弟、ウィルの依頼にドン引く
『ランクA ピュアネクター・サボテンの花の蜜の採取 J8-g35
達成条件:花の蜜10ccの納品』
これがウィルの選んだギルドクエストだった。
特に倒すべき魔物が指定されていない。ユウトは首を傾げた。
「レオ兄さん、このサボテンが難敵なの?」
黒もじゃらのように動き回る植物なのかもしれない。そう思って訊ねたユウトに、レオは首を振った。
「違う。こいつは特殊な砂漠に咲く珍しいサボテンだが、それだけだ。その蜜が非常に甘露で、高級菓子店や料理店に高額で卸される」
「ザインと位置表記が少し違うんだな。レオさん、このJ8-g35って何?」
「王都はカバーする討伐地域が大きいから、エリアをAからZに区切って、さらにそこを1から9の区画に分けてある。J8というのはJエリアの8番区画だ。-g35はゲートを地下に向かって35階まで潜るという意味だな」
「あ、なるほど。すげーな、王都の位置情報ってそこまで細かいんだ」
「依頼によるがな」
場所もはっきりしていて、戦うべき魔物もいない。
一見楽そうなクエストだが、それでもランクAということは、そこに至るまでにかなりの苦戦を強いられるということだろう。ゲート自体もランクAに違いない。
ユウトはレオが持っている依頼書を捲って、もう一枚の依頼を見た。ウィルが作った方だ。
「ジャイアント・ドゥードルバグのデータ採取……? これって、モンスター?」
「……ああ。巨大アリジゴクのことだ。サボテンの花の香りに釣られて寄ってくる魔物をすり鉢状の巣で待ち構えて、足を取られて落ちてきたところを捕食する」
「アリジゴクってことは、餌が落ちてこない限りじっとしてるんだろ? そんなに怖くなさそうだけど」
「無視する分にはな。……ただ、あの男、ドゥードルバグのデータを取ってこいと言っている。とんでもなく厄介な依頼だ」
そう言って、レオは眉間にしわを寄せたまま、大きくため息を吐いた。
「そのアリジゴク、そんなに強いの?」
「とりあえず、強さのランクで言えばUnKnownだ。討伐件数が圧倒的に少なくて、未だにランクが確定していない。……だが討伐難易度で言ったら、ランクS以上なのは間違いないだろう」
「うわあ……でも、データを取るだけで、討伐することはないんだろ?」
「……この依頼の詳細をよく見ろ」
ユウトとルアンは手渡された依頼書に目を通す。
そこには、攻撃方法、耐性、弱点属性のデータの採取の他に、魔物から剥ぎ取れる素材やドロップアイテムまで採取内容に入っていた。
……うん、これ、明らかに倒さないと手に入らないやつだ。
「ちょ、これ、アイテムスティールで盗れるものまで要求されてる! オレにアリジゴクの巣に落ちて接近しろってのか、鬼畜過ぎる……!」
「ちなみに、俺は一度だけ誤って巣に落ちてしまってジャイアント・ドゥードルバグを倒したことがあるが、マジで死ぬかと思った。魔物そのものよりも、砂に溺れるのがキツい。足場がないから剣も満足に振れないし、脱出も至難の業だ」
まさかランクAの依頼に便乗して、別途こんな依頼をしてくるとは。
普段は思慮分別のあるウィルなのに、魔物データが関わるとここまで無茶を言ってくるのか。そのオタクっぷりが怖い。ドン引きだ。
「……これ、どうするの?」
「当然、却下する。別に正式なギルドの依頼でもないし、さすがに割に合わん。どうせゲートの地下35階までにランクA素材はいっぱい手に入るんだ、それで誤魔化す。まあ、こうして出来ないことも見せれば、神扱いも止めるだろう」
「却下にさんせーい。付き合ってらんないよ、こんなの」
スパッと切り捨てたレオに、ルアンも同意する。
ユウトとしても、兄が死ぬほど苦戦したという魔物相手にわざわざ挑む気概はなかった。
「とりあえず、準備をしてゲートに突入しよう。中が砂漠だというのは分かってるからな。暑さ対策と水は必須だ。35階くらいなら夜には戻ってこれるが、もしものために食料もある程度用意しておくぞ」
「……ランクAゲートを35階下るのに半日くらい……? マジで? 親父たちと行く時は1日5階進むのがやっとなんだけど……」
「俺ひとりならもっと早いが、今回はユウトとエルドワをメインで戦わせるからな。少し時間が掛かる可能性がある」
「……これでレオさんランクDなんだから、詐欺だよなあ」
ルアンの言葉にユウトも苦笑する。確かに、レオがランクDなんておかしな話だ。
まあ、今回のクエストで否応なしにランクCには上がってしまうだろうけれど。
「じゃあ、食料品店と雑貨屋に寄って出発する?」
「そうだな。お前たちはエルドワを連れて、食料品店に行ってくれ。水を多めで、あとはすぐ食える昼用の軽い物と、一応夜用の食材を。俺は雑貨屋で足りない物を買ってくる。1時間後に王都の城門前で待ち合わせよう」
「うん、分かった」
簡単に示し合わせて、レオと別れる。
ユウトはルアンとエルドワを連れて、食料品店を目指して歩き出した。
目的のゲートは、乾燥した砂漠といくつかのオアシスで構成されている。
当然のように日差しは強く、3人はレオが用意した耐暑と砂埃避けのマントを装備していた。
そしてエルドワには、ペット用の耐暑服と火傷防止の靴下を装備させている。これもレオが買ってきたものだ。
エルドワは慣れない装備に着用を嫌がるかと思ったが、結構ご機嫌で着ている。どうやら問題はなさそうだ。
どちらかというと、不満げなのはルアンだった。
「……地下のはずなのに各階で太陽が照りつけるって、意味が分かんないんだけど~」
「ゲートの中は別世界扱いらしいよ。……うわ、ルアンくん汗すごい。お水いる?」
「まだいい。それより早く進も。とっととゲート出てシャワー浴びたい」
ユウトとレオはもえす装備のおかげでそれほど酷い暑さを感じていないのだが、ルアンは一般装備だ。一応レオは高級マントを準備してくれたけれど、やはりどうしたって素材と性能が違う。
彼女ひとりだけ汗だくだった。
「ユウトとレオさんは分かるけど、毛玉のエルドワまで平気そうなのが解せない」
「アン!」
3人の前を歩くエルドワは、全然平気なようだ。砂に足を取られることもなく、さくさく進んでいく。
「だが、エルドワが元気なおかげで下り階段をすぐ見つけてくれる。これはだいぶありがたいぞ。俺も魔物のいる場所は気配なんかで分かるが、階段は当て推量で探すしかないからな。エルドワがこんな能力を持っているとは、嬉しい誤算だった」
「確かに、エルドワのおかげで進みが早いね」
「その点に関してはエルドワ様様なんだけど~」
そんなことを話ながら歩いていると、レオが立ち止まった。
それに気付いたユウトとルアンも足を止め、先行していたエルドワもこちらに引き返す。
みんながここにまとまったところで、レオは遠くを指さした。
「ユウト、ここから西の方角に砂漠ワームがいる。ランクAモンスターだが、その中では魔防が低く、魔法が効きやすい奴だ。砂に潜っているものの、頭だけは出してる。そこ目掛けてまずは大きいの一発かましてやれ」
「うん」
「ユウトの魔法で一撃でいけそうな感じ?」
「一撃で倒そうなどとは考えない方がいい。心に油断が生まれ、いけなかった時の隙がでかいからな。先制で大きく削って、追撃で確実に仕留める。そのくらいの心持ちでいろ」
「あー油断か……確かにウチのパーティ、時々それで仕留めきれなくてわーってなるわ。親父に注意しとこ」
ルアンがしみじみ反省をしている隣で、ユウトはワームの場所を確認した。
一部砂が盛り上がって、穴のようなものが開いている。あそこだ。
「攻撃したらこっちに向かってくると思うから、気を付けてね。一応、ここに到達する前に仕留めるつもりだけど」
「あいつは地下を移動してくるから、とどめはこっちに任せてもいいぞ」
「来たら来たで、アイテムスティールしてやるし」
「うん。もし仕留めきれなかったらよろしく」
ユウトはそう言うと、指輪を着けた手のひらをワームの方へ向けた。




