第77話 おっさんよりも正直者
そろそろ店じまいをしようかという矢先、3つの影がヴォルフを覆った。
眼帯で隠れた目と反対の目で捉える。
屈強な男が3人。
上着の前を開け、薄い布地で実に涼しそうなのだが、腰に剣を帯びていた。
へへへ……醜い笑みを浮かべながら、商人ヴォルフを威嚇する。
「おい、おっさん。誰に断って、こんなところで商売してるんだ」
「ここは俺たちの縄張りだ」
「商売したかったら、ほら……出すもんだしな」
ちょいちょいと指を動かし、金を要求する。
誰に断るも、ここは公共の場だ。
縄張りと言い張るが、往来は国の管轄下にある。
こんな柄の悪そうな男たちのものでは、絶対にない。
確かにヴォルフも許可をとって商売をやっているわけではない。
だが、大通りにはヴォルフ以外にも茣蓙を敷いて商売をしている商人がたくさんいる。それをさしおいてヴォルフだけに絡んできたことが納得いかなかった。
そもそもそんなルールがあるなら、商売を始める前に注意するものであって、こっちの財布の中身が膨れてからいうものではない。
つまり、この男たちはヴォルフが商品を売り切るのを待っていたのである。
こういう輩はどこの街にいってもいる。
つい深くため息を吐いてしまった。
「なんだ、てめぇ!」
「その態度なんだ!」
「俺たちに逆らうってのかよ」
大きな声は近くの広場まで聞こえていた。
だが、誰も咎めようとしない。
近くにいた商人も、哀れな表情を向けるだけだった。
こう見えて、この男たちは割と強い。
DかEクラス相当の力は持っているだろう。
一般人が相手するにはきつい相手だ。
けれど、ヴォルフの敵ではない。
少なくとも、彼の強さがわからない程度には愚かなのだ。
横でミケは大きな欠伸をした。
めんどくさそうに後ろ足で耳の裏を掻いている。
主人がピンチなのに薄情なヤツだ。
しかし、ヴォルフは抗議する気にもならない。
圧倒的に主人の方が強いからだ。
男たちをのすのは簡単なことだろう。
問題はどうやって目立たず、穏便に事態を乗り切るかだった。
変装は完璧(と本人は自負しているだけだが)。
大ごとになって、目立つのは遠慮したい。
先ほどまで往来のど真ん中で声を張り上げ、薬を売りさばいていたことを忘れているおっさんは思案する。
すると、突然男たちの背後から声が聞こえた。
「あの……すいません。その方が困ってるので、もうやめてあげてください」
可愛らしい声に、一同は思わず振り向いた。
立っていたのは少女だった。
陽の光を浴びたことがないのではないかと思うほどの色白の肌。
小柄で細く、少し力を入れるだけで積み木のように崩れてしまう儚さを感じる。
対属性の効果が入った白い僧服にすっぽりと身を包み、フードの奥に見える美しい金色の瞳は、やや揺らいでいた。
口元も楚々として、この上もなく綺麗な少女なのだが、一応冒険者でもあるらしい。
手には長柄のライトアックスを持ち、胸の前には赤いタリスマンが輝いている。
服装や装備からして【治療師】といったところだろうか。
「なんだ? お嬢ちゃんは?」
「俺らにケチをつけるってのか?」
「別にそういうわけでは……。ただその方が困っているようなので」
「こいつはな。俺たちの縄張りで勝手に商売してたんだ。俺たちはそれをわざわざ注意してやってんだよ!」
「まあ、そうなんですか。……あのダメだと思います。勝手に商売しちゃ」
少女はあっさり男たちの言い分を信じ込んでしまった。
ヴォルフの方に顔を向け、男たちより何千倍優しく注意する。
こつん、と軽く拳骨で弾かれたような愛らしさすら感じた
お、おう……生返事しか返すことができない。
横のミケも呆気に取られ、『ご主人以上のお人好しにゃ』と呟いた。
「嬢ちゃん、いいこというじゃねぇか」
「そうだ。とっとと出すもんだしな」
思わぬ援護射撃に男たちは図に乗る。
「カーネ」「だーせ」の大合唱が始まった。
再びヴォルフたちに視線が集中する。
【剣狼】は眉間を揉んだ。
ますます暴れにくい状況だ。
いっそ金を握らせて追い払いたいのだが、それではますますこいつらを調子に乗らせることになる。
そうやって悩んでいると、また少女が口を開いた。
「あの……。そういうのはよくないと思います。もしお金が必要ならこれで――」
少女は懐に手を入れ、財布を取り出す。
1枚の金貨を摘んだ。
男たちは「おお!!」と色めき立つ。
「(おお! ちょ! それはダメだ!)」
ヴォルフは慌てる。
仕方なく、ローブの下に隠している剣の柄に手をかけた。
「きさまらぁぁあああああああ!! アローラ様に触れるな!!」
気勢が空から飛んでくる。
空中で鞘から剣を抜くと、上段から振り下ろした。
それは明らかに威嚇だったが、ビリビリとした剣圧は空気を震わせた。
男たちは三方に散り、闖入者を睨む。
「何もんだ、てめぇ!!」
目を引いたのは、背中に担いだ大きな盾だった。
分厚くそれでいて、広い。
持ち主が割と小柄なため、さらに巨大に見える。
固い地盤に突き立てれば、砲弾ぐらいなら防げるかもしれない。
身体よりもややサイズの大きい鉄製の鎧に身を包み、唯一露出している顔は、まだ幼さが残る青年だった。
柔らかな金髪に、訓練焼けと思われる焦げ茶色の肌。
丸く純真な青い眼は、怒りに震えている。
いわゆる【盾騎士】と呼ばれる職業の冒険者だ。
だが、その可能性をヴォルフはすぐに否定した。
盾に刻まれた意匠を見て、意見を変える。
「ご主人、あれ見ろ」
ミケも気付いたらしい。
ヴォルフも軽く顎を振った。
青年が持つ盾には、ラムニラ教の象徴が描かれていたのだ。
少なくともただの旅行者というわけではないらしい。
つと少女の方にも目をやる。
最初は気付かなかったが、首にかけたタリスマンと一緒に、同じくラムニラ教の象徴も輝いていた。
「リック……。やめてください。この人たちは――」
「この商人を騙して、お金を取ろうとしているだけです」
「え……?」
「他にも商人がいるでしょう。場代が必要なら、他の商人にも声をかけるはずです。こいつらは、この商人の稼ぎに目が眩んだただのゴロツキです」
やっと理解者が現れて、ヴォルフはホッとする。
会話からしてリックという青年は、アローラという少女の護衛なのだろう。
対象を背にしながら、じりじりと後退を始めている。
「てめぇ……。あともうちょっとだったのによ」
男の1人が舌打ちする。
その言葉にアローラはショックを受けていた。
余程、純粋な娘なのだろう。
「待て。俺たちはあんたらと揉めるつもりはない」
「え? ダメです、リック! あの人を助けてあげてください」
「し、しかし……。あまり厄介事に首を突っ込むのは」
「今さらかまととぶっても遅いんだよ!」
「もういい……。みんな、はいじまおうぜ」
「そうだ。向こうの方が先に剣を抜いたんだからな」
男たちも剣を抜く。
ギラリと光る刃を見て、野次馬たちは千々に散った。
さらに遠くの方から眺める。
周りは広くなったが、路地や裏通りにも人が溢れ、自然と退路がふさがれた。
「ちっ!」
リックもまた舌打ちする。
もはや戦う以外に道はない。
仕掛けたのは、男の方だった。
たっ、と地を蹴ると、一気に距離を詰める。
対しリックは受ける構えだ。
背中の大盾を振り回し、前面に展開する。
すると接敵してきた男の剣を受け止めた。
それだけに留まらない。
そのまま思いっきり男の身体ごと跳ね上げる。
まるで猛牛の突進を全身で受け止めたような衝撃に、吹き飛ばされた。
踏み固められた土の地面に叩きつけられる。
「「おお……」」
思わずといった様子で、野次馬から歓声が上がった。
ヴォルフも感心していた。
大きな盾を振り回す膂力も凄いが、男の力を利用し、タイミング良く押し出した技術もなかなかのものだ。
ヴォルフが持つ【パリィ】のスキルに似ているが、おそらく【盾騎士】のスキルの1つなのだろう。
ようやくリックの能力の高さに気付いた男たちは、慎重になった。
若い【盾騎士】はなかなかやるが、こうなると勝負はわからない。
ヴォルフの見立てでは、リックの実力はCクラス相当だ。
対し、残った2人はいずれもD……。
クラスこそ上だが、複数が相手となるとわからない。
それに相手は魔獣ではなく、人間だ。
どんな隠し剣を持っているかわからなかった。
ヴォルフが戦力を計る中、男たちは動く。
まず1人が接敵し、剣を振り上げた。
虚剣だ。
リックが盾を構えた瞬間、すぐに剣を退き、側面へと回り込む。
【盾騎士】は気付いていた。
男の足音を聞いて、反応する。
振り向いた瞬間、男に何かを投げつけられた。
煙が吹き上がる。
煙幕だ。
視界が完全に遮られる。
先ほどと同じく耳を頼りに足音を辿った。
が、音は2つ聞こえる。
その情報が一瞬、リックの判断を鈍らせた。
ともかく目の前の男を盾で吹き飛ばす。
返す盾で後背をつく男に対応したが、身体がそこまで動かなかった。
「う!!」
やられる、と思った瞬間、煙幕の奥から悲鳴が上がる。
現れた男は、前屈みになり悶絶していた。
何があったかわからない。
だが、リックは1歩踏み出す。
盾をカウンター気味に突き出した。
男は諸に食らう。
鼻先が曲がり、血を吹き出しながら後ろに倒れた。
やがて煙幕が晴れる。
周囲には男が3人意識を失い、倒れていた。
リックがほーと息を吐き出す。
それを見ながら、ヴォルフはそっと手をローブの中に隠す。
手には、薬の蓋につかう軟木の栓が数個握られていた。
『さすがご主人さまにゃ』
静かにミケは賞賛を送る。
最後の1人の意識を刈ったのは、ヴォルフだ。
薬の蓋を指で打ち出し、金的に当てた。
リックが切る前には、男は戦意を喪失していたのである。
確認していたのはミケだけだった。
アローラも、当事者であったリックすら、その事に気付いていない。
助けた商人が、【剣狼】といわれた男であることを、まだこの時2人は知らなかった。
ミケ「あっちでなきゃ。見逃しちゃうね(キリッ)」









