【一方その頃】ネイと仲間たち
こんなに難儀するとは思わなかった。
ネイは何日目かの張り込みに少々うんざりしていた。
今回、ジラックにはライネルに仕えていた頃の部下が4人ほど付いてきている。もちろん、それなりの精鋭だ。しかしそれでも闘技場に侵入するのは難しい。
「いっそ一旦捕まって中に入ってみる?」
「あほか、王宮からの密偵なんて、速攻で消されるぞ」
「招待客をひっ捕まえて入れ替わるのも無理だったし、どーしよー」
「入り口で指紋だけじゃなく瞳の虹彩による認証も必要だからな。仕方ないだろ」
「……ここで取られたデータをどう使われるのか、気軽に遊びに来てる無能貴族どもは考えてないのかしら。非合法の危険な遊びに荷担した証拠がしっかり取られてるのにねえ」
「まあ、抜けようとすれば奴らに強請られるだろうし、今後王宮にデータが渡ればしょっ引かれて爵位取り上げだろうし、未来はねえな」
「リーダー、王宮から書簡届いてるよコレ」
「あー? 何だ、また陛下から情報催促?」
少々嫌気が差しているところに、王都からの書簡が届いてまたため息が出る。こんな仕事、レオの命令でなかったらとっとと離脱したいところだ。
しかし書簡を取り出した部下は、軽く首を振った。
「リーダーの親愛なる殿下からだよコレ」
「え? レオさんから? 珍しい」
ネイはぱっと表情を明るくして書簡をぶんどる。
その封を鼻歌が出そうな雰囲気で剥がし、書簡箋を開いた。
『クソ遅え』
その一文目は、ねぎらいの言葉もない一言。
レオさんらしいなあとほっこりしているネイに、横から書簡を覗き込んだ部下が首を捻った。
「何コレ。陛下のこちらを気遣う書き出しの方が何倍もマシだと思うよ、コレ」
「コレコレうるせえな、この指示代名詞。いいんだよ、いかにもレオさんって感じだろうが」
ちなみにここにいる元部下たちはアレオンが生きていることを知っている。まあそもそもが王都に関する機密事項ばかり扱うメンバーだ。知られたところでそれが漏れることはない。
それぞれにいくつもの通り名を持っており、互いに名前で呼び合うこともなかった。
「リーダー、あたしたちと組む前の昔っから、殿下に邪険にされるの好きだったものねえ。やだわ、他の人間にはドSのくせに変態臭い」
「貴様には言われたくねえわ!」
こいつは女言葉をしゃべっているが、れっきとした男だ。ネイより身長も高く、ゴツい。
「んでんで、殿下は何て言ってきてんの-?」
「ん? ええと……ああ、ここの外壁の術式に穴があるって」
「へえ! めっちゃ朗報じゃーん!」
腕輪や指輪をゴテゴテ着けてる通称チャラ男も書簡を覗きに来る。
「建物に遮蔽物があれば、術式に死角ができるらしい。そこから侵入しろってさ」
「えー? 遮蔽物って言っても、侵入者感知の術式ってあの魔道具から出てんだろ-? そんな余地なくねーか? 外壁から2メートルくらいから近付けないしー」
「魔道具、最上階の壁に1メートル間隔くらいで下に向けてびっしり付けられてんもんなあ、アレ。木の板で全身覆いながら行っても駄目かな、コレ」
「無理でしょ、不自然な動きがあれば感知されるもの。建物のてっぺんなら感知の範囲から外れてるけど、そっちは目立つし、別の罠の術式ありそうだし、そもそも飛べないしねえ」
ヒントをもらったものの、今ひとつ打開策が出ずにいると、4人目の男が口を開いた。
「リーダー、術式が物を通り抜けないのであれば、地下からの侵入を提案します」
「おお、真面目くん。詳細ちょうだい」
彼はネイの元部下の中で、一番まともな男だ。石橋を叩いて渡るタイプで、責任感も強く重宝している。
「鉱山の街ジラックは、街の地下まで坑道が伸びています。ジラックの街の北端にあるこの闘技場は、裏に魔法鉱石を産出する鉱山がありますので、建物付近に続く坑道を探してみたらいかがでしょう」
「ああ、いいかもな。闘技場の地上階はバトルステージと観客席だけみたいだし、間違いなく地下はある。侵入者感知が建物自体に付いてるわけじゃないなら、地面に遮蔽される地下からの侵入は勘付かれないだろ」
真面目くんの意見を採用し、他の3人を見る。
「はい、坑道を調べてきてくれる人は?」
「ういっす、オレ行ってきてもいいっすよー」
「じゃあチャラ男お願い」
「りょーかーい」
彼はこのメンバーの中で一番魔力が高い。そして魔力への知覚が鋭い。魔法鉱石のある坑道なら、魔力を感知することである程度の範囲の地形を把握できるのだ。適任と言える。
「あたしたちは待機?」
「だな。出来るならチャラ男のフォローしてくれ。お前らツルハシ持ってる? もし一番闘技場に近い行き止まり見っけたら、壁際まで掘っといて」
「リーダーは何すんの、コレ」
「レオさんの書簡に、知り合いがジラックに拠点を構えたから会って力を借りろって書いてんの。そいつらとちょっと話をしてくる。真面目くん、3人の周囲の警戒よろしく」
「了解しました」
ネイを含む5人とも、普段はソロで働いているメンバーだ。単独でも十分強い面々だが、それでも緩く結束できているのは、それぞれの得手不得手を補い合うことができる絶妙な力関係にある。
こういう面だけ見ても、この人員配置をしたライネルの采配の妙を感じるネイだ。
「3時間後に俺も坑道の方に行く。誰でも良いから入り口付近で待機してて。勝手に突入すんなよ」
そう言い置いて、ネイはひとり街中へと移動した。
そうして書簡に書かれた住所に向かったネイは、住居区の隅にある賃貸の一軒家を訪れた。
「おー、久しぶりだな、キイとクウ」
「あ、狐!」
「狐、久しぶり!」
昔レオと行動を共にしていた時に会っていたため、竜人たちはネイを知っている。今は当時と変わらぬ人型で、少しも成長していないように見えた。
「キイたちはアレオン様から、狐が来たら力を貸してやれと言われています。何か困っていることありますか?」
「まだ、お前らに力を借りるとこまで行ってないんだよな。闘技場を攻略する時に頼むと思う」
「そうですか? クウたち、寝床と食事を提供することもできますよ?」
「ああそうか、そっち系の助力か」
ネイたちは、基本的に仕事中は宿屋などには泊まらない。自分たちの足跡を残さないためだ。だからこそ今回のように張り込みが何日も続くと、当然連日の野宿となる。疲れが取れず、嫌気も差してくるのだ。
もしここに泊まれるのなら、精神的にも肉体的にもだいぶ助かる。
「俺を含めて5人いるんだけど平気?」
「平気ですよ。元々ここを拠点にするに当たって、アレオン様が寝具や食器を多めに用意しておけってたくさんお金をくれたんです」
「料理はちょっと不慣れですが頑張ります」
「あ、じゃあ料理はこっちで作るから、多めに肉と野菜を買っといて。ウチのオネエが結構美味い飯作んのよ」
「そうですか。では料理は狐のオネエさんにお任せします」
「俺のオネエさんじゃないけどね。とりあえず、今晩から厄介になるわ。よろしく」
「かしこまりました」
これはありがたい。ネイはレオに感謝した。
密偵の仕事は、集中力と判断力、そして的確な自己制御を要するのだ。それを回復するだけの安全な寝床があるのは大きい。
きっと他の4人も喜ぶことだろう。
ネイは朗報を持って、仲間の元に戻った。
闘技場の裏にある鉱山の坑道。
そこに行くと、入り口に真面目くんが待っていた。
「お迎えご苦労さん。中の方の首尾はどうよ? 鉱夫とかともめてない?」
「この坑道は大きな魔法鉱石が掘り尽くされたようで、もう鉱員はいません。チャラ男さんがすでに闘技場のところまで到達しています」
「おお、優秀だねえ。じゃあ行こうか」
真面目くんに先導するように促して、ネイは坑道に入る。
あちこちで分岐があるが、壁にチャラ男が付けた印があって、問題なく2人は奥にいる3人の元へ着いた。
「リーダー来たコレ」
「あ、リーダー褒めてー! 俺、速攻でここまで到達したもんねー!」
「おう、えらいえらい。もう外壁まで見えてんのか、仕事早いな」
「んーん、これってすでに鉱夫が掘っちゃってたらしくて、来たらこの状態だったの。手前の分岐のところで進入禁止の看板があったんだけど、きっとバレたら怒られるから、鉱夫が適当に誤魔化してとんずらこいたんでしょうね」
「あー、確かにここに到達したのバレたら大変だろうな。俺たちとしてはありがたいけど」
言いつつ外壁に触れてみる。やはりここまで術式は届いていない。
「向こう側に気配はないが、空間があるようだな。部屋になってんのかね」
「さっき一度人が通る気配と扉の開閉音があったのでおそらく。でも使用頻度の高い部屋ではなさそうです」
「特殊な壁じゃないし、これなら一見ではバレない程度に綺麗に外せるわよ」
「突入してみますか、コレ」
「いや、今日はここまで」
ネイは一旦壁から離れた。
この壁の向こうはどんな術式が掛かっているか分からない。万全の体制で臨まねば。
「今回は調査のみ。どのトラップにも掛からず、痕跡も残さないよう細心の注意が必要だ」
調査は、制圧よりもずっと神経を使うのだ。それこそ集中力が物を言う。
「だから今日はベッドで休みます。喜べ」
「え、マジ!? 俄然テンション上がるんすけどー!」
「食材準備してもらってるから、オネエ料理頼む」
「あらあ、ちゃんと温かいご飯作って食べられるの!? あたし張り切っちゃうわ!」
「オネエの料理とベッド睡眠……マジかコレ」
「リーダー、しかし宿に情報を残すわけには……」
「殿下の知り合いんとこだから平気だ」
元々が優秀なメンバー。
体調万全で臨ませれば、失敗はありえない。
ネイは4人を引き連れて、キイとクウの家へと向かった。




