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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【任務遂行中】ネイとヴァルド

 けたたましいサイレンの音は、坑道内にいるネイたちにもはっきりと聞こえた。それを合図に、闘技場に至る壁を蹴破る。

 ここからは建物や物音を気にする必要は無い。地上から聞こえるサイレンと瓦礫の音にかき消され、自分たちの侵入に気付くものはいないだろう。


 オネエが蹴破れる細工を壁にしていたおかげで、最短直通で階段に到達する。そこでオネエたちと別れると、ネイはひとり半魔の檻に向かった。

 上では未だに派手にやってる音がしている。

 柱の陰に隠れて周囲のスタッフが全員地上へ行ったのを確認し、ネイは檻の前へ移動した。


「こんばんは、お待たせしました。約束通り、ヴァルドを連れて来ましたよ。……って言っても、俺は来たの見てないんですけど。この上で暴れてくれてんのがヴァルドです。多分。おそらく。何か信じられないけど」


 あのヒョロい気弱そうな男が破壊活動をしている姿が想像できないけれど、他にこの状態を引き起こす者がいないのだからヴァルドだろう。


「そうか、あいつを連れて来てくれたのか! これでエルドワだけでなく、ここにいるみんなが助かる……ありがとう!」


 前面に出てきたガイナは、やはり若そうな男だった。しなやかな筋肉の付き方、戦い慣れた体つきは虎人だろうか。精悍な男だ。

 他には狼の獣人が2人と猫の獣人が1人、それから子犬がいた。

 ……ん? 子犬?


「……その子犬は?」

「この子がエルドワだ。可愛いだろう」


 確かに、めっちゃ可愛い。中型犬の子犬っぽい。もふもふでころころしている。くりんと丸まった短い尻尾をぴこぴことめっちゃ振ってる。


「小さくてまだ人化が上手くできないんだ」

「……うん、こりゃ犠牲にできないわ……」


 やばい、こんな時なのについ和みそうになる。しかし、とりあえずはそれどころではない。ここを潰して脱出するのが先だ。

 ネイは努めてガイナに視線を戻した。


「ヴァルドがもうすぐここに来るはずです。彼がここの檻の術式を破壊したら、お願いした通りしばらく暴れていてもらえますか。その間に我々は魔物の檻を壊しに行きます。その後魔物が解放されたら、あなた方は城壁を破り、身を隠しつつ王都へと向かって下さい」

「王都へ?」

「おそらく王都の手前でイケメン貴公子が待ってます。通行手形や身分を保証するカードが無いでしょうが、あいつらと一緒なら王都で国王陛下に保護をしてもらえるので大丈夫です」

「えっ、国王陛下に……!? あんたたち、一体何者……?」

「まあ、詳しいことはまた後日。……そろそろ来そうですよ」


 ネイが見上げた途端、近くの天井に大きなヒビが入る。そして次の瞬間そこに轟音とともに大穴が開いて、黒いマントの艶のある美青年がふわりと下りてきた。


「お待たせしました」

「……え? 待って、誰?」


 その姿を見て、ネイは一瞬本気で誰だか分からなかった。脳内にあるヴァルドとイメージが違いすぎたのだ。


 しかし困惑するネイの傍らで、その姿を見たガイナが昂揚した声で彼の名を呼んだ。


「ヴァルド!」

「……え? えええ!? ヴァルド!?」

「お久しぶりですガイナ。皆さんも……無事で良かった。さてエルドワ、檻から離れていなさい。これから檻の術式を破壊します」


 ネイの動揺を余所に、ヴァルドは颯爽と檻の前に立った。

 その堂々とした立ち居振る舞いは、頼りなかった先日の印象を吹き飛ばす。紛う事なき強者の気配だ。


 彼が檻の前で空気を撫でるように手を翳すと、そこに薄い魔力の帯が張られ、一瞥の元に読み込んだ術式が浮かび上がった。

 これが術を看破する魔眼の力か。

 ヴァルドはそれを視線でなぞって読み解き、術式の急所を見つけると、いとも簡単にパキンと砕いて見せた。


「何とも脆い。所詮は他人の術式に手を加えただけの紛い物……。問題ありません、これで破壊できました。皆さん、出てきて大丈夫ですよ」

「ありがとう、ヴァルド! その力、取り戻したんだな……!」

「お前の復活を待っていたよ!」


 扉から出てきたガイナたちがヴァルドを取り巻く。どうやらこれがヴァルド本来の姿らしい。

 エルドワも出てきて、ぴこぴこと尻尾を振った。ヴァルドがそのもふもふ毛玉を抱き上げる。


「私は理想の主を手に入れることが出来ましたのでね。……さあガイナ、警備の人間たちが来る前に散りましょう。話はまた後ほど。エルドワは一緒に連れて行けますか?」

「連れて行きたいが、少し危険だな。……すまないがあんた、戦わないのならエルドワを預かってくれないか」

「は? 俺が?」


 いきなり話を振られて、ネイは目を丸くした。

 しかしまあ、今回自分は手を出す気がないのだから、子犬を預かるくらいはどうということもないか。


「俺が抱っこしてて吠えない?」

「大丈夫だ。エルドワは無駄吠えしない良い子だぞ。人懐こくて誰にでもついて行ってしまうから、逆にそっちが心配なくらいだ」

「いつ返せばいいの、これ」

「事が終わったらヴァルドに預けてくれればいい」

「……そうですね、マスターにも会わせたいし。ネイさん、この仕事が終わるまでエルドワをお願いします」


 そう言ったヴァルドが、腕の中のころころ毛玉をネイに渡す。

 うわあ、めっちゃもふもふだ。緊張感が抜ける。すげえ和む。


「……さて、じゃあひと暴れしてくるか。今までの鬱憤を晴らさせてもらわないとな」


 気が抜けかけたネイの回りで、半魔たちが半獣化し始めた。耳や尻尾、牙や爪。ベースは人でありながら、それぞれが特徴のある形に変化していく。


「あれ、完全に獣化するわけじゃないのね」

「彼らはそうしてしまうと服が破けて、人化した時に全裸になってしまいますから。我ら魔族系と違って、獣人系はちょっと大変ですね」

「別に、相手にすんのが人間だけならこれで十分なんだよ。……よし、行くぞみんな!」

「おう!」


 エルドワを残した獣人たちは、ヴァルドが開けてきた天井の大穴へ軽々と跳躍し、散っていった。再びあちこちで瓦礫の砕ける音が鳴り始める。獣の咆吼もなかなかの迫力だ。


「では、私たちも次の場所へ」

「おっと、そうだな。次は魔物の解放だ」


 再び地上で始まった喧騒を隠れ蓑にして、ネイとヴァルドは魔物の檻へと向かった。






「……今日の戦いで勝ち残ったのは大棘亀スパイクタートルか。まあ、毒持ちよりはマシだな」

「しかし何か投薬された様子ですね。かなり好戦的で、自由意志を持ち合わせていないようです」

「娯楽のための投薬か……。凶戦士バーサーク化かな。こうなった落とし前はジラックのエライ方々につけてもらうしかないねえ。ヴァルド、檻破壊ヨロ」

「……ランクAの魔物を放てば、街にそれなりの損害が出る可能性がありますが」

「中心街より近くに領主の館があるから、対応するでしょ。一応、ジラックには前領主の頃から仕えてるランクS級の近衛兵がいるから放っといて大丈夫。それ壊しちゃって」


 凶暴化した大棘亀の檻の前でネイはヴァルドに檻の破壊を促した。


 この建物自体がどんなものか、領主が知らないわけはないのだ。

 直接は関わっていないかもしれないが、間違いなくこの存在を見逃すための見返りを受け取っている。


 今のところは建物内でのことで領主も素知らぬふりをしているだろうが、ここから魔物が外へ出たとなれば自身の保身のためにも対応しないわけにはいかないだろう。

 ランクA魔物を退治できる人材もいるのだし、だったらこちらが気にするまでもない。


 精々暴れてもらって、我々が任務を遂行して離脱するまでの時間稼ぎをしてもらおう。


「……では、破壊します。エルドワを連れて先に階段へ」


 ヴァルドはエルドワを抱っこしているせいで両手がふさがっているネイを先に階段に追いやってから、さっきと同様に檻を壊した。

 途端に圧迫されていた空間から解放された大棘亀が、甲羅に付いていた鋼鉄のような棘を射出する。

 それは天井や壁を貫通し、地上階の床を一気に地下に落とした。


「うわ、さすがにランクA、攻撃力半端ねえ」

「脱出口が埋まってしまう前に次の目的地に行きましょう。……確かこの後は、禁書のある部屋だと聞いています」

「ああ、そうだ。ちょっと手間取るかもしれないし、急ごう。こっちだ」


 禁書の処理は全部ヴァルドにお任せだ。


 ネイはヴァルドを連れて、急ぎ最下層へと下りていった。


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