【任務完了】ネイとヴァルドともふもふ
上階で魔物が暴れているせいで、地下もだいぶあちこちが崩れている。
ネイは周囲の状態に気を配りながら奥へと進んだ。
いつもだったら最悪でも転移魔石を使って脱出できるが、今日はあいにく所持する3個とも使用済みだ。ここで閉じ込められたらかなりヤバい。
まあそれでも、この規格外の能力を持つダンピールが同行していることで、いくらか平常心は保てているのだが。
「ここが禁書の置いてある部屋だ」
ヴァルドに部屋を指し示すと、その入り口の扉は彼によって焼き払われた。おそらく脱出時に邪魔になる余計な障害を残さないためだろう。
本棚にあった魔術書の類いは、上階からの震動と衝撃で半分近くが床に落ちていた。
「ふむ……。魔術書は下等魔物の使役術や精霊術ですね、焼いて問題なさそうです。禁忌の書や封印の書はそっちか……」
ヴァルドは特に古そうな本が積み崩された一角に向かう。
躊躇いなく彼がそのうちの一冊を手に取ったことに、ネイは眉を顰めた。
「ここにある本は全部破壊ってレオさんとユウトくんに言われなかった?」
「言われましたけど、私が探している本があったら頂く許可を取っています。……しかし、ここまで本に掛かる術式が混沌としていると、探すのが手間ですね……。おいで、エルドワ」
ヴァルドが呼ぶと、ネイの腕の中にいたエルドワがぴこんと耳を立てて、ぴょんと飛び降りた。相変わらず尻尾の振りが激しい。
「お前の気になる匂いを探して」
男の指示に、子犬は高い声でアンと一声鳴き、本の山をクンクンと嗅ぎ出した。
「……あんたは何を探してんの?」
「禁書のひとつで、まあ、封印の書です。もちろんここにあるとは限らないのですが……魔研ならもしかしてと思いまして」
封印の書。
本一冊をびっしりと術式で埋め尽くし、その構築された言葉の檻によって魔物を閉じ込めた書だ。開いただけで中の悪魔を解放してしまうこともある、非常に危険な本。
閉じ込められる魔物は様々だが、総じて知能の高い狡猾な魔物だと言われている。
「そんなもんどうすんの?」
「とりあえず所持しておくだけです。下手な者に預けておけないものですので」
「ふうん……」
ネイは、とりあえず、という言葉が引っかかった。
それはつまり、後でその理由が変わるかもしれないということだ。信用してもいいのだろうか。
まあこの男はユウトの下僕らしいから、他に比べれば危険度は少ないかもしれないが。
そんな話をしていると、本をクンクンしていたエルドワが「アン」とひと鳴きした。何かを見つけたようだ。
見れば、いかにも古くて厳めしい装丁の本を鼻先でつついている。何かすごいのが封印されていそうだ。
「……これが? おかしいな、私には強い魔力は感じられないが……」
しかし、ヴァルドは怪訝そうに首を傾げる。それでもその本を手にとって、だいぶ不用意にぱらりと表紙を捲った。
「……」
「……」
「アン」
途端にその中身を見て無言になったネイとヴァルドの足下で、エルドワだけが楽しそうにぴこぴこと尻尾を振っている。
……その本は、チャラ男が仕込んでいったエロ本だった。
「……要りますか?」
「いや、結構です」
訊ねるヴァルドに首を振る。興味が無いわけではないが、ここでこれを持ち帰るほど飢えているわけでもない。ヴァルドもネイに断られて、その本を静かに元の場所に返した。
「……エルドワがこれを選んだことに些か戸惑っていますが、何かの間違いだったとしておきましょう」
「……そうだな」
ネイは再びエルドワを抱き上げた。これがチャラ男の仕込んだ本だということを隠したまま。
ヴァルドは何かの間違いと言ったが、ネイはエルドワが元々ここにあった『ヤバい禁書』の残留魔力の匂いを嗅ぎ取ったのだろうと察していた。
……もしかすると、ヴァルドの探している封印の禁書とやらは、チャラ男が王都に届けたあの本かもしれない。
しかしすでにライネルの手に渡ったのだから、ネイは不用意にそれを目の前の男に告げる気はなかった。
「とりあえず、ここには私の欲しかったものはなさそうです。私が容易に破壊できるレベルの術式しか掛かっていないようですし、全て焼き払います」
「うん、お願い」
ネイはしれっと先に部屋から出て、階段近くまで退散した。
それを確認したヴァルドが、空中で手を滑らせ、その軌跡に出来た魔力の帯に魔眼で読み取った術式を連ね始める。その数は、彼の周りが全て魔力の帯で覆われるほどだ。
ヴァルドの姿が見えなくなるくらい術式が敷き詰められたところでぱりんと魔力の帯が砕け、その足下に魔方陣が現れた。
次の瞬間そこから渦巻くような火柱が上がり、爆発的な風圧がネイのいるところにまで襲ってくる。ネイはとっさにエルドワを庇って、部屋の方に背中を向けた。
すさまじい熱風だ。
こんな熱に晒したら、エルドワのもふもふがちりちりになってしまう。
背後では何か、悲鳴とも呻きとも聞こえる声がしてすごく気になるけれども、振り向くだけの余裕がない。
結局ヴァルドの方を確認できたのは、全てが焼き払われた後だった。
「お待たせいたしました」
「……今、何か色々いなかった?」
部屋はすっかり消し炭で、焼け残ったものなど何もない。答えを知る術が無く直接ヴァルドに訊ねると、彼は平然と答えた。
「全ての禁書の術式を解除するのは面倒ですから、めぼしいもの以外は本を焼くことで封印を解いて、出てきた魔物をそのまま炎で焼き殺しました。これで任務は終了です」
「お、おお……そういうことか……。見かけによらずワイルドだね、あんた……」
未だにこの男があのオドオドしていた農場の主と同一人物とは思えない。
まあ、どちらにしろ役に立ってくれるのなら問題はないのだが。
「それより脱出を急ぎましょう。そろそろこの地下も崩れそうです」
「……おっと、そうだな。まずは外に出ないと。ここなら坑道から出る方が早い。付いてきて」
ネイはすぐに気を取り直して階段を上った。
坑道へ続くこの階も、すでに大半が崩れている。2人と1匹はその隙間を縫いながら壁際を進んだ。
途中、酷く通路が狭くなっている。
そこでネイは壁から少々露出した装置を見つけて、眉を顰めた。
「うわぁ……罠か……ここ通らんと抜けられんわ、これ」
「物理罠ですか。こっちは私も畑違いなんですよね。……魔法で破壊してもいいですが」
「破壊したら通路が埋まっちゃうでしょ。……弓矢射出の罠か。おそらくコレコレが小細工してるからダメージなんかは無くなってると思うんだけど……『楽しいことが起こる』とか言ってたのが気になるなあ……まあ、背に腹は替えられんか」
ネイは意を決して罠を通過した。
足下で感知板を踏んだ感覚がして、次の瞬間に上からトスッと頭に軽い衝撃が来る。痛くないからとりあえずは弓矢ではない。
それを後ろで見ていたヴァルドは、一瞬無言で足を止めて、感知板を踏まないようにコウモリに変化して通過した。ずるい。
「……コレコレの奴、何の細工をしたんだ」
再び坑道に向かって走り出したネイの後ろで、人型に戻ったヴァルドが冷静に突っ込んだ。
「ネイさん、頭に花が咲いてます」
「……花?」
「チューリップです」
「マジで……あ、やべ。抜けねえわこれ。つうか、髪の毛ごとごっそり行っちゃいそう」
どういう刺し方をしたのか、髪の毛と絶妙に絡み合って抜けないし、生花ではないらしく手折ることもできない。地味に嫌だ。
「仕方ない、後で真面目くんに外してもらお……」
細工自体は全然楽しくないが、まあ、罠を無力化しておいてくれたのは助かったから良しとするか……。
そう割り切って、ネイはヴァルドを引き連れ、ようやく坑道へと出た。




