第二十四話 オニギール一家、ダンジョンで恋バナする
僕達が最初に選んだルートは、浅層にしてはエリちゃん多めの、初見殺しルートだったらしい。他のルートも順に回ってみたが、レベル1~5ほどの〈ミニゴブリン〉〈スラムリン〉くらいしか現れなかった。
僕と子供達はもうレベル8~10くらいのエリちゃんなら、二、三体同時に出てもやすやすと倒せるようになっていた。
僕とノアが引き付け、セイヴが補助と攻撃、イグアスがどんどん撃破していくスタイルで。
気づけば僕のレベルは15に。イグアスは12、他の二人は11になっていた。
……差を詰められてきたな。平日ちょっと一人でレベル上げしようかな。
これなら中層に行けるだろう。
「今日《森の精霊王》が始まった。多分、今日が一番、他の場所が空いているときだと思う。このタイミングで、グリニル鉱山を攻略していくのがいいとお父さんは思うんだが、どうだろう?」
「どうだろうも何も、そのつもりだけどな」
「どんどん行こーよ」
「みんなが行きたいところまで行こう」
仲良し一家、意見は一致、と。
みんなもう普通に慣れてるもんな。
このダンジョンも、序盤御用達だけあって、そんなにおどろおどろしくないというか。明るいし歩きやすい。
天然の岩場と人工の足場合わさっているのが、アスレチックてかんじ。
中層、深層と進んで行けば、どうなるか分からないけど。
浅層から中層に繋がる扉は、特殊な鍵無しでも開くものと、そうでないものがあった。
《マクスの鍵》が今のところどの扉にも合うもので、《マクスの鍵》専用の扉がかえって分からんという事態……。
あるいは特に専用の扉とか無く、ある程度の扉は開けられる万能な鍵アイテムなのかもしれん。
色んな場所の鍵開けたくなるな。昔の懐ゲーRPGなんかでは、序盤の城の中にあからさまに鍵のかかった扉があり、そこにこれみよがしな宝箱が置いてあったけど。早く開けたくてウズウズしたものだ。
「《マクスの鍵》で開く扉の先に行くのは当然として、まず中層をくまなく探索するのと、入ったルートを中層から深層まで一気に突き進むのと、どっちがいい?」
「一つのルートを一気に行けるとこまでいって、一つずつ潰してくのがいいと思う」
セイヴがマッピング用のウィンドウを開き、せっせと道を描き込みながら、答えた。
つくづくマメなヤンキー少年である。
でも絵が上手いヤンキーいるよね。
「ボクも早く強いのと戦いたいから、深層行きたいな」
「どっちでも。みんなが行きたいほうで」
「じゃ、一つずつ潰していくか。そのぶん、深層の敵に手こずるかもだけど」
「よゆーよゆー」
力強いイグアスの返事。
今ちょうど石のこと忘れてるみたいだから、このまま忘れててくれ。
「よっし、じゃあ中層に行こう」
プレイヤーが少ないのは助かるな。
誰もいないのを確認し、堂々と《マクスの鍵》を使って中層に続く扉を開けた。
中層は、鉱山のより深くになる。
扉の奥に、更に下に降りるエレベーターがあり、レバーを動かして降りる。
廃棄された鉱山なのに、動力源は何なのか分からない。魔法の力、と言われてしまえばそれまでだ。
浅層よりは薄暗かったが、ぽつぽつと明かりは灯っている。
廃棄された鉱山なのに(以下略)
中層では、レベル8のエリちゃんがミニゴブリン扱いである。つまり雑魚。
レベル1~5程度だった可愛いミニゴブリンも、ただのゴブリンになった。レベル5~10くらい。エリちゃんも、レベル15くらいまでのやつをちらほら見かけるようになった。
しかし、レベルが上がってもエリちゃんとは戦い慣れている。
格好の経験値稼ぎの相手として、お馴染みのモンスターとなっていた。
それに鉄鉱石をバンバンドロップしてくれるので、ドワーフの懐もホクホクである。
「フフフ……これをたくさん集めたら、みんなに鉄の鎧を作ってやるぞ……」
「それ一個作んのに何個くらい必要なんだよ?」
「千個くらいかな」
「それが全員分出来る頃には、別の装備買えるようになってるよ」
セイヴが静かな声で言った。せやねん。けっこう《鍛冶屋》って辛い職業だったかなーって最近思うタケトンなのである。
中層に行っても、特に危なげない。適度にレベリングも出来て、他のプレイヤーもさっぱりいなくて、快適だった。
「……でね、これは、ボクが通ってた小学校のトイレで、ほんとにあったことなんだって……」
代わりばんこに怪談話とかしてる始末。
宝箱もいくつかあったが、大したものはない。採掘ポイントを掘ったりもしてみたが、出てくるのは砂石というほぼゴミ……現状では使い道が思い当たらないそれか、あとは鉄鉱石ばかり。
グリニル鋼石はマジでレアドロップのようだ。
深層に行ったほうがドロップ率が僅かでも上がるというやつだろうが。
「えっ、ノアもセイヴも女の子と付き合ったことあんの!?」
「……え、うん……」
「でかい声出すなよ、親父が食いつくだろ」
恋愛話に変わっとる。
怪談より父さんも興味あるぞ。
食いつくよ? めちゃくちゃ食いつくよ?
「早い子は幼稚園からカップル成立したりするもんなあ」
ははは。可愛いもんだ。
「そ、そういうノリだよね?」
「あ、そういうノリです……幼稚園のときに、近所に住んでた仲の良い幼馴染の女の子に、バレンタインチョコをもらって」
「ほうほう」
幼稚園からさぞ可愛らしい子供だったんだろうな、ノア。
「ていうか、幼稚園児でもバレンタインの行事とかやんの?」
「ありましたよ」
「ボクが通ってたとこじゃ、女の子はみんなチョコレート作って持って来てたよ」
ちなみにうちの会社では、社員同士でのチョコの贈り合いが去年から禁止になった。
個人的なやつにまでは関与しないが、女子社員一同が男子社員一同にチョコレートをまとめて買ってきたりとか、それに男子社員がホワイトデーのお返しをする、みたいな伝統行事はもうやめよっか、て専務が言い出したのだ。社会人的余談。
「セイヴんとこはー?」
イグアスが尋ねると、
「ん? オレは、幼稚園とか行ってねーからな」
セイヴは軽く言ったが、僕とノアは一瞬息を呑んだ。そうだった、セイヴはお母さんに育児放棄されていたのだ。
「へー、そーなんだ。じゃあお遊戯会とかしたことない?」
「ないない」
ヒヤヒヤしたが、イグアスは普通に会話を進めるからすごい。
「それより、さっきの話の続きは?」
とセイヴがノアに尋ねた。
「え? ああ、幼馴染の子?」
ノアが動揺を隠せないまま、笑顔で返す。
「ずっと仲良くしてたけど、小学校二年のときに引っ越しちゃって。でもしばらく手紙は出し合ってたよ。でもだんだん出す回数も減って、小学校卒業のときに、もう中学生になって忙しくなるし、手紙出し合うのはやめようかって、その子が手紙に書いてきて。それもそうかなぁって」
すげえ。小学校卒業まで文通してたってこと?
なんというか、子供なりにノアらしい真剣交際である。
「チューした?」
イグアース!!!! この子は!!!!
「い、一回だけ……」
答えなくていいよ、ノア。
しかし、いい話を聞いてしまった。
「セイヴは? 小学校行ってた?」
イグアスがデリケートなことズバズバ訊くから、ノアのほうが顔が青くなってる。
セイヴはわりと普通に答えてるけど。
「行ってたよ。小学校はタダでいけるじゃん」
「幼稚園てタダじゃないの?」
「無いだろ」
「知らなかったー」
セイヴとイグアスは普通に喋ってるが、僕とノアは薄笑いしか浮かべてない。
たぶん本人は意識せずに言ったのだろうが、『タダ』の部分に闇を感じた……。たぶんノアも感じたんだろう。
怪談より重い……。
「セイヴ、モテそうだもんねー。それでいつヤッ……」
「授業中に相応しくない発言禁止!!!」
僕は大声を上げ、イグアスの言葉を遮った。いま何訊こうとしたんだコイツ!
「別にエロいことはなんもしてねーけど」
「良かった!!!」
僕は思わずセイヴを抱き締めた。
この部分はカットだ、カット! 親御さんには見せられん。プライベートな話題だしな。万葉にも見せんとこ。
「とーさんは、彼女いるー?」
「あっ、あれは敵影では!?」
イグアスの心無い質問に、僕は普段見せない俊敏さでダッシュした。
薄暗い通路の先に、開けた場所が見えた。そこに明らかに、何か大きな影があった。
僕は逃げるようにそっちに向かった。
「あ、父上、もっと慎重に……」
「親父ー、まとまって動けって」
「とーさん、彼女いないのー?」
やかましいイグアス!
僕は社交的なほうだと思うし、知らない人にも平気で話しかけられるし、入社すぐの飲み会で一発芸を披露出来るくらいの度胸はあるが、気になる女の子の前ではもうガッチガチになるのだ。それはもう分かりやすいくらいガッチガチになるので、子供のときからずっと好きな子が周囲にバレバレで、恥ずかしい想いをしてきた……というか、相手の女の子に恥ずかしい想いをさせてきた。
想いを寄せる相手に、恥ずかしい想いをさせることほど、悲しいことはない……。
もう恋なんてしないっ! と何度も思ったものだよ。
「グオオオオオオ……グオオオオオオ……」
なにか地鳴りのような声がする。
そろそろ中層も最深部まできたと思うので、中ボスくらいいても不思議ではないが。
「グオオオオオオ……グオオオオオオ……」
わりと規則正しい。
そう、寝息のような……。
「へ?」
大きなモンスターの影がなんだったのか、近づいた僕はようやく気付いた。
そこには、グオオグオオと寝息を立てている、岩……ではなく。
岩のように肌がゴツゴツとした、ドラゴンが眠っていた。




