31話 筆記具、筆記具
わ〜い。今日から学校だ!
前世の記憶があるから、もしかしたらむっちゃ頭いい人認定されちゃうんじゃない?
なんて思ってました、私。
まさか、筆記用具全く使わないとか思ってなかったよ。
「学校って読み書きとか習うんじゃないの?」
ユヌカスに疑問をぶつけると
「そんなの学校で習ってどうするんだよ。自宅でやるに決まってるだろ?なんのために家庭教師がいるんだよ」
って返ってきたでござる。
貴族の生態、イミフでござる。
「じゃあ、学校に行くのはなんで?」
結構な人数が学校に通っていると思うんだよね。
「生き抜く方法を知るためだろ?」
この国って平和だなあ、って思ってたんだけど生きるの大変だったっけ?
ピンとこない。
「まあ、ラメルはすぐ卒業しちゃうと思うけどな」
ディニテから貰った招待状の通り、泳法の教室に入ると先生らしき人がこちらに気がついた。
「珍しいですな。泳法の認定を終えてらっしゃる方が来られるのは」
まあ、そうだよね。ユヌカスは私より5歳も上だもん。当然終わってるよね。
「母上が推薦する人物がどの程度なのか、見に来たのだ」
という建前で、ユヌカスは私について来てるんだよ。
「ディニテ様の推薦、ですか」
先生の目がキラリと輝くのと、教室の中が騒めくのはほぼ同時だった。
ディニテの推薦だと何かあるの?
「では、実技に入る前に着替えをお願いします」
手渡された服はどうやらドライモメント素材の物らしい。みんなお揃いのところをみると、体操服みたいな感じなのかもしれないね。
当然、男女で着替える部屋は違うから、一旦ユヌカスとは別々だ。
そうすると、こういうこともあるってことだね。
目の前を集団で塞いでいる女子グループ。
「ディニテ様の推薦があっても、ユヌカス様にまで認めてもらえるなんて思わないことね!」
「そんな変わった髪色の方が同じ場所に潜るとか、いやですわ」
口々に飛んでくる口撃。
要約するとユヌカスってモテる〜、このこの〜ってことらしい。
うん、前世の私なら泣いてるね。
が、今世の私は泣かないよ。
いや、ほら実技が始まったらあの子達全然ついて来れないの。
スタートのところで緩やかに泳いでいる。
何か妨害行為とかしたかったんだと思うんだけど、あれでは何もやれまい。
「きっと育ちのいいお嬢様なんでしょうね」
気がぬけた思いで、近くにいた子に同意を求める。
同じ場所で着替えてた子だ。
「ラメルさんも充分お嬢様だと思いますけど」
遠慮がちに返答してくれたこの子は、イーズちゃんというらしい。
「何かあったのか?」
近くにいたユヌカスが会話に入ってきた。
「ラメルさんに、ユヌカス様に近づかないよう進言してらしたんですよ」
あの辺の人達が、とイーズが言うとユヌカスの眉間にシワが寄った。
けど、自分でなんとかできるから、ユヌカスがご機嫌ナナメになる必要はないんだよ。
「にしても、ユヌカス格好いいね」
前に見た時のレオタードっぽい服は笑えたけど、今日のは格好いい。
「そ、そうか?スピードを重視するともう少し締め付ける服の方がいいのだが、海に出る可能性がある時は防御重視になるんだ」
ユヌカスの顔にパッと花が咲いて、ホッとする。
「そろそろかな?」
ユヌカスの言葉通り、急に水が重くなった。
「海の水が混じるから、違和感があるだろう?」
って。
海水になると身体が浮くと思ってたんだけど、水が身体にまとわりついて泳ぎにくくなった。薄っすらと魔力で身体を覆えば、問題なくなったけど。
「ラメルさんはすごいですね。私はこの水の味が……慣れるまで時間がかかりそうです」
イーズちゃんはそこで止まった。
「さすがディニテ様の推薦ですね。高貴なお嬢さんはまず、兵士の見回りのスピードで泳ぐところでつまずきます」
泳いで寄ってきたのは、先生だ。
「そして、日常的に街中を泳ぐことに慣れている下級貴族や平民の子は、この海水と淡水の混ざるエリアで一旦止まるのですよ」
ふむふむ。ということは、最低でも3日間くらいの授業を受けるってことかな?
「ラメルさんは大丈夫のようですが、海に出られますかな?」
「出たいです」
どのみち、海で泳げるようにならないと次の教室にはいけないのだし、さっさと片付けたい。
神殿の仕事をガーディア達に任せっぱなしなのだ。
「初日から海へ出る生徒がいると想定しておりませんでしたから、ユヌカス様がいらしてくださってようございました」
先生の後をついて海に出ると、広くて深い。
今まで通路のような狭い範囲しか泳いで来なかったから、壮大だなとか美しいなとか思うより怖くなった。
プールから急に深海に出た感じだ。
「どうかしたかい」
ユヌカスの手を少し強く握っていたらしい。
私、1人じゃなかったね。
「ユヌカスがいてよかったな、と思って」
みるみるユヌカスが赤くなった。
「ユヌカス様、体温を上げると危険です!」
こちらの様子を伺っていた先生が叫んだ。
と、向こうから大きな魚影が見えた。
「ちっ、サメーラか!」
すごい速さでこちらに向かってきたのは、人喰い魔魚のサメーラだ。
ユヌカスは背中の剣をさっと引き抜くと、サメーラの頭を一振りで切り離した。
その間、1秒も経ってない。
「こんなことがあると、付いてきて正解だったと思うな」
ユヌカス、格好いい〜!
なんていうと思ったか?
「ユヌカス様が体温を上げなければ、きっとサメーラには遭遇しなかったでしょうね」
先生の乾いた笑いで、ユヌカスが頭をかいた。
「一振りでサメーラを倒すなんて、俺にしかできないからな」
って、会話が噛み合ってなさすぎて泣けるよね、先生。




