おっさん、ようやく都市に着く
夜が明けて、馬車が軽快に街道を走る。
幸いと言って良いのか、魔物や魔獣に出会うことなく順調に進み……。
この世界に来て、ようやく人の住む都市が見えてきた。
「ふぁ……すごいです!」
「ああ、そうだな」
視界の先には、大きな城壁が見える。
あれが、目的地である辺境都市レガリアという場所だろう。
「あんな大きなの初めて見ました!」
「まあ、俺もだな」
馬車に乗ってる間、ソラはずっと楽しそうだ。
村から一歩も出たことがないので、見たことない景色や物が珍しいのだろう。
かくゆう俺も、大人気なくワクワクしてたっけ。
「ソーマ殿」
「ええ、わかっています。ソラ、俺の側を離れるなよ?」
「う、うん!」
相談の結果、ソラには都市での危険性を教えておいた。
獣人の立場や、奴隷について……何も知らないで危険な目に合うよりはマシだ。
ただ、できればのびのびと過ごして欲しいとは思っている。
それを守るのも、大人……お父さんの役目だろう。
そして、大きな門の近くに到着する。
改めて近くで見ると、その大きさは圧巻の一言だ。
高さ十メートルを超える壁で、中々お目にかかれるものじゃない。
「すごいですね……この壁が都市全体を囲んでいると……」
「まあ、空から襲ってくる魔物もいるのでな。ハーピーやワイバーン、それこそドラゴンなんかもいる」
「ああ、そうですよね」
すると、先行していたミレーユさんが戻ってくる。
彼女には、とある確認をしてもらう必要があった。
「クレア、ドラゴン出現の報告は来てなさそうです。門の兵士達は普段通りですし、都市の中も平穏そのものでしたよ」
「なるほど。それでは、ドラゴンが出現したこと自体が伝わっていないと思っていいな。ソラの話からすると、現れてから一日も経ってないと聞く。おそらく、助けを呼ぶか迷っている間にソーマ殿が倒してしまったのだろう」
「ええ、その可能性が高いです」
そう、これが確認してもらったことだ。
これ次第で、俺の動きというか扱いが変わってくる。
「そして、ソーマ殿は村人に黙っていてくれるように頼んだと?」
「ええ、そうですね」
「命の恩人の頼みだし、しばらくは黙っていてくれるだろう。ただ。そのうちドラゴンが現れたことや、誰かが倒したなどの噂は出ると思うが……誰かと言う点は、ある程度誤魔化せるだろう」
「まあ、仕方ないですよね。ただ、知られるにしても少し時間が欲しいです」
まだ、この世界のことを知らなさすぎる。
ソラのこともあるし、その状態で騒動になるのは困る。
「ああ、わかってる。というわけで、ここからは私の指示に従って欲しい……こればかりは、私を信用してくれと言うしかないが」
「大丈夫ですよ、これでも人を見る目はあるつもりですから」
「そ、そうか……」
「ふふ、照れてますね?」
「ぐぐ……そ、それより、ギルドに報告をしておいてくれ」
「はいはい、わかりましたよ」
ミレーユさんが走り去った後、馬車が門へと近づいていく。
すると、ソラが俺の服の端を掴む。
その顔はさっきまでと違い、恐怖に染まっている。
おそらく、人がたくさんいる都市に入るのが怖いのだろう。
「お、お父さん……」
「平気だ。最悪、何かあれば出ていけば良い」
「う、うん」
「安心して良い。私がそんなことはさせない」
「心強いですね」
馬車が門に着くと、兵士達が駆け寄ってくる。
ちなみに俺たちは、迷宮都市に出稼ぎにこようとして迷子になっていた設定だ。
「こんにちは。ミレーユさんから聞きましたが、そちらが出稼ぎに来て道に迷っていた方ですね?」
「ああ、そうだ。代金は私が支払うので頼む」
「わかりました。それでは、料金をお願いします」
「ああ、これで頼む」
クレアさんが、懐から硬貨を数枚手渡す。
確か事前に説明は受けた。
上から白銀貨、金貨、銀貨、鋼貨、銅貨、鉄貨、石貨の7種類。
銀貨数枚あれば、平民四人家族が生活できるとか。
ということは、銀貨一枚は日本円にして十万くらいの価値があるってことかな。
そして十進数ということを考えれば、その他の価値も大体わかる。
「はい、確かに。ようこそ、迷宮都市レガリアへ。我々兵士がいますが、基本的には自己責任になりますのでお気をつけて」
「ええ、わかりました」
どうやら、この世界には迷宮……いわゆるダンジョンというものがあるらしい。
ここは迷宮を中心に作れられた都市で、冒険者や商人達が多い都市だとか。
いざこざもあるので、ある程度は自分の身は自分で守る必要があると。
何はともあれ、ようやく俺は人の住む場所に足を踏み入れるのだった。




