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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、弟ともふもふに和む

 魔物は闘技場の内部を破壊し尽くすと、のっそりとその外へと出た。今日勝ち残っていたのが大棘亀だったのはジラックにとっては幸運だったかもしれない。他のランクA魔物に比べてだいぶ動きが遅いからだ。

 これなら住民たちに被害が及ぶ前に退治されるだろう。

 ……まあ、領主宅くらいはぶっ潰してくれていいんだが。


「ねえ、魔物外に出ちゃった。大丈夫?」


 ユウトはハラハラとそれを見ているが、レオとしてはもう目的は果たされたからどうでもいい。兄は今、不安げな弟も可愛い、などと思っているだけだ。


「平気だ。城壁の内側でこれだけ大きな魔物騒ぎが起こったなら、もちろん領主が対応する義務がある。これは隠しきれるものではないし、王都からの査察を受け入れないわけにも行かないだろう。悪くない展開だ」

「ネイさんたちやヴァルドさんも大丈夫かな」

「半魔たちが逃げ出せれば、後は問題ない。殺しても死なないような奴らだ」


 すでに半魔たちが逃げ出したのは確認済みだ。彼らならその気になれば一両日中に王都に辿り着く。5人と聞いていたところ4人しかいなかったのは気になるが、確認は後だ。

 ネイたちも魔物を相手にしないでの作業だけなら余裕だし、ヴァルドに至ってはおそらくあの程度の魔物に踏み潰されたって死なない。正直あの男は、不死者と相性の悪いレオができるだけ戦いたくないと思うタイプの、ハイスペック半魔だ。


 あのランクがユウトの下に付いてくれたのは驚きではあるが、かなりありがたい。大事な弟に対する例の所行は許しがたいけれども。


「殿下、ただいま戻りましたあ。リーダーはまだ来てないみたいね」

「データは全て回収してきました。殿下、ご確認を。後日陛下にお届けします」


 暗がりで待っていた2人の元に、オネエと真面目が戻ってきた。


「ご苦労。地下はどうだ」

「あたしたちは下りてはいないけど、爆発音みたいなのがしてたから破壊作業は終わってるんじゃないかしら」

「俺たちが出てくる時には周囲の瓦礫が地下にかなり落ち込んでいたので、ほぼ埋まっていると思われます」

「そうか、それなら再利用も出来まい。じゃあ後は狐たちが戻れば問題ないな。お前たちはそれまで待機していろ。……真面目、貴様は風下に行くな」

「偶然です、殿下」

「嘘つくな」


 真面目をしっしっと追い払って牽制し、レオはネイたちを待った。

 そのさなか、じわじわと崩落する地盤に耐えかねて、闘技場のかろうじて残っていた外壁が内側へと崩れ落ちていく。

 地響きと共に舞い上がる砂埃は、もうもうと空へ散った。


「建物の外壁が……! ネイさんとヴァルドさん、ちゃんと脱出できたかな? 地下にいたら潰されちゃう……」


 ユウトがその光景におろおろする傍らで、レオは別の方角から何かが来るのにはたと気が付いて、暗闇に目をこらした。

 何だろう。真っ直ぐこちらに向かってくる。

 ただ、敵意は全くない、警戒するほどでもない小さなものだ。


「……子犬?」

「え? 何? レオ兄さん」


 兄の呟きに反応した弟が、同じように暗がりに目を向ける。

 途端に現れたのは、ころころもふもふした子犬だった。めっちゃ尻尾振ってる。


 子犬は一目散にユウトに駆け寄って、その足下で興奮したようにぴょんぴょん跳ね回った。


「うわっ、何この子可愛い……! どこから来たの、お前。よしよし、良い子だね」


 その背中を撫でて、自分から擦り寄ってくる懐こさに微笑んだユウトは、その身体を抱き上げる。尻尾は振られっぱなしだ。

 何だこの見ただけで癒やされるほのぼのした組み合わせ。


「何なのもー、いきなりのエルドワダッシュ。……あ、お待たせしました、レオさん。任務完了、ただいま戻りました」


 子犬の現れた方角から、少し遅れてネイとヴァルドも現れた。

 ……何でこの狐、頭にチューリップ生やしてんだ。


「ネイさん、ヴァルドさん! 無事で良かった、お帰りなさい!」

「このくらい些末事です。しかし私奴があなたのお役に立てたのなら、これ以上の喜びはありません、我が主」


 ユウトの前には速攻で長身のヴァルドが立ち、恭しく礼をした。

 ネイは頭上にチューリップを揺らしながら、レオの前に来る。


「レオさん、禁書の類いは全て破壊してきました。最下層の崩落まで確認して来ましたし、この施設の再開は不可能です」

「……そうか」


 突っ込むべきか、無言で引っこ抜くべきか。……面倒だから放置でいいか。


「あの子犬は、お前たちが連れて来たのか?」

「そうですよ。檻に入れられていた半魔のひとりです」

「この子はエルドワといいます。可愛いでしょう? まだ上手く人化ができない子どもなのですが、一度マスターに会わせたいと思いまして」

「へえ、この子、半魔なんですか。ふふ、もふもふで本当に可愛いですね。短い尻尾もすごく可愛い」


 子犬を抱いてにこにこしているユウトもこの上なく可愛い。

 おかげで、少し離れたところでそれをガン見している真面目の視線がかなり鬱陶しい。

 レオはさりげなくその視線からユウトを隠した。


 そして真面目とは対照的に、そんなユウトとエルドワを目の前で穏やかに見ていたヴァルドが、ふと何かを思い立ったように口を開いた。


「突然ですがマスター、可能ならあなたがエルドワを王都まで連れて行ってくれませんか」

「僕が?」


 ユウトが目を丸くする。


「私はこの召喚が終わったら、ザインに戻ることになります。そこから再び王都に出発するのでは時間が掛かりますし……。何より、ユウトくんとエルドワに仲良くなって欲しいのです」

「どういうことですか?」

「ユウトくんの魔力を嗅ぎ取った途端、エルドワはまっしぐらでした。あなたなら間違いなく、この子を成長させられると思うんです」

「成長……? よく分からないけど、王都に一緒に行くぐらいならお安いご用ですよ」

「ありがとうございます」


 ヴァルドは丁寧な所作でお辞儀をした。

 それから、ユウトの腕の中のエルドワの頭を撫でる。


「エルドワ、ユウトくんの言うことを聞いて、良い子にするんですよ」

「アン!」


 エルドワは子犬特有の高い声で返事をした。とりあえず言葉はきちんと理解しているようだ。

 その返事に良しと頷いて、ヴァルドはユウトを見た。


「では、もう私はお役御免ですね。欲しい禁書もありませんでしたし、このままザインに戻ります」

「あの、今日はありがとうございました、ヴァルドさん。今度何かお礼をしますね」

「お気遣いは不要です。私にとって、マスターのために働けること自体がご褒美みたいなものですから。……また何かありましたら、是非とも気兼ねなくお呼び立て下さい、我が主。……それでは、ごきげんよう」


 ヴァルドは悠然とした笑みを浮かべると、手を翳して呼び出した魔方陣の中へ消えていった。


 さて、これで今回の表向きの闘技場襲撃に参加した者は皆、ジラックの外へ出た。ここに隠れている理由ももうない。

 レオはネイたちを振り返った。


「まずはキイとクウの家に戻るぞ。詳細の報告は向こうで聞く」

「はい、了解です! ところで殿下、あたしこの仕事の報酬いらないんで、さっきの美形半魔の詳細を教えて下さい!」

「あー、ヴァルドってオネエのドストライクのタイプだよねぇ」

「オネエさんは先ほど異常に興奮し、変態じみた視線で彼を凝視していました」

「あんたに言われたくないんだけど」

「……そういうのは仕事が完全に終わってからにしろ」


 いつも思うが、こいつらせっかく有能なのに本当に何でこんなに癖が強いんだろう。

 ……まあ、ライネルがこういうのを面白がって集めたのだろうが、よく上手いことまとまっているものだ。


 特にカズサ……ネイは元々完全なソロの暗殺者、依頼人の言うことも聞かない男だったのに、よくこれをリーダーに仕立て上げた。

 こういう人の本質を見抜いた適材適所、人を掌握し采配を振るうライネルの手腕は、本当に天才的だと思う。


 あの人を敵に回そうとするなんて、ジラックの領主は何とも怖いもの知らずの愚物だ。同時に、こいつらをも敵に回している。


「まだまだやることはたくさんある。まずはジラックを平定するまで気を抜くな。行くぞ」


 レオはみんなを促し、歩き出した。






 そこで、首を傾げたユウトから今さらの突っ込みが入る。


「……あの、ネイさん、どうしたんですか? 頭にチューリップ咲いてますよ?」

「あっ、俺このまま誰にも触れられずに流されるかと思ってドキドキしてた! ありがとう、ユウトくんは良い子だねえ~。真面目くん、このチューリップちょっと慎重に取ってくれる? コレコレの罠でやられてさあ」

「えー? リーダー、こんなの引っこ抜いたら?」

「ばっ、おま、止めろ! 頭のてっぺんにハゲが出来る!」

「コレコレさんが言っていた『楽しいことが起こる』というのは、リーダーにハゲが出来ることだったのかもしれませんね」

「何で俺ピンポイントなの!?」


 チューリップは真面目の手によって、キイとクウの家に帰り着く頃にようやく外れたのだった。


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