夜の風景 ~再びの海辺~
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海辺の町はひと気がない。街灯もまばらな路地は闇の支配下にあった。
日中はずいぶんと春めいてきたが、まだまだ夜は冷える。要はコンビニで買ったペットボトルのホットティーで暖を取りながら国道を渡った。
満月だというのに、どうしたことか今夜はまだ死せる者を見かけていない。
コンクリートの階段を降りて砂浜を歩きだすと、車の走行音は波音にかき消された。
対岸に点々と灯る街の明かりを眺めながら、波打ち際を辿り、浜辺の端までやってきた。切り立つ崖を見上げれば、古めかしい洋館が建っている。洋館の海側は庭になっているらしく、腰の高さの柵が張り巡らされているが、そこに、黒いミニドレスの少女の姿はない。
「蘭子ー!」
口元に両手を添えて呼びかけてみるが、姿を現すでもなければ、返事もない。
要は新年度から中学校に戻ることになった。通い続けられるかはわからない。けれども、もしまた通うのがつらくなったら帰ってくればいいと祖母が言ってくれたから気が楽だ。離れも要のためにあのままにしておくと約束してくれた。
ぼくは生きていかなければならない。このシガンで。
この町を去る前に蘭子にひと目会えたらと思ったのだが、狩りに出ているのかもしれない。
対岸の明かりに手を伸ばす。あそこが要の帰る場所だ。
ふとオゾン臭を感じ、辺りを見回したが生ける者も死せる者もいない。要は砂を力強く踏みしめながら海から遠ざかっていった。
♢
今宵は満月。
ランコが狩りに出ようと庭に出たところで呼び声が聞こえた。
「蘭子ー!」
柵の上に立ち崖下を見下ろすと、砂浜に立つ要が見えた。
ランコは岸壁を蹴りながら駆け下り、要の前に立った。
「やあ、要。狩りの夜に死せる者の前に現れるとはいい度胸だな」
軽口を叩いてみたが、要はランコと視線を合わせることなく去っていった。
「……ふん。なるほどな。大人になりやがって」
ランコは対岸の明かりに手を伸ばす。兄の残り香を捕まえた気がした。
「なにしてるの、ランコ?」
隣に立ったサキがランコを真似て海に向かって手を伸ばした。腕時計の文字盤が月明りを反射してきらりと光る。颯からの誕生日プレゼントだ。
「綺麗な満月ねえ」
月明りで波頭が白く煌めいている。
「なにしてるんだ、サキ。手を出すな。ローブで覆え」
「はいはい」
サキは素直に闇色のローブの下に腕を引っ込めた。
揃いのローブに身を包んだ死せる者たちは狩場へと走った。いつものコンビニ前には既に多くの死せる者が集まっていた。
「よし、行くか。サキ」
「お先に、ランコ」
「ちっ。調子に乗りやがって」
二つの影が、獣と見紛う俊敏さで闇夜を走り抜ける。
あとには、夜の静寂に海鳴りだけがいつまでも響いていた。
(了)




