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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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弟、ネイに料理をふるまう

「あ、ネイさんだ! お久しぶりです」


 今日、魔法学校はお休みだった。

 だがレオは王宮に出掛けている。その間の外出は兄に許されず、仕方なくユウトがひとりで家にいると、そこにネイが現れた。


「こんにちは、久しぶりユウトくん。また可愛い格好してるねえ」

「あー、このエプロンですか? タイチさんが作ってくれたもので……ちょっと恥ずかしいんですけど、良い属性が付いているから仕方なく着けてます」


 フリルのエプロンは、今や料理の必需品となっている。着けている時といない時で、完成した料理の味に歴然の差があるのだ。背に腹は替えられない。


「……ミワとタイチ、マジで趣味全開のエプロン作ったんか……。まあいいや、レオさんは一緒じゃないの?」

「今はライネル兄様のところに行ってます。……あれ? 向こうでネイさんからの報告待つとか言ってたような……」


 今日のレオは、闘技場の調査に入ったネイたちから来る報告を受けに行くのだと言っていた。そのネイがここにいるというのはどういうことだろう。

 ユウトが不思議に思って首を傾げると、ネイは苦笑してこちらの頭を撫でた。


「じゃあ今頃、オネエからの報告書を受け取ってる頃かな……。ユウトくん、ちょっと待たせてもらっていい? 多分、ここで動かず待ってる方が早いと思うんだよね」

「もちろん、いいですよ。……そうだ、ネイさんホットケーキ食べます? 兄さんがいない時しか焼かないんですけど、ちょっと多めに作ったから」

「あ、嬉しいな。俺今日昼飯食べ損ねててね。ほぼ諦めてたからありがたいなあ」

「良かった。レオ兄さんは甘い物苦手だから、これ食べてくれる人がいないんですよね」


 ユウトの十八番おはこはオムライスとホットケーキだ。しかし、レオはホットケーキを食べないので、実質オムライスしか作らない。

 だからホットケーキを一緒に食べてくれる人の存在は貴重だ。嬉しい。


 ほかほか焼きたてのホットケーキにバターを乗せて、メープルシロップを掛ける。ユウトはそれにコーヒーを付けてネイに差し出した。

 自分用にはミルクティ。ホットケーキはシロップ多め。この甘さが幸せだ。


「ネイさん、どうぞ食べて。お口に合うといいんですけど」

「ありがとう、いただきます」


 ネイが律儀に手を合わせていただきますをする。

 そしてナイフで切り分けたそれをフォークで口に運ぶのを、ユウトはちょっと緊張して見つめた。レオ以外の人が自分の料理を食べてくれる機会なんて滅多にないのだ。


「……うわ、何これ、すごく美味しいんだけど! いくらでもいけちゃう!」

「ホントですか?」


 気を遣って演技をしてくれているのかもしれないけれど、ネイはユウトの期待以上の反応をくれた。

 それにほっと肩の力を抜く。


「良かった。まあ、エプロンの力もあるんですけど。料理に、僕の愛情が調味料として入るんですって」

「ああ、この複雑で上品な甘みはユウトくんの愛情か……。なるほど、でも食べたのバレたら何かレオさんにぶっ殺されそう……」

「そうだ、ネイさん、ミートローフとか食べます? 僕今他の料理も色々勉強中で、兄さんに内緒で作ってみたんです。感想とかもらえるとありがたいんですけど」

「うん、それ嬉しいけど、多分レオさんにバレたら俺即死」

「……ぶち殺す」

「あっ、兄さんいつの間に。お帰りなさい」

「何でわざわざ気配消しながら帰ってくるかなあ、もう! 制裁不可避でしょ! 殺気やめて、鼻血出る!」


 ネイに料理を勧めていたら、いつの間にかレオが帰ってきて食卓の隣にいた。

 あ。内緒で作っていた料理がバレてしまったけど、まあいいか。

 ユウトは何だか額に青筋を立てているレオに声を掛けた。


「ちょっと兄さん、帰ってきたらうがいと手洗いちゃんとしてね。……ええと、ミートローフ食べる? レオ兄さんがお肉好きだから、試しに作ってみたの。本当はさ、美味しくできるようになるまで内緒にしておこうと思ってたんだけど……」


 エプロンの裾を弄りながら少しもじもじと告げる。すると兄は眉を開いて即座に首肯した。


「もちろん食べる。安心しろ、お前の愛情入りの料理が美味くないはずがない」

「んー、どうかなあ。とにかく、用意するね」


 正直、弟に甘いレオはユウトが作ったものなら何でも美味いと言うから、逆に信憑性がないのだ。食べる前からのアテにならない評価に苦笑する。

 それを見ていたネイがぼそりと呟いた。


「うわぁ、レオさんチョロい……」

「……死ぬか?」


 ゴスッと岩を殴るような音がして、ネイが苦悶の表情で呻き、頭を押さえる。ユウトには動きが見えなかった。


「うああ、脳天割れる……! これ、俺じゃなかったら即死レベル……!」

「ここにユウトがいなかったら本気で死んでたと思え」

「何? ケンカしちゃ駄目だよ?」


 とりあえず兄を諫め、ユウトは2人のために料理を取り分けた。






「うん、美味しかった。ユウトくん、ごちそうさま」

「はい、お粗末様でした」


 ホットケーキもミートローフもぺろりと平らげてくれたネイに、ユウトは笑顔で応えた。レオはすでに食べ終えて、弟の隣でコーヒーを飲んでいる。


 その兄が、ネイの食事が終わったのを見計らって口を開いた。


「……で、貴様はここに来て、ユウトに何をさせようというんだ?」

「あ、オネエから陛下への報告、見ました? いやあ、ユウトくんがいないと事態が進まなくなっちゃって」

「ん? 僕が何?」


 唐突に始まった話に自分の名前が出てきて首を傾げる。するとネイはユウトに向き直った。


「ヴァルドに力を借りに行ったら、ユウトくんがいないと役に立てないって言うんだよね。それで、ユウトくんに協力して欲しいなって」

「ヴァルドさんに力を借りに? ……えっと、ネイさんって今ジラックの闘技場を調べてるんですよね? そこで何か?」

「うん、そこに捕まってる半魔たちがさ、ヴァルドを連れて来てくれれば脱出できるかもって言うんだよ。もし出ることができたら、彼らが闘技場を潰してくれる算段になってる」

「……勝手にヴァルドを連れて行けば良いだろう。ユウトを危険なことに巻き込むな」

「だから、そうできるならしてますって」


 ネイは大きく嘆息した。


「正直、あの頼りない男にどうにか出来る気がしないんだけどさ、ユウトくんがジラックで召喚してくれれば力を貸せるって言うんだ。とりあえずレオさんに内緒でユウトくんを連れてくわけにもいかないし、相談に来たわけ」

「そっか、ヴァルドさんは僕の血がないと本来の力が出せないんだっけ。だったら僕、行ってもいいですよ。それで捕まってる半魔の人たちが助かるんですよね?」

「待て、ユウト。ジラックに行って、お前が降魔術式に掛かったらどうする。あそこは浄化されてないんだぞ」

「あ、その点は大丈夫です。魔研の奴らが今日はもう術が使えないって言ってたから」


 ネイはそう言うが、レオはまだ納得がいかないようだった。


「そもそも、ヴァルドが行ったところで解決するのか? 闘技場にある檻は高度な術式が組み込まれた魔道具のひとつで、施術者以外の解呪は難しいという話だぞ。ユウトの無駄足になるんじゃないのか」

「んー、その辺は俺も門外漢なもので、何とも言えないんですけど」

「でも、ヴァルドさんなら脱出させられるかもって半魔の人たちが言ってたんですよね? だったら何の根拠もないとは思えない……」


 そこまで言って、ユウトははたとマルセンの言葉を思い出す。

 ……そう言えば、悪魔系の魔族が持つ特殊能力があれば、術式を読み解いて壊すことができるとか何とか。


「あ、そっか、ヴァルドさんって吸血鬼……悪魔系の魔族の血を引いてるんだ。もしかして、魔眼の持ち主なのかも」

「……ユウトくん、魔眼って?」

「術式を見破って破壊できる特殊能力です。マルセンさんがランクSS級の能力って言ってましたけど」

「ランクSS……あのヒョロい男では違うんじゃない?」


 ネイが眉間に指を当てて難しい顔をする。

 その時、隣でその会話を聞いていたレオが、渋い表情でチッと舌打ちをした。


「……ヴァルドはランクSS級だ」

「え!? あのオドオドした頼りないのが!?」

「じゃあ、やっぱり魔眼持ってるんだ」

「……不本意だが、そう考えると状況打開のためにはユウトがジラックに行って、あの男を召喚して使うしかないのか……」


 レオは心底嫌そうにため息を吐く。しかしユウトは逆に表情を明るくした。


「だったら半魔の人たちを助けられるし、降魔術式も阻止できるね!」

「そうだよね。闘技場という入れ物がなくなれば、そうそう高ランク魔物を呼び出して使うこともできないし、半魔を捕まえておくこともできない。闘技場の破壊も半魔の皆さんがやってくれるから、良いこと尽くめなのよ。だからレオさんには観念して欲しいなあ」

「別にレオ兄さんが渋っても僕勝手に行くけど」

「勝手に行くな。……ユウトを護るのは俺の役目だ。俺も一緒にジラックに行く」


 レオは本当に渋々といった体で了承した。


「ありがとうございまっす! じゃあさっそく、今日の夜にジラックに来てもらえます? キイとクウの家で夜の8時頃に合流しましょう」

「キイとクウ?」

「後で紹介してやる。……とりあえず、夜だな。分かった」


 魔研の目的は未だに分からないままだけれど、これが上手くいけば降魔術式の発動は大幅に減るはずだ。世界の魔力バランスを護るには重要なファクト。

 そのためにも、ヴァルドに頑張ってもらわなくては。


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