弟、エルドワの歳が気になる
最近はユウトもだいぶ料理を覚えてきたけれど、基本的に毎日の食事を作るのはレオだ。やはり、手際の良さが全然違う。
今朝も、朝食の準備をするのは黒いエプロンを着けた兄だった。
『もえす』でもらったエプロンのおかげで、レオのレパートリーに甘い物も加わっている。最近は自家製のジャムまで作っているのだ。
今日はそのジャムがヨーグルトにかけられていた。
コーンクリームスープにサラダ、ベーグル、ハムエッグにヨーグルト。そして紅茶。
シンプルだがとても美味しそうだ。
「レオさんて、結構正統派の朝食作るんだね。いただきます」
昨日言われた通り、朝7時ぴったりに部屋を訪れたルアンは、ユウトの向かい側で手を合わせた。
ユウトも「いただきます」と言って手を合わせ、スープから口にする。
うん。やっぱり今日も美味しい。
エプロンを外したレオもテーブルに座ると、3人で食事を始めた。
「レオさん、今日はこの後、冒険者ギルドに行くんだよね?」
「ああ。王都の冒険者ギルドは8時開錠だからな。その少し前に着けば十分だろう。俺たちはギルドの外で待っているから、頼むぞ」
「うん、任せて」
ルアンはどんなに混んだ場所も、人の動く隙間さえあればスイスイと入って行ってしまう。その隙間に挟まったまま身動きがとれなかったユウトにとっては、神業にしか見えない。
「レオ兄さん、何のクエストを受けるかは決めなくて良いの?」
「その選択はウィルに委ねてある。あいつが選んで先に手元に持っているはずだ。ルアンはそれを手続きだけしてきてくれれば良い」
「……それって、ウィルさんの職権乱用に当たらないのかな」
「その辺の許可はあいつが自分で取るだろう」
レオはベーグルを千切りながら、ふん、と鼻を鳴らした。
「どうせあの男が選ぶクエストは、データが容易に集まらないような難敵絡みばかりだ。つまり、受け手がいなくて困るような案件だ。それを受けてやろうというのだから、喜ばれこそすれ、難色を示されることはない」
「……最初から強い敵ってこと? 大丈夫かな……」
今回のクエストを受ける目的は、ユウトの魔法を実戦で試験的に使ってみるためだ。あまり強い相手だと魔法が効かないんじゃなかろうか。ちょっと不安だ。
しかし、レオとルアンは全然気にしていないようだった。
「オレとレオさんがいるのに、何の心配があるって言うんだよ」
「お前なら大丈夫だ。……まあ、心配なら戦闘中ずっとおぶってやっていてもいいが」
「やだよ、戦闘中にレオ兄さんの背中に乗ってたら酔いそう」
「おんぶを断る理由、それなの?」
3人で話しながら食事をしていると、あっという間に時間が経つ。
ユウトは食べ終わった食器を流しに片付けた。
その足下に、こちらも食事が終わったエルドワがじゃれついてくる。みんなが出掛けるのが分かったのだろう。自分の存在をアピールしに来たようだった。
「ユウト、エルドワはどうすんの? 留守番させるのか?」
「んー、クエストに連れて行っても危ないしなあ。エルドワ、ひとりで留守番出来る?」
「……めっちゃぶんぶん首振って否定してるけど」
「ひとりが嫌なのかな? クエスト行く前にガイナさんに預けて来るしかないか」
「ウー……ワワン! ワワワン!」
「おっ、何か鳴き方が反抗的」
「……もしかして、一緒に行きたいの?」
「アン!」
エルドワはぴるぴると短い尻尾を振った。
いや、そんな良い返事されても。
「エルドワ、今日は遊びに行くんじゃないよ? 魔物と戦いに行くの。ついてきたら危ないんだよ。エルドワなんて小さいから丸呑みされちゃうかも」
「アン!」
何だか、望むところだとばかりに、キリッとした顔をしている。
「……連れて行ってみたらどうだ」
「え!?」
それを見ていたレオが、椅子から立ち上がって子犬を持ち上げた。
ユウトとしては、レオこそエルドワを連れて行くなんてとんでもないと言うだろうと思っていたから、ちょっと面食らう。
「お前、戦えるのか」
「アン!」
レオがエルドワに訊ねると、その腕の中で子犬は意気揚々と返事をした。
「魔物と戦った経験は?」
「アンアンアン!」
「3回?」
「アンアンアンアンアンアンアンアンアン……」
「ああ、もっとか。分かった、もういい」
鳴き声で、魔物と戦った回数を主張しているようだ。ずいぶん多い。
……いや、これ、本当なのか? ついてくるために嘘を吐いているのではなかろうか。
「レオ兄さん、エルドワを連れて行って大丈夫なの?」
「実戦経験があるというんだ、構わないだろう」
「こんな小さいのに……?」
「魔物と戦った経験があるって、エルドワって対魔物用の番犬か何かなのか? 言葉も理解してるみたいだし」
エルドワが半魔だということを知らないルアンは、牧場などで魔物を追い払うために飼っている、特別賢く育てられた番犬だと思ったらしい。
レオはそれに否定も肯定もせずに、話を続けた。
「預かったばかりだから分からんが、これだけ自信を見せるんだから戦えるんだろう。まあ、ハッタリだったらそれはそれで、別に抱えて護るのに困るサイズでもない。俺は試しに連れて行ってもいいと思っている」
「兄さんがそういうなら……でもエルドワ、クエスト中は危ないからちゃんと言うこと聞くんだよ?」
「アン!」
返事が軽い。本当に大丈夫なんだろうか。
少々不安な思いのまま、ユウトはエルドワを連れて冒険者ギルドに向かうのだった。
相変わらず、ルアンの盗賊スキルはすごい。
話に聞いた通り、ザイン以上に混み合うギルド前は押し合いへし合いで隙間も見えないほどだった。と言うのに、「人が動く余地があるなら大丈夫」と告げたルアンは、ギルド開錠と共にするすると人混みの中に消えてしまった。
すごい。尊敬する。
とりあえず彼女がクエストを受けるのを、ギルド前で2人と1匹で待つことにした。
「どんなクエストかな。エルドワがいるし、あんまり危なくないといいけど」
「エルドワは虎人であるガイナに育てられているんだぞ。心配しなくても、それなりに戦いの指南は受けているはずだから大丈夫だ。虎人や人狼なんかは戦闘系種族だからな、対魔攻撃は必須スキルなんだよ」
「こんな小さいうちから?」
「こいつは見た目は小さいが、おそらく実年齢は違う。十分戦えるはずだ。……魔物寄りだからな」
「魔物寄り……? よくわかんないけど、エルドワは見た目は子ども、頭脳は大人ってこと?」
「大人かどうかは分からんが、そういうことだ」
ユウトの感覚では、エルドワはまだ幼児というイメージだった。人間にしたら5歳くらいの子どもか。無邪気だが聞き分けはできるくらいの。
しかし、レオの話だともっと上だという。
腕の中からこちらを見上げるきゅるんとした無垢な瞳は、汚れを知らぬ子どもにしか見えないのだけれど。
「……エルドワ、お前って何歳なの?」
「アン?」
「聞いても意味ないぞ。人間の年齢に換算しても、またちょっと感覚が違うんだ」
「そうなんだ」
まあ、何歳だろうがとりあえず自分よりは下だろう。
これで中身がおっさんだとか言われたら微妙だけれど、ガイナもはっきりとエルドワを子どもだと言っていた。
そう、特別な子どもだと。
「おまたせー」
そんな話をしているうちに、まだごった返している入り口から早々にルアンが出てきた。その手には依頼書がある。
「おかえり、ルアンくん。早かったね」
「まあ、クエストボード見に行くことがない分、早く並べたからな。ウィルって人にクエストもらってきたよ。……あの人、昨日会った時はずいぶん無表情で無感情な男だなと思ってたんだけど、今日は何か気持ち悪いくらいニヤニヤしてた」
「……俺たちが帰って来て報告したら、気持ち悪いくらいじゃ済まないがな」
レオが少しうんざりした口調で言う。ユウトもその反応を考えただけでちょっと恐怖だ。
「……まあいい。とりあえず、ウィルが寄越したのはどんなクエストだった?」
「えっとね、素材採取クエストだった」
「素材採取? 魔物素材かな」
「いや、ゲートの中の植物採取」
「植物採取? ……どういうことだ? 依頼書を見せ……あ」
レオがルアンから依頼書を受け取ろうとすると、何故かそれは2枚あった。
書式は完全に同じだが、内容が違う。
ルアンはそれをレオに手渡して首を傾げた。
「あの人がこれを寄越して、『神によろしくお伝え下さい』って。神って誰?」
見れば一枚は正式なギルドの素材採取クエスト、そしてもう一枚は、ご丁寧にウィルが希望する魔物のデータおよび素材の採取に関する詳細が書かれている。
その、ウィルからの依頼書を見たレオが、眉根を寄せて大きくため息を吐いた。
「……そう来たか……あの野郎」




