おっさん、弟子を取る?
その後、泉に浸かり、汚れを落としていく。
「冷たいが気持ちいいな。それに、めちゃくちゃ綺麗だし」
辺りは緑に覆われ、空には星が出てきて……いっそ神秘的ですらある。
これで、魔物でも現れなければの話だが。
「……異世界か……」
よく考えれば、こうして一人になるのはこっちに来て以来か。
ほんと、どうするかね?
「まずは良き人に出会えたことを喜ぶか」
これでも、人を見る目はあるつもりだ。
客商売が長かったし、店を経営する者として交渉もしてきた。
それこそ、アブナイ橋を渡ったのも一度や二度ではない。
「まずは、ソラのことだな。それが済んでから、自分のことを考えるとしよう」
幸いにして、料理なら何処にいてもできる職業だ。
幸い魔物も出ることなく、気持ちよく泉に浸かる事が出来た。
そしてタオルで体を拭いたら、急いで森を出る。
すると、すでに火が焚かれ、近くにはテントも張ってあった。
「お父さん!」
「おっと、どうした?」
飛び込んできたソラを受け止めると、頭をグリグリされる。
「ふふ、帰ってくるか心配だったのだろう」
「ああ、なるほど。大丈夫だ、魔物も出なかったしな」
「そういう意味ではないと思うが……」
「はい?」
「いや、良い。ミレーユ、まずはソーマ殿の髪を乾かしてやってくれ」
「はい、わかりました。ソーマさん、失礼します——ドライ」
次の瞬間暖かい風が吹き、俺の髪があっという間に乾いていく。
「えっ?」
「魔石にはドライの魔法が込めてある。それを使って、お主の髪を乾かしたのだ」
「なるほど……それで、三人とも泉から帰ってきたときに乾いていたのか」
いわゆる、ドライヤーのようなものだ。
しかも魔石……なるほど、異世界ならではって感じだ。
「さて……魔石だが、先ほども言ったが魔法を込められる。このよう生活に便利なので、魔物を倒すことは大事なのだ。その他の詳しいことは……」
「ええ、わかってます。まずは、食事にしましょう」
「ふふ、そうしてくれると助かる。野菜やフライパンなどはあるから自由に使ってくれ」
「わかりました。では、作っていきますね。お二人は、のんびりしててください」
「私は明日の用意をしてますね。クレアは適当にしててください」
「適当って……じゃあ、作るのを見てて良いか?」
「ええ、構いませんよ」
すると、ソラが俺の服を掴む。
「お、お父さん! わたしもお手伝いできるよ!」
「ん? そうなのか?」
「え、えっと……雑用で下処理とかさせられてたから」
「そうか……じゃあ、手伝ってくれるか?」
「うんっ!」
迷ったが、ソラの自己肯定感につながると思い手伝わせることにする。
「まずは、野菜を切ってくれるか? 人参、玉ねぎ……後はキノコ類だな」
「が、頑張る」
クレアさん達が持っていたテーブルの上で、ソラが包丁とまな板を使って作業していく。
その手つきは慣れたもので、中々堂に入っている……それを喜ぶわけにはいかないが。
「さて、俺はスープを作るか。そういえば、熱湯とかってありますか?」
「ああ、使うと思ってすでに温めてある。何に使うのだ?」
「それをイノブタの骨にかけるんです」
「なに?」
「煮る前に熱湯かけると、いい出汁が出るんですよ」
「ほう? なるほど、料理人の知恵ってやつだな」
「そんな大層なことじゃないですけどね」
会話をしつつも、骨に熱湯をかけていく。
すると、隙間に挟まった血が流れていく。
これが雑味となるので、なるべく取った方がいい。
「そしたら、この骨を水から煮ます」
「なに? お湯をかけたのに、水から煮るのか?」
「ええ、そっちの方が美味しくなるんですよ」
小さな銅なべに魔法で水を入れて、そこに骨を入れていく。
「お父さん! 切れました!」
「おっ、えらいぞ。じゃあ、そのまま鍋に入れてくれ」
「うんっ!」
「野菜も水からなのか?」
「ええ。基本的に、土から生えた野菜は水から煮た方がいいんです」
むろん、異世界だから違うかもしれないが……まあ、見た目は一緒だし。
というか、同じ食材だし呼び方も一緒なのか……よくわからん。
「ふーむ、初耳だな」
「わ、わたしもです。お父さんすごい!」
「いやいや、俺は習っただけだし。それこそ、先人の知恵ってやつだよ」
それを火にかければ、あとは沸騰するのを待ってアク抜きをするだけだ。
肉を焼くのは、まだ早そうだ。
「ふふ、祖先に感謝という考え方か……嫌いじゃない」
「まあ、それに近いかと。それより、パンとかはありますか? もしくは、お米とか……」
「コメはないが、パンならあるぞ。あとで、切るとしよう」
「わかりました」
ほっ、どうやらパンはあるらしい。
そして、米はない……だが、知らないと言われてなくて良かった。
ソラが、一生懸命にアク抜きをしているのを眺めていると……。
「それにしても、ソーマ殿は強いな」
「いえ、たまたまドラゴンを倒したからでしょう」
「いや、もちろんそうなのだが……あのオーガを一刀両断した時の太刀筋は、それは見事なものだった。異世界では、剣を習っていたとか?」
「ええ、そうですね。俺の世界には五行の形という剣術がありまして……それを二十年くらいは続けてました」
俺を育てたおじさんは、剣道の達人でもあった。
精神を鍛えるという名目で、よくボコボコにされたっけなぁ。
「に、二十年……私がよちよち歩きの頃からか。ちなみに……それは教えて頂くことは可能だろうか?」
「はい?」
「い、いや! すまない! そうだな、剣の技は秘伝とも言う……そんな大事なものを、見ず知らずの私に教えてくれるわけ……」
「別にいいですけど」
「わかってる、私が無茶な頼みを……へっ?」
すると、クレアさんがポカンとした表情を浮かべる。
うむ、美人さんはどんな顔でも美人さんなのだな。
「い、良いのか!? しかも、私は女なのに……」
「ええ、俺でよければ。別に、秘伝でもないので。それに女性とか男性とか関係ありません」
そもそも、前の世界では誰でも習うことはできたし。
いや、おじさん直伝の技だけは特別だけど。
すると、クレアさんが俺の両手を握る。
「あ、ありがとう! ソーマ殿!」
「わ、わかりましたから!」
「わわっ!? す、すまぬ!」
慌てて、手を離す。
会って間もないが、どうやらおっちょこちょいな女性らしい。
「コホン……まあ、街に着いたら詳しい話をしましょう」
「ソーマ殿、感謝する。これで、私にも師匠が……ふふ」
師匠……いや、別に良いけど。
おっさんは異世界にて女性騎士の弟子を取る……なんぞや?




