第十一話 オニギール一家、いきなり施しを受ける
~グラム王国・デルテ平原~
岩だらけの国と思われがちなグラム王国だが、王都グラムストンの周囲は草の生い茂る平原が広がっている。
街道を歩き続けると、だんだんと岩だらけになってくるのだが。
「わーっ、すごい! 原っぱひろーい!」
イグアスは子供達の中で唯一のフルダイブ経験者だというのに、まるで初めてみたいにぴょんぴょんと跳び跳ねて喜んでいる。
ダッシュしたり、大きな岩に駆け上がったり、バク宙したり。
せわしない。
子供が男の子ばっかり三人という友人がリアルにいるのだが、「男はマジでめちゃめちゃ動くぞ」と疲れた顔で言っていたのを思い出す。その後、女の子が産まれて、ちょっと成長した頃に会ったのだが、「女の子は大人しい」とデレデレしながら言っていた。
独身の僕に、彼の気持ちが分かる日が来るとは……。
「遠足みたいっ! うわ、めっちゃ草の匂いする!」
尻尾をふりふり、イグアスが元気な柴犬みたいに駆け回る。
元々、活発な子と言われていたというし、たぶん事故に遭う前からこんなかんじで、元気に走り回る小学生だったのだろう。
ゲームの中でも、はしゃいで動くぶんだけ他の人より無駄な動きをしまくり、ごく自然に運動量も多くなって――その積み重ねで、スキルが向上していったんじゃないだろうか?
とにかく動く動く。
「自分だけ鎧来て、靴履いて、悪いとは思わないのかよ?」
竹槍を持ったセイヴが、僕の後ろを歩きながら言った。
僕はドワーフらしく、鉄の斧を肩に担ぐようにして持ち、チェインメイルの上にアルミンアーマーを装備し、背中に石の盾を背負っている。頭には青銅の兜、足は革ブーツ。低レベル装備なりに、それなりといえる。
それなのに子供達の防具ときたら。
頭:無し
服:コットンチュニック
鎧:無し
脚:コットンズボン
足:サンダル
これだ。
武器は、ノアが右手に木刀、左手に鍋蓋をリメイクした盾。
セイヴはほっそい竹槍。
イグアスは無し。
以上である。
クソ親と言われても仕方ない。
「サンダルで戦えるのかな?」
足許を見て、不安そうにノアが言った。
「岩にぶつけたりしても、痛覚は無いから大丈夫だよ。ただ、足装備の性能で、動きに補正が入る。つまり」
僕は髭を撫でながら、ノアとセイヴを見上げ、ニヤッと笑った。
「めっちゃ滑る」
「…………」
「あっ、いたっ、痛くないけど!」
セイヴ無言の竹槍攻撃が、僕の尻たぶに連続ヒット中。
痛くないけど、尖ったものでツンツンされている感覚は、微妙にある。
「めっちゃ滑って、戦うの大丈夫なんですか?」
真面目なノアが真面目に尋ねる。
「たしかに、最初から良い装備をしてると、スムーズに進んでいくことは出来る。でもせっかく初心者なんだから、フルダイブの動きに積極的に慣れるためにも、装備が不便なくらいがいいんだよ」
「へぇ、そうなんですか」
「ホントかよ……?」
「ホント、ホント。自転車だって乗れるようになるまでたくさん転ぶだろう?」
「たしかに。そうですね」
「どこまで信じていーのか分かんねーんだよな……それっぽいこと言うからな、このオッサンは……」
「あっ、つつかないで……!」
「この動きも、槍使う練習の一環になるんだろ?」
「あっ、設定の穴をついてくるとは……!」
お父さんをツンツンしながら、ちょっと楽しそうなセイヴ。
何だかんだいって子供よのう……と思い、ちょっと大げさに身をよじったりコミカルに跳び跳ねてあげる僕。
ククク……父の手のひらの上で転がされているとも知らず……。
「でも……ほんとに、ゲームの中とは思えないですね」
僕とセイヴが父子の交流を深めていると。
木刀を腰に差し、左手に鍋蓋を持ったノアが、風でそよぐ金髪に、不思議そうに触れていた。
「ちゃんと風が吹いてて、髪や服や草が動いて……」
「現実世界の十年で、仮想世界は一世紀ぶん進化したって言われてる。ほんとに僕が子供の頃は、まだこんなふうに現実のように歩くなんて出来なかったんだよ」
子供達と会う前に、僕自身もしっかりと勉強し直してきた知識を披露する。
フフ……先生っぽいかな?
「仮想世界におけるソーシャルネットワーキングサービスの中には、一人寂しく暮らす老人や、寝たきりの病人に、仮想世界の中で他者と触れ合えるようなものもあるからね」
今や学校に行かなくても、世界のどこからでも優秀な家庭教師を選んで雇うことも出来てしまう。
ところが、現実世界のほうでは、まだまだ『学歴』が重視される。
彼らが学校復帰を望むように、『きちんとした』学校に通って、卒業に必要な単位を取る――それが求められているのは何十年も前から変わらないし、結局のところ、就職の有利不利に繋がってしまう。
そこで、現実でどうしても学校に通えない事情がある子供達のための学校を、仮想世界で作り、きちんと教職免許を取った先生を雇って、れっきとした認可校と認めてもらおう! という動きもある。
万葉もそんな活動をしている一人らしい。理解ある若手政治家が中心となっているらしいが、その人を後押しする後援者の数はまだまだ足りないそうだ。
バーチャルがどれだけ進化しようとも、現実と融合化させることに抵抗のある人は多い。
あくまでこれは夢現の世界だと。
でも、現実には出会ったことの無い、ノアや、セイヴや、イグアスと僕はタケトンとして知り合い、こうしてひととき過ごしている。
この時間だって、ちゃんと僕と彼らの現実なんだ。
彼らにとって僕がNPCのドワーフに見えていないことを祈りたいが……。
さて、今日のデルテ平原は、授業一日目に相応しい快晴だ。
そよそよとそよぐ風。
心地良い陽射し。
街道をすれ違う他のプレイヤーやNPC。
「こんちは!」
通りすがる人にいちいち声をかけているイグアス。
人見知りしないとこ、僕によく似ているなぁ……と父親気分のタケトン。
大抵手を振ったり、笑い返してくれるが、たまに無視されている。でも気にせず蝶々を追いかけたりしている。
「かわいー、あれほんとの子供?」
女の子ばっかりのパーティーが、イグアスに手を振り返しながら、くすくすと笑って話している。
「今の子、めっちゃリアルなショタボイスだった」
「選べる声じゃないよね」
「学校の友達と遊んでるんじゃない?」
あっ……そっ、そうか……!!!
少年連れって、女の子ウケがいいのかもしれない……!
「なにデレデレしてんだ、親父」
竹槍がチクチクとケツを突く。
いつでも僕のケツたぶを狙えるように、僕の真後ろがセイヴの定位置になりつつある……。
「え、あれみんな家族なのかな?」
「えー、お父さんとプレイしてんの? 超可愛い」
「うん、ボク達、オニギール一家って言うんだよ!」
「バッ……!」
ずっと前に行ってしまったと思っていたイグアスが、大きな声を上げ、セイヴがベタなリアクションであたふたと慌てる。
獣人族は耳が良いのだ。種族固有スキルというものが、それぞれの種族に存在している。
【〈獣人族〉種族固有スキル】
《鋭敏》……五感(特に嗅覚)が鋭くなる。音や光によるダメージを強く受ける。
こういうのが、全員にいくつか備わっている。
初期から持っているスキルの他、条件付きで習得できる隠しスキルも多数存在している。
加えて、イグアス自身のフルダイブ没入スキルもあいまって、僕らよりずっと五感が優れているはずだ。
それはそれで、弱点もあるんだけど……。
ちなみに、僕でいうと、現在持っている固有スキルはこうだ。
【ドワーフ種族固有スキル】
《大地の加護》……地の精霊から恩恵を受けられる。岩の多い地域での戦闘能力の上昇・回復・バフ効果アップ。レベルが上がるほど強力になる。岩の少ない一部フィールドで能力が低下する。
《岩妖精の誇り》……瀕死になるほど防御力上昇。
《悪食》……食べ物ではないオブジェクトを食べられる。ランダムで微量な回復効果がある。※オブジェクトの味は総じて非常に不味い(タケトン調べ)。
――下二つは、発動する事態にあまり恵まれたくない……。
これに加え、戦闘職専用の固有スキルや、選んだ職業で得られるスキルもあるので、わりと煩雑になってくる。パーティープレイだと味方のスキルも把握しなきゃいけない。
特にデバッファーのセイヴは、仲間の状態管理が大変かもしれない。
「なんか盗賊団っぽい」
「オニギール?」
「おにぎりみたーい」
三人の女の子プレイヤーにはイグアスの言うことはいちいちウケている。
彼女達のセリフの語尾にぜんぶ「w」を付けると分かりやすいと思う。
「バイバーイ!」
イグアスが女の子パーティーにぶんぶんと手を振る。尻尾もぶんぶん。
その愛くるしい小犬っぽさが、女の子たちにはすこぶるウケて、笑いながら「ヤバい可愛い」「バイバイ」「またね」と手を振り返してくれた。
「デモンズの子、顔真っ赤で可愛い~」
外に出て10分も経たないうちに、なりきり家族プレイの洗礼を受けてしまった、顔真っ赤で可愛いセイヴ。
いいなぁ、可愛い少年は犬耳や尻尾を付けたり、顔真っ赤にしただけで可愛いと言われ……。
僕もちょっと可愛い動きとかしてみるか……と追いかけるための蝶々を目で探していると、
「ドワーフの人がお父さんかな?」
「えー、でもなんかお父さんだけ装備良くない?」
「一人だけ課金した?」
「いくらなんでもそれはえげつないでしょ」
こっ……こんな形でバチが当たるとは!
自分だけ先行プレイして装備整えたのは、やはりコスかったか……。
「あのー」
一度去ったと思ってた女の子達が、ぱたぱたと小走りに戻って来る。
「これ、良かったらどうぞ。わたしたち、さっき新しい装備手に入れたから、余ってるんです」
と、金髪ポニテの人間の女の子が、代表して僕に手渡してくれたのは――ブーツだった。
僕が履いている革ブーツよりもしっかりした、革のロングブーツだ。
僕のは足首までだが、膝下まで覆うロングブーツはもちろんそのぶん防御力が上がる。おまけに加工もしっかりしてそう。
「ちょうどわたしたち三人で、三個余ってたから。子供達に装備させてあげてください。これからグラムストンに戻って、処分するのもお金かかっちゃうし」
このゲームの嫌なリアルさ。
中古の装備品は、ほとんどのゲームだと売ってほんのわずかでも換金出来たりするよね。
はい。そこでこのワーブリは――
しません!!!!!
使い古した装備、よほどの物でなければ売れません!!!!!
市場価値が無いものは、むしろ処分するのにお金取られます!!!!!
夢も希望もない、ただ現実がそこにある世界――……それがワーブリ。
「やったー! クツだー!」
「え、えっと、父上……」
ぴょんぴょん跳ねて喜ぶイグアス。女の子達に頭や耳の裏をナデナデしてもらったりしている。
ノアは「どうしよう?」って顔で、僕を見てきた。
ちなみにセイヴは、まだダメージから立ち直れてなくて、顔真っ赤のままだ。
「えーと、俺僕達、サンダルでフルダイブ感覚に慣れないといけないみたいで……」
おおっ、ノアが自ら、ギャルパーティーと会話を試みている!
長男っぽいぞ! 持っているのは鍋の蓋だが。
「へー、初心者?」
「あ、はい。今日が初めてのフルダイブで……」
「ねえねえ、その盾ってさ、お鍋の蓋なの?」
「あ、父上が作ってくれて……」
ひぃ。そんな正直なこと。
「えー、可愛い。お父さんと初プレイなんだ?」
「はぁ……まあ……」
半笑いで言葉を濁すノアだが、なりきりプレイは遵守していた。
美少年は鍋の蓋を持っていても可愛いと言われる。
まあなぁ、僕だって美少女がモンスターの生首持ってても、「えげつない可愛い!」とか言ってしまうかもしれない。
そして僕は子供達にサンダルを履かせ、鍋蓋やら竹槍やらを持たせている父親……。
「ちょっと盾は持ってないけど、要らないポーションとかあげるね」
「じゃ、あたしお小遣いあげる」
「バフアイテム要る?」
「やったー! 要る要る!」
「え、いや、あの」
イグアスは喜び平原駆け回り……ノアは困りきって僕を見た。
いや、こんなの答えは一つだろう。
「みんな、きちんとお礼を言うんだぞ」
――キリッ。
父親ヅラしつつ、貰えるモンは貰っておく。
子供たちに粗末な恰好をさせていたばかりに、始まって10分も経たないうちに施しを受けてしまった我々オニギール一家だった。




