃はそうそう通りません。盾としてもお役に立てますよ」
「……ドラゴンの半魔か。それは頼もしいな。今回の査察は命を狙われる危険もあるから、戦闘能力の高い種族なら心配も少ない。殿下の直属というだけで信用もおける」
ルウドルトを中心に、計5人。これだけで敵地に入る。
普通に考えれば心許ない人数だが、全員が類い希な戦闘力を持っている。ルウドルトに至っては国王の側近という地位でもあるし、そう簡単に奴らも手出しはしてこないはずだ。
いくら領主がアホだと言っても。……多分。
「これはこれは、ルウドルト様。遠路遙々ようこそお越し下さいました。……ジラックに何かご用ですか?」
領主の館には趣味の悪い調度品がゴテゴテと置いてある。
そんな館の謁見の間で、領主の男は権威を見せびらかすような豪奢な椅子に足を組んで座ったまま、階の下に立たせたルウドルトたちを見下ろした。
国王からの使者に対してあるまじき態度だ。
しかし、ルウドルトは自身への無礼に腹を立てる男ではなかった。
ただ真っ直ぐに、感情の乗らない瞳で領主を見る。
「すでに先触れが来ていたはずですが。ジラックの街の施設で魔物を囲っていたという話が王都に届いています。街中で魔物が暴れるなどとあってはならないこと。我々はその調査に来たのです」
「……ああ、その件でしたらすでに解決し、施設の責任者を処罰しました。あなた方にして頂くことなど、何もありませんが?」
「おや、王都に報告も上げずに、いけしゃあしゃあとよくおっしゃる。ジラックはエルダール王国、ライネル国王陛下の治める街ですよ。そこを臣として任されているだけの立場だということを、あなたはお忘れのようだ」
……ルウドルトは自身への無礼には腹を立てないが、ライネルに対する無礼には容赦ない。
ネイはその後ろで会話を聞きながら、あーあ、と内心でため息を吐いた。
彼の言葉は、領主の一番認めたくない事実を突きつけている。それもデッドボールばりの直球でだ。もちろん、ルウドルトは分かってやっている。
コンプレックスを刺激され、予想どおり、男はみるみる表情を険しくした。
これは面倒なことになりそうだ。
「ふん、ジラックを治めているのは私だ!」
「あなたは政治というものをご存じですか? ただ税金を取って賄賂をもらって、自分だけが面白おかしく暮らすことを政治とは言いません」
「お、俺を馬鹿にしているのか!」
「いいえ、あなたを馬鹿にするほどの興味はありませんので」
「なっ……」
領主を煽るだけ煽って、ルウドルトは一礼した。
「こちらに伺ったのは調査を始めるということを告げに来ただけで、あなたの許可を取りに来たわけではありません、誤解のなきよう。何せ、ここはライネル国王陛下の街なのですから。……では、失礼」
顔を真っ赤にして言葉を失した男に背を向ける。
ルウドルトはそのまま、ネイたちを連れて退出した。
しばらくして背後で大きな怒号が聞こえたけれど、何を言っているかは分からなかった。
「面倒臭いなあもう~。ルウドルト、あいつ多分俺たちを殺そうとしてくるぞ?」
ネイがため息交じりに文句を告げる。しかしルウドルトは平然と答えた。
「分かっている。でもこのメンバーなら返り討ちにできるだろう。奴の兵を減らすちょうどいい機会だ。それに、おそらく奴は反国王派と繋がっている。これだけ煽れば、そっちも動く可能性がある」
「あー、国王陛下に従いたくないから、噂の偽アレオン殿下を引っ張ってくる可能性があるのね」
「もし私たちを殺した場合、ジラックが王都と敵対するのは必至だ。その謀反の大義名分に、アレオン殿下の旗印は必須となる。きっとすぐにでも反国王派と接触するだろう」
「いやまあ、そこまで考えてんのは偉いけどな、自分たちを危険にさらしすぎなのよ!」
「3日で帰るにはこのくらいぎりぎりで動かないと事が進まん」
……本当に、ルウドルトは無茶を言う。
この3日間が、マジで思いやられる。




