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第二十三話 タケトン、一抹の不安をおぼえる

 ~グラムストン王国・旧グリニル鉱山・内部坑道~



「ブフォッブフォッ!」


 お馴染み暴れ狂う《一つ目殺人鬼エリミネーター》ことエリちゃんの攻撃を、ノアが手にした革張りの盾で受け流す。


 これには、《盾剣士ファイター》が最初から習得しているスキルが活きている。


 【盾剣士ファイター・種族固有スキル】

《盾捌き》……盾を装備時、重量カット。盾を装備したときの攻撃を盾で受けたときのダメージが大幅にカットされる。盾での打撃攻撃力アップ。


 少しのレベル差なら、スキルで補正出来る。

 まだ若干、エリちゃんと力の差はあるが、そのぶんはテクニックで受け流していた。


 意外や意外。他二人に比べると慎重派で、ややもすれば臆病かと思っていたノアだが、敵と対峙したとき、かなり度胸がある。


 VRゲームに慣れていないと、目の前に突進してくる巨躯のモンスターに、ゲームと分かっていても腰が引けてしまう。


 でも、今日のノアは予習してくるほどのやる気もあってか、すすんで前衛を努めると言い出した。

 基本がビビリのタケトン先生は、喜んで譲った。


「昨日よりレベルが3も上がってるから、スキルもあるし、それにこの盾もあるし」


 そう、現在ノアが装備しているのは、僕お手製の鍋蓋の盾ではない。

 革張りの盾という、鉄をギリギリまで薄くし、その上になめした獣の皮を何重も張り付けた、軽くて使いやすいが、ちょっと値の張る盾である。


 まあまあ丈夫だが、軽量ゆえに、重い攻撃は正面から受けるより、受け流すように使うという盾かな?


 僕が作った……わけではなく、ダンジョンの外でノアが他のプレイヤーから貰ったのである。

 女性プレイヤー――胸の大きな女剣士だった――が、鍋蓋の盾を見てひどく気の毒がり、お下がりをくれたのだ。


 そういう経験、僕には無いわー……。 


 そんなふうに僕が哀愁に浸っている間も、


「はっ」


 ノアが短い気合いの声を上げ、盾で受け流した直後に、剣を突き入れた。

 盾剣士は盾で受けてからのカウンター攻撃が得意だ。


 ちなみに、武器も木刀ではない。刃渡り三十センチほどの小剣ショートソードに装備が変わっている。これも胸の大きな女剣士さんから(以下略)。


 前衛職タンクは相手に攻撃を入れることで、ヘイトを溜める(自身に敵の注意を向ける)ことが出来る。


 堂々と戦う姿の凛々しさたるや、地上に降りた最後のイケメンてかんじ。


 攻撃され、エリちゃんがいきりたつ。

 その体を、黒いもやが包んでいる。


黒い雲ブラッククラウド〉。敵の能力値を下げる、デバフ魔法だ。


 これは《黒魔法士ブラックミスト》の得意魔法で、セイヴが切らさないようにマメにかけ直している。


「――よし、描けた」


 竹槍の先を向けると、杖の先端から炎の弾が三つほとばしる。

 火の攻撃魔法である《火炎球ファイアーボール》。どんなゲームでも大抵初級魔法として馴染み深い。


 ワーブリの場合、魔法の発動は指を使ってのコマンド入力になる。

 魔法ウインドウを呼び出し、その上にうっすら出てくる図案をザザザザザーッとなぞって描く。多少歪んでいてもいい。完成したら魔法ウインドウが発光し、フォンッ……というかんじの成功音が出る。失敗すると普通にブーとか言うので、けっこう羞恥プレイ。


 図案が嫌な人は文字列バージョンに設定を変えたりも出来るし、ウインドウ上に出てくる光る点を繋いで消す点繋ぎバージョンなど色々あるので、やりやすいものにするのといい。

 

 セイヴは図案をなぞるのがやりやすいようだ。特にひっかかりもなく、スラスラスラーと描いて、デバフをかけ、合間に攻撃もする。僕は焦るから無理。


 魔法のレベルが高くなればなるほど、図案も複雑になる。それを素早く描き上げるのには、集中力と瞬発力を要求されるので、パズルゲームや音ゲーが得意な人はけっこう魔法使いミスティックが楽しいみたい。

 難しい魔法がバシーッと決まるとカッコいいし、エフェクトも効果も派手だしね。


「ブフォォォォッ!!!」


 ノアに気を取られているエリちゃんの背中に、炎の弾が炸裂。エリちゃんが声を上げる。


「ほっ!」


 のけぞったエリちゃんに、高く飛び上がったイグアスの《流星蹴り》が炸裂した。


「ブウォオオオオオオンッ!!!」


 蹴りで単眼を貫かれ、部位破壊。

 とん、と地面に足をついたイグアスは、そのまま膝をぐっと曲げ、再び飛び上がる。

「よっ」

 声は軽いが、その蹴りの威力はレベルが上がって重い。部位破壊済みの顔面へ、鋭い回し蹴りを叩き込む。


 うーむ、相変わらず鮮やか。


 他の二人も、慣れてくるとフルダイブの動きもずいぶん様になっている。


 何体目かのエリちゃんを難なく倒し、今の戦闘でまたレベルアップしたようだ。


「あ、ボク今のでレベル8になった」

「俺も7になってる」

「オレもだ。新しい魔法アンロックされてねーかな」


 なんてワイワイしつつ、すっかりゲームを楽しんでいる。

 微笑ましいが、ちょっと寂しくもあるパパもいる。


「これが……若さか……」


 タケトン先生はというと、彼らの成長を見届けながら、隅っこのほうでイグアスが無くした石をずーっと探していた……。



 ――とまあ、時々湧いて来るエリちゃんを倒しながら、僕達は鉱山内を探索していた。


 鉱山ダンジョンは広い。

 途中、いくつか分岐があり、他のパーティーの姿も見たのだが。

 みーんな違うほうに行ってしまった。

 このルート、マジで不人気というか、もう先まで探索されて、何もないのかもしれないな。


 そういえば、ダンジョンに入る前に、あの売れないブロガー・ヴェリルくんからメールが入っていた。


 現在、森のほうで《森の精霊王》という、いかにも重要そうな期間限定イベントが発生していて、そっちにみんな行ってるらしい。


〈やんないんすかー?〉

 と軽ーくヴェリルくんからメールが来たが、考えておく、と返した。

 サービスが始まってから、グラムストン内でこんな大規模イベントが発生するのは初めてだし、どんなイベントか興味はあることはあるが。


 ヴェリルは、今まであまり重要視されていない《精霊》関連のスキルなんかが、このイベントで明かされるのではと予想していたが。


 たぶん他の国でも同様のイベントが起こっているだろう。

 世界が広がっている、その最前線に、ほとんどのプレイヤーが赴いているという状況だ。


 逆に言えば、それ以外のことで、他のプレイヤーを出し抜けるチャンスとも言えるが……。


 いちおう、子供達に「森のほうに行ってみる?」と聞いてはみたが、


「えー、昨日の続きやりたい。鉱山ダンジョン、ボク好きー」

「そっちに人がいる間に、探索するチャンスじゃん」

「えーと、みんなの行きたいほうでいいです」


 期間限定という言葉につられない、クールな子供達であった。


 しかし、一理ある。


 この鉱山内で合う鍵を探して――のつもりだった。

 実際、いくつか扉を見つけて、使ってみたのだ。


 結論としては――なんと、全部開いた。


《マクスの鍵》と僕達が名付けたこの鍵は、鉱山内の扉を今のところ全部開けられる。

 すごいアイテムだ。

 なんなん? マクス。ただの酒場の親父じゃないのか?

 カワマス釣りが趣味のただのオッサン(NPC)だと思っていたのに。

 もうちょっと呑みに誘ってみるか。


 それにしても、おあつらえ向きに大型イベント来てくれたなぁ。

 鉱山内もプレイヤーはいるが、昨日ほど多くない。


 ツイてるかもしれん。


 イグアスがすごく強いこともだけど、ノアもセイヴも動きに慣れるのが早かったので、浅層の敵はもう余裕で撃破出来る。


「ドロップアイテム、また鉄鉱石だー」


 イグアスが残念そうに言った。


「いや! それ大事だから! 集めておいて!」


 僕は慌てて声を上げ、地面にズサーッと腹からスライディングした。


 そうだ、元々の目的は、子供達を使って――もとい、協力して、鉄鉱石ざっくざくという予定だったのだ!


 僕は恥も外聞も無く、床を這いまわって鉄鉱石をかき集めた。


「とーさん、ボクの石は……」

「そんなの後、後! 鉄鉱石を集めて、タケトン製の鉄製品を世界に――!」

「そんなの……?」

 イグアスの声がぐっと低くなり、這いつくばっている背中をぎゅむっと踏まれた。

「あっ、ちょっとそこ気持ちい……」

「……ここ?」

 グリグリとイグアスのかかとが、僕の腰のツボをいいカンジに刺激する。

「あっ、そこ……いやもーちょい左……?」

「ここ?」

「あっ、もっと力入れて大丈夫です」

「えいえい」

 おほっ……これはいい……VRツボ押し……。

「ここじゃねーか?」

 セイヴの竹槍の尻が、僕の青銅の兜にゴツゴツグリグリとめり込んだ。




「しかし、どんな扉にも合う鍵を持ってることは、現状では絶対にバレないようにしなきゃダメだな……」

 僕は珍しく神妙に呟いた。


 それこそ、《森の精霊王》イベントばりに、マクスの酒場が人口過多になる。


「オニギール一家の市場独占のためにも……!」


 ――と、僕らの他には誰もいないフロアで、硬く拳を握っていた僕と、市場独占まではあまり興味の無さそうな子供達だったが。


「大金持ちになったらねー、ボクは早く家がほしい!」

「自分達の家があったら、すごいよね」

「早く金貯めて、一等地に住もうぜ」


 彼らはとにかく自分達の家が早く欲しいようで、きゃっきゃとはしゃいでいる。


 このとき、僕の心に、ふとした不安が産まれつつあった。


 みんなが《森の精霊王》をやっているこの機に、力を合わせて他のプレイヤーを出し抜こうとしているこの行為……。


 あわよくば、自分達だけでグリニル鋼石を独占しようという、この行為……。


 彼らの親に見せていいのか……という……。



 そして、他のプレイヤーを出し抜こうと考えているのは、別に僕らだけではないということを、僕はすっかり忘れていたのだった。

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