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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、マルセンと示し合わせる

 冒険者ギルドでの報告が終わり、レオたちは街中に繰り出した。

 ユウトと並んで大通りを歩くルアンは、少しそわそわしているように見える。おそらく、さっきのイレーナとの話を反芻しているんだろう。


「うはあ……今さらだけど、オレたちのパーティがランクS候補になるかもしれないんだよな。どうしよ……」

「……もしかして名前出してまずかった? ダグラスさんたちのパーティならウィルさんも認めてくれるんじゃないかと思ったんだけど」


 ユウトが少し申し訳なさそうに言うと、ルアンは大きく首を振った。


「違うよ、逆。あんなとこで親父たちの名前出してくれると思わなかったから、驚いただけで。まだ心が追っつかないっていうか……一応さ、親父たちパーティの目標って、ランクSになって人助けをすることだったから」

「そうなの?」

「元々はさ、ランクBにいればランクAまでのクエスト受けられるし、これ以上ランクを上げる必要がないと思ってたらしいんだけどね。アレがあっただろ。降魔術式事件」


 降魔術式事件。レオたちが魔研の存在と暗躍を知るきっかけとなった事件だ。

 ダグラスたちのパーティとゴーレムが生け贄にされ、ランクSのワイバーンが召喚された。


「絶対死ぬって状況だったのに、あの時、ランクSSSのパーティが助けに来てくれたじゃん? それにえらく感動したらしくって……。今は自分たちもああいう人助けしたいって燃えてんの」

「そうなんだ」


 レオたちがそのランクSSSパーティだということは、ルアンにはまだ告げていない。

 だが、かりそめでも自分たちの存在が彼らを発奮させたというのなら、助けにいった甲斐があったというものだ。


「親父たち、この話したら腰抜かすかも」

「まあ、まずはウィルのハードルをクリアできるかだな。その後はイレーナの特訓が待ってる。あいつはスパルタだが、指南を受ければ確実に強くなることは保証するぞ」

「レオ兄さんに剣を教えた人だもんね」

「あー、考えてみれば親父たちがレオさんの弟弟子になんのか。すごい話だな」


 ルアンは腕組みをして感慨深そうに頷いた後、ふと通りにあった雑貨屋に目を向けた。


「そうだ、先に手紙で知らせてやろうかな。今日はもうこれでお開きだろ? オレ、レターセット買いに行ってくる」

「ああ、この後は自由にしてくれ。俺たちも行くところがあるしな」

「ルアンくん、今日もありがとう。気を付けて帰ってね」

「うん、またな」


 軽く手を上げると、ルアンは軽い足取りで雑貨屋へ入っていった。

 それを見送ったユウトが、レオを見上げる。


「これから行くところって、マルさんのとこ?」

「ああ。今度はお前の魔法の報告だ。……あの男には、他にもいくつか用事があるしな」


 レオはそう言って、近くを通りかかった辻馬車を止めた。






「ランクAのゲートに潜って来たのか! んで、魔法の具合はどうだった?」


 マルセンはいつもと同じ実習室で、報告にやって来たレオとユウトに訊ねた。


「まあ、威力は概ね問題ない。応用も出来ているし、命中率もいい。ただ、少し発動が遅い」

「うーん、大きな魔力をこう、思い通りの魔法の形に整えるのが手間取っちゃって……。渦を巻くとか、圧縮するとか、分散するとか、準備に時間がかかるんですよね」

「そういうのは、魔力を大きくしてから扱おうとするからいかんのよ。最初に小さい魔力で型を作っちまって、そこに魔力を注いでみ。その方が早いから。例えるなら粘土細工でさ、大きい塊を練って形を作るのは大変だけど、最初に型を用意してそこに粘土を詰めればすぐ完成するようなもんよ」

「あ、なるほど。出力してから形成、じゃなくて、形成してから出力、なんですね」


 ユウトはマルセンの言葉に納得して頷いた。


「もちろん出力した魔力をそのままぶっ放しても良いが、無駄な消費熱量が出るし威力も分散する。まあ、巷の魔法使いなんてそんなんばっかりだけど、非効率極まりねえ。しっかり制御しろよ」

「はい。今回どのくらい魔力を使ったら空っぽになるかも分かりましたし、もっと効率的に魔法が使えるように頑張ります」

「……え? 何、魔力が空っぽになるまで使ってきたの?」


 ユウトの言葉に、マルセンが目を丸くしてレオを見た。

 ランクAのゲートで何という失態をしてるんだ、という表情だ。


「……不可抗力だ。寸止めするつもりが、予想外の展開があった」

「おいおい兄さん、ユウトがいろんな意味で大事なの分かってるでしょ? 魔力が0になると気を失っちゃうし、敵に襲われたらどうすんの?」

「敵に襲われましたけど、エルドワが護ってくれたので大丈夫です」

「アン!」


 エルドワがドヤって鳴くのに、マルセンは再びレオを見た。

 お前、正気か、という表情だ。


「おいおいおいおい兄さん、高ランクのゲートに入ってるのに、大切な弟さんをこんな小さなもふもふ毛玉の子犬に護らせてるってどういうこと?」

「……エルドワはよく分からんがすげー強かったから大丈夫だ」

「すげー強かったみたいです」

「アン!」

「何そのふわっとした主張。……まあ、結果として何もなかったようだから良かったけども。気を付けろよ」


 ユウトの喪失は世界の喪失と同義。聖属性を持つ弟の存在意義を知るマルセンは、レオをじとりとした目で見た。

 まあ、迂闊であったことは認める。甘んじてその視線を受けておこう。


「……とりあえず一応他にもランクAでクエストを受けてみて、問題あったら報告をくれや。修正できるところは直していくからな」

「はい。よろしくお願いします」


 マルセンのため息交じりの科白に、ユウトはぺこりと頭を下げる。

 魔法の報告はここまでだ。

 このタイミングで、レオは話を変えた。


「ところであんた、術式による魔石の魔力封入って出来るか?」

「……また、兄さんはレアな術式を希望するなあ……。まあ、材料があれば出来ないことはないけど。一応魔法学校の特Sクラスで教えてるしな」

「魔石の魔力封入って何ですか?」

「その名の通り、上位魔石に特定の魔法を込めることだよ。……ユウトは上位魔石を使ったことは?」

「ないです」


 ユウトが首を振ると、マルセンは壁際の棚からこぶし大の上位魔石を持ってきた。

 それをユウトに手渡す。


「その魔石に炎の魔法吹き込んでみ? 普通の魔法を発動するのと同じ感じで」

「はい。ええと……」


 言われた通りに魔法を注ぐと、上位魔石は赤い色になった。


「これが魔法による直接の魔力封入。まあこれは分かりやすいだろ?……今度はそれを兄さんに渡して」

「はい」


 レオはユウトに差し出された魔石を受け取る。

 マルセンの意図を察した兄は、そのまま手だけをかざして実習室の隅にある木偶人形に狙いを定めた。


「……ファイア・ボール」


 レオが唱えると、魔石から魔法が放たれ木偶人形に直撃する。そう、これがあればレオでも魔法を扱えるのだ。


「わあ! 上位魔石があれば、魔導師でなくても魔法が使えるんだ!」

「1回こっきりだがな」


 言いつつユウトに魔石を返す。

 それは色が失せて、再び無色透明に戻っていた。


「上位魔石はこうやって魔法の出し入れが可能だ。ただ高価なものだし暴発の危険もあるから、攻撃魔法一発だけを込めて持ち歩く人間はほとんどいねえけどな」

「じゃあ、術式による魔力封入というのは?」

「術式によって上位魔石に魔力を封入し、魔法を固着させるもんだ。さっきの魔法による直接封入は1回ごとに別の魔法を込められるが、こっちは一度込める魔法を決めるとそれ以外で使えねえ」


 マルセンはそう言って、今度は棚から別の魔石を持ってきた。こちらはすでに何かの魔法が入っているらしく、うっすらと白くなっている。


「これは今、術式によって回復魔法が込めてある。もう魔法が固着しているから、これは1回使っても消えねえのよ。ただし、一度使ったら次に使える魔力が溜まるまで、一定の期間をおかなくちゃいけねえがな」

「あ、転移魔石みたいな感じになるんですね」

「そんな感じ。ただ、魔力消費の激しい転移の魔法みたいなのを封入するには、普通の上位魔石じゃ無理なんだわ。生きた魔物から直接剥ぎ取った、特上魔石っていうのがあってだな、これが超稀少で……」


 うんちくを垂れるマルセンに、レオはゲートでエルドワが手に入れた、不思議な色合いの魔石を差し出した。

 それを見た男の言葉が止まる。


「その特上魔石を持ってきてるから、魔力封入で転移魔石を作ってくれ」

「……え、マジ?」

「ああそれ、エルドワが採ってきてくれたんですよ」

「アン!」

「ちょ、さっきのすげー強かった逸話といい、このわんこ何者なの!? 何かカッコ良く見えてきた!」


 おっさんが子犬にときめいている。妙な光景だ。


「……おい、結局特上魔石の魔力封入はできんのか?」

「ん? おお、術式書とにらめっこすればどうにかなる。一晩預けて待ってくれ」

「分かった」


 エルドワを撫でようとしているが、ときめくマルセンの手は拒否る子犬の前足でたしたしと防がれている。しかし彼はそれはそれで楽しんでいるようだ。


「それから、近いうちにあんたに会わせたい奴がいるんだが」

「んー? 誰?」

「冒険者ギルドのウィルだ」

「……ああ、あの一見寡黙そうに見えてよくしゃべる子な」


 ようやくエルドワを撫でるのを諦めたマルセンが、レオに向き直る。


「魔研絡み?」

「それ以外ないだろう」

「まあ、だよね」


 端的な返しに、マルセンは肩を竦めた。

 ユウトのいる前ではジアレイスの件でこれ以上突っ込んだ話はしたくない。

 そんなレオの気持ちを察した彼は、そこで話を切り上げた。


「そういやさ、魔石は明日取りに来んの?」

「そうだな、夕方あたりに」

「……2人で?」


 この問いかけは、暗にひとりで来いと言っている。

 ……何か、ユウトに聞かせたくない話があるのだろう。

 レオとしても、魔研とユウトの件で彼に確認したいことがいくつかあった。ならば乗るしかあるまい。


「……いや、わざわざ2人で来るほどでもない。俺ひとりで受け取りに来る」

「そうか」


 レオの返事を受けて、マルセンはユウトに向かって微笑んだ。


「じゃあユウト、また何か魔法使ってみて上手くいかないところがあったら来い。お前は優秀だし、ほぼほぼ大丈夫だとは思うがな」

「はい。ありがとうございます、マルさん」


 マルセンはさっきエルドワを撫でられなかった代わりのように、ユウトの頭をわしわしと撫でる。

 最後にどさくさに紛れてエルドワも撫でようとしたマルセンだったが、それも前足で防がれていた。


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