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第二話 始業前に

 古の地霊が息づく大地の王国、《グラム》。

 スタート地点に選んだ国は、周囲を山々に囲まれた雄大な自然の――正直に言うと、田舎だ。


 僕、山本健人やまもとたけとこと、タケトン・オニギールは、土曜日いっぱいを使ってワーブリの世界を楽しんでいた。

 地霊王の治めるグラム王国の首都・グラムストンを散策し、その周辺の低レベルモンスターを狩ってレベル上げをしたり、NPCの動きを観察したり。

 まあごく普通のゲームだ。


 子供たちと一緒に遊ぶため、メインストーリーは進め過ぎないようにしておく。

 もともと、ストーリーがそれほど重要視されるゲームではない。それぞれがある程度目標を作って遊ばないと、こういうのはすぐ飽きる。

 サブクエストをこなしまくるとか、ダンジョンを制覇するとか、レアアイテムを集めまくるとか、ギルドを作って大きくするとか、ひたすら仲間とダベるとか。

 僕としては、メインストーリーをみんなで協力して進めて、クリアしたらひと段落と考えている。


 レベルもキリ良く5まで上げたところで、経験値稼ぎはひとまずストップ。子供たちとの差が付き過ぎては、子供たちが楽しむ部分を奪ってしまう。


 僕はドワーフらしく、武器は斧を使っている。戦闘職は《斧戦士》を選んだ。


 ドワーフ族のステータスは、


 体力・高め。

 筋力・高め。

 防御力・高め。

 敏捷性・やや低め。

 魔力・ほぼ無し。

 精霊力・ほぼ無し

 信仰力・やや高め。


 という具合。


 信仰力は治癒魔法や致死攻撃の耐性に関係し、精霊力は精霊を使役する能力だ。


 斧戦士のステータスも大体こんなかんじ。

 高めのものを補強し、低めのものは低いまま、ドワーフの長所を底上げする適職と言える。

 まあ無難な選択。無難でいいのだ。引率なんだから。


 で、レベル5になると、サブ職業が選択出来る。

 これは戦闘職とはまた違う、生産職というやつ。生活のための技能というか。戦闘以外で生計を立てていくための職業というか。


 調べたところ、戦闘職よりもかなり職業選択の自由がある。良かった。職業に種族なし。

《料理人》であるとか、《漁師》であるとか、《作家》であるとか、まあ色々。

 作家ってちょっと面白そうだけど、文章を書く趣味も能力もないしなぁ。


 で、僕はこれを《鍛冶屋》にしたい。

 ドワーフといえば職人気質なイメージ。特に、力強い鍛冶屋がピッタリだ。

 装備も最初に使っていた石斧から、マーケットで鉄斧を購入したが、やはり自作したいと思うのがドワーフのさがであろう……。

 作った装備を売れば金策になるし、子供たちの武器や防具も作ってあげられたら買うより安上がりで済むはずだ。

 そのへんで頼り甲斐や好感度をがっつり上げておきたいものだ。


 しかし、やっていてすぐに気付いたが、グラム王国に着いて「すげ~ドワーフがいっぱいだ~!」と感動したものの、それはほとんどNPCであったという事実……。


 プレイヤーには不人気か、ドワーフ。


 キャラメイクでも、どうしたってずんぐりした体格しか作れなかったしなぁ。いや僕は自身のずんぐり体型から逆キャラメイクしただけだけど。

 こりゃ岩に囲まれたグラム王国も不人気かもしれない。地味だし。


 と言っても、ドワーフしかいないってわけでもない。

 他に見かけるプレイヤー種族というと、この縛りの多いワーブリにおいて比較的自由性の高いキャラメイクが出来ただろう人間ヒューメイは、やっぱりよく見かける。


 それから人間より小柄ですばしっこい、大人でも子供のように愛らしい姿が人気の種族、ハーフヒュー。


 猫耳やら犬耳やらが安定の大人気だろう種族、獣人族セリアンスロープ


 頭に角の生えた少年心をくすぐる格好良い、きっと人気種族・竜人族ドラグニュート


 他にもファンタジーの王道で人気に違いない種族、エルフはこの国にそぐわないとみひろに判断されているようだが、肌の浅黒いダークエルフは見かける。

 これは近くに常闇の森が国土の大半を占める日当たりの悪そうな国・《ベノン》があるせいだろう。


 その関係か、ダークな魅力と尖ったステータスでおそらく人気な種族、魔人族デモンズもちらほら。


 彼らも紋様風のフェイスペイントという分かりやすい特徴を与えられている。


 このへんの種族を子供たちに選んでもらえば、不人気ドワーフのタケトン先生と一緒にグラム王国からスタート出来そうだ。

 ほんとごめん、子供たち。君たちはエルフにはなれない……。


 さて、明日の日曜日は、鍛冶屋のレベルを上げるか。

 そう思ったところで、ログアウトを告げるアラームが鳴った。

 昼前から始めて、二時間のダイブインと休憩を挟みつつ、今日は計八時間遊んでいる。

 現実の時間ではもう午前1時を回っているだろう。さすがにしんどい。昔は徹夜でゲームもよくやったが、平日20時まで働いている三十路はもう眠いよ……。


「ぎゃあっ」

 タケトンドワーフの肉厚な背中に、どん、と軽い衝撃があった。僕のほうはびくともしなかったが、背後でどさっと誰かが尻もちを着いた。

 ぎゃあ、と聴こえたが、ぶつかる前に聴こえたのは、女の子の声だ。

「あ、ごめん。大丈夫?」

 僕は慌てて振り返り、ぶつかった相手に反射的に手を差し出した。

 でも、相手は僕の手を借りようとはしなかった。借りられなかったのだ。両手いっぱいに果実を抱えていたて。そのうちいくつかは、コロコロとレンガ造りの道の上に転がった。

「ああ、ああ、ごめんね」

 僕はおたおたとそれらをすべて拾い上げた。

 桃によく似た果実、モムニだ。料理の材料に使われる。料理には一時的なステータスアップの効果があり、より質の良い良い食材を使うことと、熟練度の高い《料理人》が作ったものほど、その効果も高くなる。

「あ、ありがと……」

 見た目は小学生くらいの女の子だ。現実リアルもそうだとは限らないが、それを考えるのは野暮というもの。

 初期装備のチュニックワンピースに、革の胸当て、白いショートパンツの下に黒いレギンスパンツを履き、足許は革ブーツ、首には白く長いマフラーを巻いている。

 短めのピンク色の髪を、片側だけ無理やりきゅっと縛ったような髪型。サイドテールっていうのかな。

 その内側に、短い黒い角がにゅっと二本。背中には髪と同じピンク色の小さな翼が生えていた。竜人族ドラグニュートだ。

 よく言われるところのロリグニュート。中身はオッサンかもしれないけどな!


「なんだ、NPCかぁ」

 僕を見たロリグニュートが言った。

 ドワーフ=NPCという悲しき認識。


「いや、プレイヤーです」

「えっ、あっ、ごめん!」


 ロリグちゃん(仮)が慌てて、ちょこんと頭を下げた。

「いいよいいよ。でも、モムニに傷が入ったね」

 これでは良品にはならない。売るにしても料理に使うにしても、素材としてのランクが一つ落ちてしまう。

 だが、ロリグちゃんはあっさりと言った。

「いいんだ。これ、うちのペットたちにあげるエサだから。果樹園でアルバイトすると、サブ報酬で貰えるんだ」

「ペットのエサ?」

 ロリグちゃんは両手いっぱいの果実を抱え、フラフラと立ち上がる。

「重量オーバーなんじゃないかな。少し持とうか?」

「え」

「そろそろログアウトしようと思ってたんだけど、その前に荷物を運ぶくらいなら手伝うよ」

「いや、いいよ。うちすぐそこだから」

 ふるふるふるっと首を振る。

 あー……これは。

「そう。気をつけてね」

 変にしつこく申し出ても迷惑だろうと、僕は手に持っていたモムニを、彼女が腕に抱えたモムニの山の上にちょんと置いた。

「僕はタケトン・オニギール。見ての通りのドワーフの斧戦士。しばらくこの国で鍛冶屋をやるつもりだから、もし僕の作品を見かけたら手に取ってみてよ」

「あ、えっと……」

「あ、別に名乗らなくていいよ」

 考えているふうのロリグに、僕はやんわり言った。つもりだ。

 が、彼女は意を決したように顔を上げた。

「ラステル・マインだよ。ドラグニールで、魔物使い。です」

 魔物使い……その名のごとく、魔物モンスターを使役して自分の代わりに戦ってもらったりする。

「ラステル、よろしくねー」

「うんっ……あっ!」

 ぺこりと頭を下げた拍子に、またモムニが転がり落ちた。僕がそれを拾い上げると、

「あっ、それ、あげるよっ!」

 そう言って、モムニをくれて、ぱたぱたと走り去ってしまった。


 うーん。へんに声をかけて悪いことをしたかな。 

 ラステルちゃん……ちゃん付けかえってキモいな……ラステルのアバターは、小学生くらいの容姿だったけど、リアルでもかなり若い子なんじゃないかなとなんとなく思ったのだ。大人に話しかけられて緊張してたふうだったから、ゲーム慣れしてない子供なのかと思い、しつこく声はかけなかった。


 現実社会でも、子供が知らない大人にベラベラ話しかけられたら怖いだろう。うちまでついてってあげるよ、なんて言われたら怖すぎる。

 でも、子供なりにせっせと働いている様子で、感心、感心。ゲームだけど。


 これから僕が接する子供たちは、どんな子たちなんだろう?




 寝る前にスマホをチェックすると、本物の先生・万葉からメールが入っていた。


〈件名:健人お兄ちゃんへ

〈本文:

 ゲームのほうはどうですか? 楽しい?

 子供たちと、ゲーム開始の日時を決めました。

 来週の土曜日、13時からでどうですか?〉


 会社は土日休みだからいつでもいいと言ってある。

 それでいいよ、という返事と、このゲーム用に取得したメールアドレスと、フレンド申請のためのIDを万葉に教えておいた。


 まだ起きていたのか、すぐに返信がきた。


〈件名:ありがとう!

〈本文:

 親御さんにも私のほうから連絡してあります。

 ゲームの時間は、お兄ちゃんに合わせて、週末だけという約束です。

 みんな不登校だけど、平日は通信で勉強しているの。

 私と親御さんのほうで決めたのは、

 お兄ちゃんがいないときは、ログインしないこと。

 でも、慣れてきたらお兄ちゃんが思うようにしてほしいの。

 もちろん、お兄ちゃんが用事のある日は、無理しないで。

 子供たちはみんな楽しみにしてます。

 何かあったら、いつでもメールください。〉


 週末限定のゲーム集会ってかんじだ。

 毎日のようにプレイしているプレイヤーには、どんどん水を開けられてしまうだろうけど、そもそもそれが目的じゃない。

 これは、彼らが少しずつ外の世界リアルワールドに出るための、仮想訓練だ。

 実際に彼らに正面から向き合ってるのは、万葉や親御さんで、僕はそのサポートをする存在。

 たった三人。されど三人――。

 うーん、なんか緊張してきたぞ……。

 にわか先生にどこまで出来るかは分からないが、せめて楽しく遊んで、帰りには「またね」と言って別れたいものだ。


 とりあえず明日は一日、鍛冶屋の修行をして、今週は平日も帰宅したら二時間くらい金策に励むか。

 何を解決するにも、金はあったほうがいいからね。ゲームの中でも。

 金がすべてじゃないけど、あったほうがいいに越したことはない。


 そんなかんじで、僕は子供たちとの週末ゲーム集会に向けての準備にいそしんだ。

 それまで関わりのなかった他人の子供――しかもそれぞれが悩みを抱えている、そんな彼らをゲームの中とはいえ預かるということに恐れ半分、だけどそれ以上にワクワクする気持ちがあった。

 お小遣いを貯めて買った新しいゲーム、友達を誘って一緒にプレイしようと約束した子供のころ、先にゲームを始めて友達を待ってるあの感覚。

 もちろん僕はもう子供ではないから、これから出会う彼らと同じ感覚を共有することは出来ないと思う。あのころの僕が楽しんだ感覚、それを大人になった僕が眺めるのは、けっこう面白い気がする。


 それに、大人になってからじゃないと味わえない、新鮮な驚きや感動だってあるかもしれない。


(お兄ちゃん! 私、クラスを受け持つことになったの!)


 小学校教師になって二年目、それまでの担任教師がうつ病で休職したということで、急きょ副担任の立場から、新一年生のクラスを任された万葉が、戸惑いと緊張に顔を強張らせて僕に報告しにきたときのことは、いまでもありありと思い出せる。


 しっかり者で熱意もじゅうぶんだと思っていた妹は、不安でたまらない様子で、僕はひたすら励ますことしか出来なかった。お前なら出来るよ、と思ったままを伝えた。実際、出来ると思っていた。その不安の中に、たしかな期待や希望も妹はちゃんと持っていたから。


 それから、嬉しいことも悲しいことも、教師としての苦悩も喜びも、僕のところへ何度も吐き出しにやって来ては、帰るころにはいつものしゃんとした顔になって、明日の準備をしなきゃ、と帰って行った。


 ま、そういうのは恋人に吐き出せるようになってほしいが。教師とは真剣に取り組めば取り組むほどプライベートの時間が失われていく職業なのだと、妹を見てまざまざと思い知った。


「さて、明日の準備をするか」

 金曜日の夜、カップラーメンを啜り終えた僕は、気合いを入れてハードの電源を入れ、ヘッドギアをかぶった。

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