弟、友と再会する
今日もレオはライネルのところに行っている。
ユウトは部屋で留守番だ。
マルセンの授業が一通り終わってしまって、あとは実戦あるのみとなっているせいで、ユウトはやることがない。ひとりでは討伐クエストに行けないし、そもそもマルセンに言われたランクAのクエスト自体を受けられない。
今は色々な事情で立て込んでいることもある。それをこなせるのは一体いつになるのやら。
そんなわけで、仕方なくユウトは自室でクズ魔石を加工していた。
「アン! アン!」
「もうちょっと待って、エルドワ。これが出来たら遊んであげるから」
椅子に座るユウトの足下に、エルドワがじゃれついている。屈んでその頭を撫でると、再び魔石を手に取った。
「アン?」
「ん? これはね、魔石を使っていろんな応用をするための加工なんだよ。戦闘は攻撃するばかりが能じゃないからね。たとえば」
ユウトは加工していた魔石の中から平べったいものを何枚か手にして、それを魔力で宙に浮かせた。
そして、階段状に配置する。
するとエルドワが、それを足場にぴょんぴょんと空中を登った。
「そうそう。そうやって高いところに移動できるようにしたり」
エルドワが一番上の足場に登り切ったところで、ユウトは全ての足場を子犬の足下に並べて一枚の板のようにすると、そのまま空中を移動させた。
「足場を固定すればこうやって宙を飛べるようにもできる。……まあ、戦闘中はこんなに丁寧に扱う余裕がないから、足場を作る程度だけど」
浮かせていた魔石を床まで下げてエルドワを降ろす。
余程楽しかったのか、子犬はめっちゃ尻尾を振った。
「ミドルスティックあたりまでだと出力がちょっと足りなくて出来なかったことが多かったんだけど。それが出来るようになったから、応用できる幅がぐんと広がったんだよね」
道具を使ったりやすりを掛けたりして加工した魔石を、ユウトはいつでも使えるように転移ポーチにしまう。
最近は木偶相手に魔法を使うばかりだったけれど、これからはこの魔石も活躍するだろう。きっと、兄の戦闘を補助することもできる。
「うん、これでよし、と。エルドワ、何して遊ぶ……ん?」
ユウトは作業を終えてエルドワに声を掛けた。
しかし自分を待っていたはずの子犬は何故だか部屋を出て行くと、そのまま玄関扉まで走って行ってしまった。
誰か来たのだろうか。尻尾の振りがすごい。
そのタイミングで、扉がトントンとノックされた。
「……どなたですか?」
一体誰だろう。
ユウトは首を傾げ、扉を開けずにその向こうに問い掛ける。
レオには安易に扉を開けるなと再三言われているのだ。
ここに訪ねてきそうなのはウィルとネイくらいだが、ウィルはまだ冒険者ギルドの受付にいるはずだし、ネイはジラックで密偵として仕事中のはず。
では誰か。セールスとかじゃないといいけど。
「ユウト? オレだよ」
「その声……ルアンくん!?」
不安に思ったのは一瞬で、その声を聞いたユウトは一転して急いでドアを開けた。
そこに立っていたのは、紛れもなくルアンだ。久しぶりの邂逅に、ユウトは破顔した。
「わあ、どうしたの!? よくウチの住所知ってたね」
「師匠に教えてもらった。つか、レオさんが師匠経由でオレに王都に来いって連絡寄越したんだけど。ユウト知らなかったの?」
「ちゃんとは言われてない……けど、確かにレオ兄さん、クエスト受けるためにルアンくんを呼ぶか、こっちが行くかって話をしてた……」
「まあ、実はオレも詳細は知らないんだけどな。師匠から書簡でここに来るように指示されただけだから」
「そっか。あ、とりあえず入って」
ユウトはルアンを部屋の中に案内した。その足下をエルドワが尻尾を振って跳ね回っている。相変わらず、誰に対しても人懐こい。
「うわ、何この可愛いもふもふ。犬飼うことにしたの?」
「んー、預かってる感じかな。僕に育てて欲しいって言われてさ。エルドワ、ごあいさつ」
「アン!」
「お、賢いな! オレはルアンだ、よろしくな、エルドワ」
エルドワの頭を撫でて、ルアンはユウトの案内でリビングへと移動した。もちろんその後ろを子犬もついてくる。
ルアンがソファに座ると、エルドワはその膝に飛び乗った。
「初対面なのにずいぶん人懐こいな。番犬としては役に立たないだろうけど、可愛いから許せるなあ」
「うん。めっちゃ可愛いんだよね。……えっと、ルアンくんはコーヒー飲めないんだよね? 紅茶で良いかな」
「ありがと。紅茶で大丈夫だよ」
ルアンがエルドワを構ってくれている間に、ユウトはお茶を用意してお菓子も添えた。それをテーブルに運び、自分も向かいに座る。
すると、それに気付いたエルドワがユウトの膝の上に移動した。
「あー、行っちゃった。やっぱ、ご主人の方がいいんだな。……うわあ、何だろ。ユウトとセットになるとさらに可愛い。癒される」
「歳上の男に対して可愛いはやめてよ、恥ずかしい……」
「ユウトが歳上男だって、すぐ忘れちゃうんだよ。そうやって恥じらって赤くなるのも可愛いもん」
「うう……」
何の他意もなく褒めてくれているのだろうが、やはり18歳男としては恥ずかしい。かと言って反論したところでさらに恥ずかしくなるばかりなので、ユウトは諦めてエルドワを抱えてやりすごした。
努めて話題を変える。
「ええと、最近のザインはどう?」
「別に変わらないよ。あ、ダンさんと『もえす』の人たちが張り合いなさそうにしてるかな。あと、最近ヴァルドさんが妙に元気」
「クエストの方は? ルアンくんもランクBになったから、ダグラスさんたちとランクAの依頼受けてるんでしょ?」
「うん。師匠に師事してから、オレめきめき強くなっててさ。今、パーティですげえ頼られてるんだ。結構実力付いたから、早く師匠とレオさんに成果を見てもらいたいんだよね」
ルアンは自信に満ち溢れている。そして、この短期間で雰囲気が落ち着き、頼もしくなった。
実戦をこなすことで、教わったものが血肉になったのだろう。
これからするべきユウトの実戦も、そのためのものだ。
マルセンに教わったものを駆使し、取捨選択をし、血肉にする。
自分だってルアンに負けていられない。
「ダグラスさんとのパーティの方は、放ってきちゃって良かったの?」
「平気平気。ランクAの依頼をこなしてれば、金はあっという間に貯まるからな。ここ最近連戦してたし、今は貯まった金で注文した新しい装備ができるまで一休み中」
「そうなんだ。ルアンくんは休まなくて大丈夫?」
「親父たちとは回復力が違うからな。どっちかって言うと、オレはもっと戦いたいんだよ。だから、今回の呼び出しはありがたかったぜ」
やる気満々のルアンの言葉に安堵する。
できれば女の子に無理をさせたくないのだ。そんなことを本人に言ったら拗ねられそうだけれど。
「平気そうなら良かった。王都でもランクAの依頼を受けてもらうことになるから。僕たちだと冒険者ランクが足りなくて、クエストが受けられないんだ」
「ん? 何か目的のクエストがあるのか?」
「そういうわけじゃなくて、僕が実戦経験を積んで、魔法を使う上での問題点を洗い出すためというか……」
「ん、強くなるためか」
「そうそう、それ。ふふ、単純明快な話だったね」
「だな」
ユウトとルアンは笑い合う。
2人は性別は違えど、こうして自然に対等でいられる親友同士と言えた。
共に切磋琢磨して上を目指せるのなら、一緒にいる理由は単純なもので十分だ。取り繕うこともない。
その後2人はレオが帰ってくるまで、離れていた間の習得成果を楽しく語り合うのだった。




