第二十五話 はじめてのドラゴン
《ロックドラゴン》。漢字だと《岩竜》。
大地の王国グラムに生息しているモンスターだ。
岩ドラゴンとか、岩ドラなんて呼ばれる。
グラム王国の象徴モンスターである地竜グラムは、ガイアドラゴンという固有モンスターで、ロックドラゴンはその親戚にあたるとかなんとか。
ゲーム発売前からグラム王国の代表的なモンスターとして存在が知られていたが、こんな序盤のダンジョンに中層にいるとは……。
この個体は、ハイエースワゴンくらいのでかさで、思っていたよりは小さい。実際、ドラゴンとしては小さいほうなのかもしれない。が、わがままボディのタケトンが10人以上乗っても大丈夫そうだ。
ドラゴンは大部屋の真ん中で、丸まるようにしてぐうぐう寝ている。
その寝息がなければ、ドラゴンというより、ゴロゴロした岩の塊に見える。
地竜種の背中には小さな羽があるが、退化しており飛べない。
防御力がすこぶる高く、岩のような体から繰り出される攻撃は、まんま巨岩をぶつけられるようなものだ。
他のドラゴンのようにブレスは吐かない。代わりに肉体の強さはドラゴン種の中でトップクラスだ。
ドラゴンにしては小ぶりかな? とは言っても、それはあくまでドラゴン比。サイズからいって、まあ勝てまい。鉄の斧やショートソードやファイアーボールや、ましてや拳や蹴りで傷が一つもつくとは思えない。
このゲームでは敵のレベルが分からないので、推測するしかないが、多分序盤で挑んでいいレベルの敵じゃないだろう。
いわゆる初見殺し。絶対に挑んではいけないやつである。
「ドラゴンだぁ!」
イグアスが歓喜の声を上げた。あかん!
「しーっ! 起きちゃうからね!? レベル差がどれだけあるかも分からないからね!?」
僕は部屋の前で両手を広げ、駆け寄ろうとしたイグアスをブロックした。
ノアとセイヴも慌てて彼の腕や肩を掴む。
「静かにしろって」
「寝てるみたいだし、刺激しないほうがいいよ」
これだけドタドタしても、ロックドラゴンはまだ起きてない。
「いーじゃん、戦おうよ」
軽く言うイグアス。
「このルート、ボクらしかまだ来たことないんだよ? 情報がないんだもん。戦ってみなきゃ強さ分かんないし。負けても死ぬだけじゃん?」
まあ一理はあるんだが……命を軽んじないで……。
即死判定を除くと、このゲームでは体力ゲージが尽きても、いったんは死ぬことはない。まず戦闘不能状態になる。瀕死状態と呼ばれ、本人は何も出来ない。そこから復活する魔法もあるし、復活アイテムも存在する。
僕らにはまだ復活魔法も復活アイテムも無い。しかし他のメンバーが生きていれば体を運んでもらって、王都まで転移すれば復活屋というものがある。
ソロで死んだら、通りすがりの誰かに助けてもらうしかない。
瀕死状態のまま、しばらく経つと死亡状態となる。
死ぬとデスペナルティが課せられ、レベルダウンもしくは、ログイン制限がかかってしまう。ログイン制限は課金で解除も出来る。この露骨な商売……。後々になるほどレベル上げも大変になるから、レベルダウンするよりはマシってことで、甘んじてログイン制限を受ける人もいるが。
ネットの噂では、ある条件を満たしてわざと死亡することで、開くルートもあるというが……。誰かが面白がって流している都市伝説的なものだと信じたい。
というまあ、ワーブリのデスペナはけっこうキツい。
ぐうぐうというロックドラゴンののん気ないびきを聴きながら、僕はふと呟いた。
「ノンアクティブモンスターっぽいな……」
「なんですか? それ」
ノアが尋ねる。
「ノンアクティブ。自分から動かないモンスターのことだよ。たいていは、こっちが攻撃をしかけたりすると動き出すとか、アイテムを取ろうとしたら動き出すとか、何らかの条件で戦闘に入る。そうでなければ、襲ってこない」
「部屋を抜けようとしたら、動き出すってカンジじゃねーの」
セイヴが言った。
まあそんなとこだろう。試してみる勇気はない。
「だからさー、結局突っ込むしかなくない? もし強いドラゴンなら、そいつがここにいるってだけで当たりじゃん」
イグアスが頬を膨らませながら言った。
「ここが特別な鍵で開くルートで合ってたら、そんくらいの敵いてもおかしくねーな」
「でもやっぱり、もう少しレベル上げてからがいいんじゃないかな……」
慎重派のノアは不安そうに言った。
「でも、その間に攻略されるってのは、あると思う。強行突破より、レベル上げを急いだほうがいいかもな」
セイヴの冷静な意見が、今のところ一番無難だろう。
うーん、鍵自体は序盤でも入手する手段はあるが、行ったところで強モンスターに遭遇して、結局は進めないってかんじか……。
タケトンがっかり。
「よし。じゃ、引き返そっか」
軽く言う僕。
「そだな。別の道もあるし」
「どのルートもいたりしないかな……」
あっさり同意するセイヴとノア。
「ええええ、戦わないの!?」
戦闘狂のイグアス。
戦わんよ……。
「じゃ、一撃入れるだけ。ダメ?」
ね? とか可愛く言って、僕を拝んでくる。
「それがダメって話してたよね!?」
なんでそんなにオレより強いやつに会いに行こうとすんの!?
「イグアスが中で戦闘不能になったら、俺達じゃ助けられないと思うよ」
ノアが宥めるように言った。そうだ、そうだ! さすが長男!
「ノアの言う通りだよ。アクティブ状態になった岩ドラゴンに、僕らじゃ太刀打ちできないからね。イグアスそのまま死亡状態になっちゃうよ……?」
「あー。死亡したら、強制ログアウトだっけ?」
セイヴがわざとらしく尋ねてくれた。次男のキラーパスはいつも冴えるぜ。
「そうだよぉ~? 一人だけログアウトしたい……? 一人だけ今日遊べないよぉ~?」
末っ子をビビらせにかかる僕。
「えええええ……」
これがイグアスには一番効くな。
「あんがい、戦ってみたら弱いかもだし……岩ドラゴンレベル1かもじゃん……」
むくれるイグアス。
仮にそうだとしても、こいつのレベル1は、ゴブリンのレベル1とはわけが違うだろ。
「この部屋はドラゴン、と……」
むくれるイグアスをよそに、セイヴが淡々とお手製マップに印を付けた。
「×マーク付けないでよぉ!」
「今は行けねーから仕方ねーだろが」
「うえええ……」
僕はイグアスの肩を組み、元気づけるように言った。
「まだまだ他のルートもあるんだし、めげずにアタックしよう!」
「……うん……」
とりあえず、頷いてくれた。
「――ここも、ドラゴン……と」
岩ドラのいびきと、セイヴの無感情な声が、通路に寂しく響く。
「……ねえ、今度こそは殴ってもいい……?」
「ここまできたら、全部のルート行ってみようよ」
すっかりジト目になったイグアスを、ノアが宥める。
《マクスの鍵》で合うルートを片っ端からアタックしているのだが。
あともう少しで深層ってところで、最初に詰んだとこと同じような大部屋に、ハイエースワゴン岩ドラちゃんが、のん気にグースカしている。
コピペか!? って僕だって思う。
あまりに同じ構造なもんで、ちょっと精神的に参ってくる。ここ何個目の扉だっけ……? と何度も惑いかけた。
セイヴがしっかりマッピングしてくれてるので、同じルートに入ってしまってるってことはなさそうだが。
道中の雑魚退治はしているので、経験値は積んでいるし、ドロップや採掘で手に入れた鉄鉱石の数も中々のものになってきた。幾つくらいになったかな……現在565個……はからずも当初の目的通りの採取クエストになっている。
「これなら森に行った方が良かったかなぁ~」
道を引き返しながらイグアスが呟く。
まあね……結局レベル上げと採取になってるもんな……。
少しずつ強くなっているとはいっても、経験値稼ぎならここじゃなくもいいってのはあるし。
「ドラゴン倒したいなー……」
ぼやくイグアス。自キャラが紙装甲だって思い出して……。
かりにイグアスが神クラスの全回避を見せたとしても、レベル差による攻撃力でドラゴンの体力を削ることはまったく出来ないだろう。序盤でエリちゃんと戦った時のような、弱点部位に全弾攻撃を入れる神技動画級の活躍を見せた天才少年も、防御力という数値を埋めることはできないのだ。チクチク低ダメージ入れて、何時間かかって倒せるのか分からないからね。
フルダイブゲームの連続ログイン時間は定められているから、まあ普通にタイムアップだ。それ以前に彼らはゲーム時間が決まっているしね。
「あ、だから、もっと大人数を集めて、みんなで攻略するんですね」
はっとしたようにノアが言った。
「そだね。今後、他のパーティーと組んだりとか、必要になる場面もあるだろうね。
ゲーム内もけっこうリアル社会なのだ。
「グラムストンに戻って、他のパーティーに募集かけるのが、一番無難でてっとり早いかなあ。すぐに集まると思うよ。ただ、独占は無理になって父さんはぴえんだし、マクスの鍵の入手方法が知られてしまうけど。放っておけばそのうちマクスを攻略する奴もいるだろうしなぁ」
「いるか……?」
セイヴが懐疑的に言う。
ただのNPCのオッサンだからな。めちゃキャワいいNPCの踊り子さんにずっと話しかけてたプレイヤーは見たけどな!
「ま、このへんの駆け引きもオープンワールドゲームならではってとこだから、よく考えていいよ」
ここはあえて子供達に丸投げしてみる。
自分の決定に責任を持ちたくないわけでは決してないぞ!
「とりあえず、ここで休憩しよっか」
ドラゴンに塞がれている部屋の向かいに、小部屋がある。いかにも休憩していいよって感じの部屋だ。
ゲーム内で魔物に襲われないような場所をセーフルームと言ったりするが、ワーブリにはそんなもんもちろんない。いつでもどこでも敵とエンカウントするか分からない。セーフルームっぽい場所でくつろいでたら、隠れてた盗賊に襲われたって話は聞いたことある。
このゲーム、NPCの盗賊なんかは普通にいる。でも人間っぽいキャラを無残には殺せないゲーム上の都合のため、捕縛をするって形になる。
ま、そのへんはいずれ説明しよう。
斧を構え、気を付けながらセーフルームっぽい部屋に入る、とりあえず安全のようだ。
「干し肉でも食べる?」
アイテムバッグから休憩用おやつをせっせと取り出すお父さん。
水筒もあるよ。
木のコップを配って、ティーアを全員分注ぐ。ティーアってのは、お茶っぽい飲み物だと推測出来たので、モムルティーアというものを買ってみた。モムルは桃っぽい果物だから、ピーチティーってとこだろう。
「あ、水はけっこう飲めるかも」
ノアが嬉しそうに言った。彼はVR味オンチなため、フレーバーティーを水だと思ったようだ。でも水は元々味が無いから、違和感がないんだろう。他の二人は口にして味があることに気づいただろうが、ノアに気を遣ってか何も言わなかった。ちょっと感動。セイヴはともかくイグアスは「味あるよ!」とか言いそうなもんだが。
ノアが一人だけ味覚も嗅覚も効いてなくて不安がっていたのを、ちゃんと見てて、分かってるってことだ。
たった二日しかゲームしてないけど、絆が生まれているのを感じるなぁ。
「じゃあ、家族会議を始めようか」
はーい、とイグアスが手を上げる。
「ボクはやっぱりここでドラゴン倒したい。せっかくみんなで頑張ってきたのに、他の人と山分けになっちゃうのもやだ」
次に、手を口許に当て、思慮深いポーズが似合っていたノアが、はい、と小さく手を上げた。
「俺はまずレベル上げかなって思う。一週間後のログインまでに、ここが攻略される可能性はあるけど……でも今後もレベル上げておかないと、また詰むんじゃないかな」
珍しくはっきりとした口調だ。
二人の意見を聞いてから、セイヴも軽く手を上げた。
「イグは怒ると思うけど、オレは王都に戻ってパーティー募集」
「えー! それって一番やな選択肢!」
「聞けって。でも条件付けて、報酬の内容にもよるけど、取り分を決めとく。七割こっちとかさ」
「え、七割も取るの?」
「やだ! 七割じゃ少ない! 九割取ろう!」
「さすがに取り過ぎだろ」
「じゃあ八! もうこれ以上譲れない!」
うーん。こういう話し合い見るのも中々面白い。性格出るなぁ……。
僕はどんな決定になってもこの子達のフォローをするつもりなので、兄弟会議に口は出さないつもりだ。
でも、分かることは教えてやる。
「このゲームってクエストをメインで受注した人間が、メイン報酬をどう配分するか最初に決定出来るんだよね。ただし、死亡した場合は報酬が残りのメンバーの手に渡ってしまう。ここが、このワーブリが超絶胸糞ゲーと言われるゆえんなんだな」
「そんなこと言われてんのかよ」
「それって、PKされて報酬を奪われることもあるってことですか?」
ノアがビビッた顔をする。
「あるある。もう倫理観めちゃくちゃよ」
「なんつーゲームだよ」
「ま、ブラックリストに載ったり、警察隊のお尋ね者になったり、存分なペナルティはあるけどね。しかしあえての悪党プレイを愉しむ人もいる」
金があれば強いプレイヤーを護衛に雇ったりも出来る。わざわざプレイヤースキルを上げて護衛業をメインでやるというマニアックなプレイをする人もいる。
おのおのがゲームの人生を好きに過ごしているという点では、僕はこういうゲーム本当に大好きだ。
実際に人を傷つけたりしない範囲でね。
「俺、パーティー募集いいと思う」
ノアからセイヴの意見に一票入った。
「ええええ!」
ブレずに嫌がるイグアス。
「知らない人とプレイするってちょっと心配だけど、今のところ親切な人多いし」
ブーツや盾やら恵んでもらったもんなぁ。ま、実際そんな悪い人ってそこまでいない。たまにすごい倫理観の奴もいるけど。
「こっちの報酬多めで、上手く交渉出来たらいいなって思うけど……」
「ボクら子供だよ? 足許見られちゃうって!」
「そこは父上がいるし」
「え~? 父さん~?」
え、ヤなの?
まあ父さん人が良さそうにしか見えないからな……。
更にセイヴのプレゼン。
「実際に組むかはちゃんと考えるとして、声かけて知り合い増やすのはいいと思うんだよな。別に友達になるって意味じゃなくて」
「俺もそれ、いいと思う。この前の情報屋の人が大会があるとか教えてくれたみたいに、人に聞かないと分からない情報もたくさんあるみたいだし」
ワーブリは超大型コンテンツ。特にいまはサービス開始したばかりで活気もすごい。毎週何らかのクエストが常時どんどん追加されている。プレイヤースキルだけでなく情報戦も盛んだ。
「とにかくさ、帰って強いプレイヤーの情報集めようぜ。協力頼むのが無理そうならレベルちょっと上げてドラゴン行っていいからさ」
「うーん……」
「今回はそうしようよ、イグアス。このクエストが思ったようにいかなくてもさ、もっとたくさん色んな冒険しようよ」
お兄ちゃん二人に宥められて、イグアスは渋々と頷いた。
「……うん。でも絶対、取り分は九割じゃなきゃやだ」




