第十五話 情報は命?
~グラムストン王国・旧グリニル鉱山前~
「思ってたより、人がいますね……」
遠目に見えた時点で、ノアが呟いた。
「森方面より人気が無いと言っても、サービス開始したばかりだし、序盤のダンジョンだからなぁ。僕は元々、鉄鉱石が掘れる場所を探してたんだよ。そんなにレアカテゴリじゃないから、色んな場所で採れるんだろうけど」
「それで、NPCと見境なく喋りまくってたら、酒場のマクスから情報を得られたわけか」
「とーさん、しつこくてよかったねー」
「君達、言い方に若干のトゲがある。気を付けて。表じゃなく他の入り口もあるかもだな。あとそろそろイグアス降りて」
「ほーい」
ぴょいっとイグアスが僕の肩からようやく降りた。
とたんにめちゃくちゃ体が軽くなったので、やっぱり感じていないようで疲労を感じていたようだ……スタミナ大丈夫かな?
最悪〈悪食〉スキルでそのへんの岩でも拾って食おう。
鉱山の入り口手前、グラニール大樹ほどじゃなかったけど、ここにも露天商が何人かいた。
武具を売ったり修復する店、食べ物の屋台、回復屋、バフ屋、復活屋……出て来るプレイヤーから鉱石の買い取りを持ちかけてる人もいる。
「うーん、話しかけたくなってしまうな……」
社交家魂がウズウズ。
釣りをしてる人に、「釣れますか?」って訊きたいタイプだからな僕。
「何を話しかけるんだよ?」
「そりゃ、『売れますか?』から『なんでこんなとこで商売してるんですか?』という素朴な疑問とか、もっと突っ込んでいって『芸能人なら誰が好き?』みたいな……」
「そんなに話が弾むまで待ってられねーから、一人のときにしてくれ」
とりあえず、今の僕達は店に用事はない。
「他の入り口が無いか探してみようか……」
「珍しいパーティーだね?」
横を通りすがった男から、いきなり声をかけられた。
「うわっ、びっくりした!」
「そんなびっくりするとこ?」
僕が大声を出したので、男のほうも驚いていた。
浅黒い肌、両方の目尻の横から広がっている黒い紋様。
セイヴと同じ魔族だ。
といっても、少年体格のセイヴに比べたら、こちらは青年。すごく背が高い訳でもないが、150センチほどのタケトンドワーフから見ると、170……いや、175センチくらいありそうかな?
軽装だが、まあまあ質の良いローブをシャツとズボンの上から巻きつけている。あれはベルベットローブだな。綿のローブよりちょっとおしゃれ。
腰のベルトに、曲刀と短剣を差している。なんの戦闘職かはこれだけじゃちょっと分からないな。
魔力の高いデモンズだから、魔法に関係したクラスだとは思うが、いかんせんこのゲーム、武器は何を持ってもいいからなぁ。適正はあるけど。
「珍しいパーティーだと思って。ドワーフに、男の子のアバターが三人。凝ったプレイしてるねー」
デモンズ青年がそう言って、僕らを見て笑った。気さくそう。親近感を覚えた。
しかしながら僕も同じことをするタイプなので、彼の目的は知れている。
他のプレイヤーから情報収集をしているのだ。
「小さい女の子は多いけど、男の子ばっかり三人って珍しいじゃん? どういうこだわりでプレイしてんの?」
思いっきりなりきり勢だと思われている。そうなんですけど。
「ボクたち家族だよ! みんな孤児で、ドワーフのタケトンとーさんに拾ってもらって、お父さんで、先生なんだよ!」
「や、やめろぉ……」
セイヴの羞恥心に100のダメージ……。
「――とまあ、そういう一家です。僕がタケトンです。ウォッホン」
青年の前にずいと進み出て、久々にウォホッてみる。
「……へぇ、ほんとに子供連れなんだ」
青年はセイヴみたいにおでこ丸出しのオールバックだが、セイヴみたいにゆるくセットしてないかんじじゃなく、がっちり前髪を固めてキメてます風。髪の色は濃い茶色にしているようだ。目の色はオレンジ。
「なんで、子供って分かるんだ?」
セイヴが不審そうに顔をしかめ、僕に対してだろう、呟いた。
顔赤いよ。
「声がそのままだからじゃない? 分かるプレイヤーは、『この声は用意されてる少年ボイス3だなー』とか分かるもん。僕も分かるし」
「オ、オタク……!」
「オタクをナメてはいけない……好きなことへの知識量は半端ない奴がゴロゴロしているのだ。ちょっと思ってたけどセイヴけっこう可愛い声してるよね」
「はぁ!?」
「声変り……」
「してるだろ!」
「わりとアルト……」
「ふつーだよ!」
「お、落ち着いて……!」
あまりにからかい過ぎたか、竹槍を振りかぶったセイヴを、ノアが慌てて止めに入る。
「ははは、もしかしてほんとに家族? すごい仲いーじゃん。あ、分かった。現実で先生と生徒なんじゃない? うん、そういう雰囲気」
鋭いデモンズ青年……にわか先生ですけど。
「俺は、ヴェリル・ロウ」
あ、デモンズみある名前。フフ……みひろのランダム生成かな?
デモンズの名前は、『ヴァヴィヴヴェヴォ行』のどれかをファーストネームに入れとくと100%デモンズ関連の国が選べる。タケトン調べ。そこに『ラリルレロ行』も入れるとグッとデモンズみが増すよ!
なんか最初の名前選択にやたらこだわりが深いので、種族の法則にピッタリそった名前にすると隠しステータス要素として、高い初期値になるんじゃないかとかも噂されてるけど、どーなんかなー……。ありえるけど。
「よろしく、ヴェリル」
「ああ、よろしく。ところで、鉱山の鍵は持ってるか?」
――ギクッ。
ズバリ聞くな!
「えっ、鍵がいるの?」
イグアスがきょとーんとした顔で首を傾げる。
うおおおおっ! めっちゃナイス!
めっちゃナイスしらばっくれ!
無邪気キャラのくせして、いけしゃあしゃあと!
ナイス! ナイースアシスト!!!
心の中ではガッツポーズを決めつつ、
「とーさん、鍵持ってる?」
「あ、何個かはね。大丈夫だよ」
と、適当な鍵を持ってるふうに会話をする。
「そっから人がふつーに出たり入ったりしてっけど?」
セイヴも鉱山の入り口を見ながら言った。こやつもいけしゃあしゃあと……ナイスだぞ!
「中に入ったら鍵がいんの?」
「えー。それって鍵屋さんで買うの?」
「…………」
ノアはただ笑って、喋らないでおくという選択肢を取ったようだ。
「この子達、今日が初めてのプレイなんですよ。僕は少し前からやってましたが」
「あー、なるほどね。装備、初々しいもんな」
「はは……装備も用意できなくて」
さすがにサンダルはもらったブーツに替えたが。
「しかし、鍵が要るってのは、初耳だったな……ムムム、困ったぞい」
腕組みし、うーんと唸るドワーフ。
ちょっとわざとらしい、という目で、セイヴが見ている。イグアス、怖い顔をしないで。
「や、中には入れるよ。ただ、鍵のかかった場所が幾つかあって、その鍵の入手方法をダンジョン内でみんな躍起になって探してんだ」
「幾つか!?」
思わず声が出た。はっとして見たら、イグアスがグルルルって唸ってそうなすごい目で見ていた。ごめんなさい…。
「ギュスターヴ城みたいな、深層エリアがあるんだろうって、最初にこっちを攻略しに来た連中が躍起になって探してるけど、まだ見つからない。これは王都か、別の場所でフラグを立てる必要があるんじゃないかって話でね」
「はぁ、なるほどねえ」
「じゃあ街戻ろーよ、とーさん!」
ぐいぐいとイグアスが僕の髭を引っ張……腕だろそこは!
「早くしなきゃ、先に中に入られちゃう! 一番乗りしたいよー!」
ギューギュー髭を容赦なく引っ張るイグアス。
いてててて。痛くないはずだけど、心理的に痛い。
にしても、あまりに自然な演技が怖いわ。
「ま、待って、イグアス……落ち着こうか……父さんの髭は大事にね……」
末っ子を宥め、なんとか髭引きをやめさせた。
「まあ探してる間に、攻略法が見つかったら出遅れるってことで、誰かの入手待ちでそのへんに張ってるプレイヤーもたくさんいるよ。露店開いて暇潰してるのはそういう連中もいるし」
なるほどね。他人の攻略待ちか……。戦略の一つではあるが、気の長い話でもある。あまり楽しくなさそうだが、こういうのは何を優先とするかだからな。
「ギュスターヴ城の深層開放んときは荒れたからな。前線で攻略し続けてた連中と、他人が見つけた攻略情報を手に入れようとそのへんで張ってた連中の間で衝突があって、PK騒ぎだ。真っ当な攻略組がデスペナ喰らってログアウトしてる間、誰かが開放条件を見つけてさ。どいつもこいつも殺到してまたPK騒ぎ」
「運営は規制をかけたりしなかったのかな?」
「ワーブリの運営? んなことしねえって! ここの運営はマジで神様みたいに、プレイヤー同士の諍いを楽しんでんだから」
ヴェリルがゲラゲラと笑った。
まあ運営側なら作った箱庭は眺めてるだけのほうが楽しいかもしれん。
諍いは好きではないが、人が集まればそうなるわな。現実もゲームも。
「一番頑張って攻略してた連中は、今でも腹立ててると思うぜ。結局、真面目に駆け回ってもバカらしいって、ダンジョンの周囲で情報待ちしてる奴もけっこういる。リアルの仲間同士で二十四時間交代でログインしてまで、誰かが見張ってるなんてパーティーもあった」
「詳しいんですね」
珍しくノアが口を開いた。
「あ、ああ……俺もギュスターヴ深層開放のときは、そっちにいたんだ。PK騒動も何度も見た」
ノアは別に「詳しいんですね」の八文字しか喋ってないのだが、ずっと黙ってた美少年がいきなり口を開いたので、ヴェリルは戸惑ったようだ。
分かるよ。アバターが美形過ぎて、逆にこんなNPCいそうだもん。
これがマジもんの顔だぜ、嘘みたいだろ……?
「すげえキャラメイク上手いな……」
キャラメイクちゃうねん。天然やぞこれ。
「もう少ししたらランフェル王国でミスコン&ミスターコンがあるから、君出たら? なんならエントリーの仕方教えるし。ランフェルまで同行転移するし」
「はぁ……」
全然何も分かってなさそうなノアきゅん。そのままの君でいて。
「いやいや、それってアンタに何の得があんの? コイツが優勝でもしたら推薦者がなんか貰えるとか? そもそもなんでさっきからオレらに色々教えてくれるわけ?」
明らかにうさんくさい人を見る目で、セイヴがヴェリルに尋ねた。ちょっといいな、デモンズ少年とデモンズ兄ちゃん。親戚みたい。
ぽりぽりとヴェリルが頭の後ろを掻く。
「あー、俺はそんなに攻略自体に興味はないんだ。情報集めて、それを売ったりもしてるけど、本業はそこじゃない」
「ほう。なんの職業を?」
僕が尋ねると、いやいや、とヴェリルが苦笑いした。
「現実でブログやってるんです。食えないブロガーってやつっす」
と、デモンズの食えないブロガーくんは、へへ、と笑った。
意味深に登場してきて、売れてないんかい。




