弟、キイとクウと、ネイの仲間と会う
その夜食事を終えたユウトは、レオに抱えられてジラックへと転移した。
そして、やたらと用心をする兄に手を繋がれたまま街中を歩き、どこかへ向かう。おそらく、キイとクウという人の家だろう。
「ジラックって王都やザインとはまた違った街並みだね」
「……鉱山があるから、石と金属による建築物が多いんだ。温泉も涌いていて、あちこちから湯気が出ている」
「へえ、温泉かあ。今度ちゃんと来てみたいな」
「この街の問題が解決したらな」
住居区を歩いていたレオは、区画の隅にある一軒家の前で足を止めた。
「……ここがネイさんと待ち合わせの場所?」
「そうだ」
思ったよりも大きい。石造りの2階建てだ。大家族用の建物だろうか。
レオがノックするとすぐに扉が開いて、家の主らしき2人が現れた。ユウトと歳が近そうな双子だ。同じ顔をしている。
「いらっしゃい、アレオン様! キイとクウはお待ちしておりました!」
「アレオンと呼ぶな。レオと呼べ」
「はい、レオ様!」
途端にじゃれつく2人に、ユウトはちょっと面食らった。
自分以外で、こんなふうにレオに接する人物を初めて見たからだ。レオも特に気にするそぶりを見せないし、このキイとクウとはどういう関係の人なんだろう。
後ろでぽかんと見ていたら、不意に2人と目が合った。
「あ、もしかしてダーク……」
ひとりが何かを言おうとして、軽くレオに頭を叩かれる。
「……ユウトだ。……ユウト、こいつらがキイとクウだ。瞳がオレンジ色の方がキイ、青い方がクウ」
「えと、初めまして、ユウトです」
「そうか、初めましてになるのですね。キイはユウト様とお会いできるのを楽しみにしておりました」
「クウもお会いできて光栄です。さあどうぞ、中へ。ネイ様たちもいらっしゃいますよ」
ユウトは2人にそれぞれ左右の手を取られて、屋内に促された。レオが最後に周囲をぐるりと眺めてから扉を閉める。
中に入ると他に5人の人間がいて、ネイも隠密用の鎧を着てテーブルについていた。
ひらひらとこちらに向かって手を振る。
「ユウトくん、来てくれてありがとね-。これでようやく仕事が進むわ」
「うわ、やだ、ちょっと何? 殿下の弟、かっわいい~!」
「ホントだ、女の子にしか見えないじゃんねー」
「殿下、真面目くんロリコンだから近付けない方がいいですよ、コレ」
「変態みたいに言うの止めて下さい、コレコレさん。俺は発育途中の小さくて可愛らしい女の子を眺めて楽しむだけの完全無害で高尚な趣味を持っているだけです。男の娘も当然守備範囲内ですが、男だから触って良いなどとは露とも思っていませんし、匂いを嗅ぎに行ったりもしません。時々風下に移動するくらいです。それにしても可愛い子って何であんなに良い香りがするんでしょうか。謎すぎてずっと嗅ぎたい」
「あ、本気でヤベー奴だコレ」
「うひょー、真面目引くー! めっちゃ引くー!」
「ガチの変態じゃないの」
「オネエさんに言われたくありません」
「……とりあえず真面目はユウトに近寄るな」
「了解しました、殿下。風下からガン見するだけにします」
「風下も禁止」
おそらく彼らがライネル直属の密偵たちなのだろうが、ものすごく癖が強い。つい半分ほどレオの後ろに隠れる。特に真面目と呼ばれた人が凝視してくるのがなんか怖い。
それを見たネイが苦笑した。
「ユウトくん、気にしないで。真面目くんは本当に気持ち悪いだけで無害だから。こいつらのことは、名前とか覚えなくていいからね。……さて、レオさん。ここからのことなんですけど」
「闘技場のところでユウトにヴァルドを召喚させれば終わりだろう」
「まあ、闘技場はそれで放っておいてOKですが、脱出した半魔たちをどうするかなと思って」
「ああ、その辺の面倒は兄貴が見る。半魔なら城壁を破って街の外に出るくらいは簡単だろう。そのまま王都に向かわせればいい」
「王都の方での受け入れは……あー、まあ、俺たちの誰かが転移魔石で飛んで、向こうで落ち合って陛下に引き継げばいいか。んじゃ、チャラ男」
「ういっす」
ネイが、腕輪と指輪をじゃらじゃら着けた男に指示を出した。
「お前、半魔さんたちの顔見てるよね? 王都に飛んで彼らのこと受け入れして。ヤバい魔書も持ち歩いてるし、それもお届けついでに」
「りょーかい。リーダー、もう行っていいの-?」
「いいよ。どうせ今日はこっちでやることほとんど無いし。コレコレも一緒について行ってやって。こいつ陛下に取り次ぐ際にルウドルトをすぐに苛つかせるから」
「口のきき方知りませんからね、コレ」
「オレは全然気にならねえっす」
「お前は気にしろよ。何でか俺がルウドルトに叱られんのよ?」
「平気平気。リーダー、気にしすぎじゃね? オレ、陛下にだって気遣わねえもんねー」
「……お前、ある意味大物だよね」
軽口を叩き合った後、チャラ男とコレコレと呼ばれた男が転移魔石で消えた。
その会話を聞いていたレオが、僅かに思案する。
「……チャラ男が魔書を持ち歩いてると言ったな。闘技場の地下にある魔研の奴らの部屋とやらにあったものか?」
「そうです。闘技場を潰しちゃうとあそこも行けなくなりますけど、陛下は何か言ってました?」
「重要そうなものが無ければ廃棄しろと。禁書なんて残していても危険なだけだし、奴らも本当に重要なものは自分たちの拠点に置いてるだろうしな。とりあえず、部屋の蔵書が魔研の手には絶対に戻らないようにしたい」
「完全破壊ですか……」
「可能か?」
レオに訊ねられて、ネイは肩を竦めた。
「正直、俺たちでは難しいですね。禁書を破壊するには術式ごと破らないといけない。それもヴァルドに頼むしかないかと」
「ならユウトが命じれば大丈夫だろう」
「あの頼りない男にそんな力があるのか、未だに信じられないんですけどね~」
本来のヴァルドの姿を知らないネイは、彼の能力にまだ疑心暗鬼のようだ。
「でもまあ、今回はもう彼に任せるしかないですからね。ユウトくん、ヴァルドを呼び出したら、まず半魔の檻を壊してもらって、次に魔物の檻を壊してもらって、最後に地下の書類部屋を完膚無きまでに破壊してもらってくれる?」
「分かりました」
ユウトが頷くと、ネイは他の仲間たちにも指示を出した。
「オネエ、真面目くんと一緒に行って、闘技場に来てた人間のデータを回収しておいて。魔物や警備スタッフの相手はしないようにね」
「今回は完璧に隠密に徹しろってことね。分かったわ」
「了解しました」
そうして、3人は椅子から立ち上がる。
闘技場に出立するのだ。
最後にネイがレオに確認をした。
「今日のユウトくんの護りはレオさんに任せて大丈夫なんですよね?」
「ああ。どうせ手を出さないんだし、俺が突入する意味もない」
「でしたら、俺はヴァルドに付いて闘技場に入ります。案内がてら、報告するための詳細も取ってこないと。……上手くいくといいんですが」
この段になって、まだヴァルドの実力を疑うネイに、ユウトは苦笑した。まあ、百聞は一見にしかず、召喚した彼を見ればひと目でそれが杞憂だと分かるだろう。
キイとクウの家を出て再びレオに手を繋がれたユウトは、夜の道を彼らと一緒に闘技場に向かうのだった。




