第49話 勇者復活!
『北の奇跡篇』最終回です。
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
2018/03/07 15:23
少しブラッシュアップが足りないと感じたので、全体的に修正しました。
「レミニア!!」
ハシリーの悲鳴が草原に広がった。
声を聞き、遠くの野営地がにわかに騒がしくなる。
ハシリーはそっとレミニアを起こした。
意識はあるが、呼吸が浅い。
こんなに苦しそうな【大勇者】を見るのは、初めてだ。
「大丈夫よ。そんなに大げさなことじゃないわ」
強がるのだが、とてもそうには見えない。
そもそもレミニアの腕からボトボトと大量の血液が滴っていた。
「お前、腕を!」
ルーハスは叫んだ。
レミニアの右腕がごっそりとなくなっている。
魔獣に食われたかのように肉の端が爛れ、綺麗に残った皮の一部が肩口からぶら下がっていた。
「ハシリー、お願いがあるわ」
「ええ。わかってます。あまり体力を使わないで下さい。今、回復魔法をかけますから」
ハシリーもAクラスの魔導士。
専門の治療師ほどではないが、回復魔法の心得はある。
だが、腕を完全再生となると難しい。せいぜい止血する程度だ。
人の再生が出来るレミニアも勿論使えるが、魔法の使用には極度の集中が必要になる。今のままではまともに魔法を使うことはできないだろう。
レミニアは残った腕で、ハシリーの手を掴む。
手の平にはすでにべっとりと血が付いていた。
「そんなことはいいわよ」
「何をいってるんです。このままでは、あなたは」
「お願い約束をして……。パパにはこのことを黙ってて」
発言を聞いた瞬間、ハシリーは気付いた。
何故、レミニア・ミッドレスが父ヴォルフを同行させなかったか。
彼女には最初からこうなるとわかっていたのだろう。
自分が苦しむ姿を見れば、父は心配する。
だから、ヴォルフを連れてこなかったのだ。
レミニアは馬鹿が付くぐらい父親のことを溺愛している。
同行し、一緒に任務を果たすことができれば、どれほど幸せだっただろう。
しかし、その幸福を蹴ってまで、北にやってきた。
決して生半可な気持ちで、【大勇者】はこの地にきたのではないのだ。
レミニアは残った片方の手でポケットを漁る。
1本の瓶を取り出すと、口で蓋を開けた。
一気に喉へと流し込む。
にっが! と絶叫した。
口の辺りを乱暴に拭いながら、顔を歪める。
「自分で作っておいてなんだけど、苦いわね、これ。……パパ、こんなの飲んでたのかしら。もっと甘くするよう改良しないと」
言い終える頃には、レミニアの失った手は元通りになっていた。
キュッと音を立てて、握り込む。
「まあ、悪くないわね」
ニヤリと笑う。
当然、一同は驚いていた。
失った肉体をたった1本の薬の瓶で治したのだ。
底の見えないレミニアの才能に、さしもの【勇者】もお手上げだった。
「まったく……。貴様、どんだけ化け物なんだ」
『同意だね。ご主人様も相当強いが、お嬢ちゃんは強すぎて、上限値がまるで見えねぇ』
「失礼ね。女の子に化け物はないでしょ!」
勢いのまま立ち上がる。
だが、再びよろめいた。
病み上がりの上司をハシリーが受け止める。
「あまり無理はしないでください」
「ご、ごめん。さすがに魔力を使い果たしたみたい……」
赤い髪がハシリーの胸に擦り寄る。
時折、レミニアがしてくる甘える仕草だ。
【大勇者】といえど、彼女はまだ15歳。
まだ誰かに甘えたい年頃らしい。
よしよし、とその赤い髪を撫でてやる。
その姿は母と娘のようだった。
◇◇◇◇◇
最初に異変に気付いたのは、ミケだった。
鼻をヒクヒクと動かす。
続いて耳。
そして異常に気付いた。
野営地から人の気配が消えた。
先ほど、ハシリーの悲鳴を聞いて騒然としていたはずなのに、今は人の声も匂いすらしてこない。
真っ先に疑ったのは魔獣の襲撃だ。
だが、悲鳴や剣戟の音も確認できなかった。
ミケは幻獣化する。
いつも白くふわふわな体毛を、剣のように逆立てた。
ルーハスもルネットを寝かせ、立ち上がる。
気配を読み、ミケに続いて事態の深刻さを悟った。
「何か陣営の方がおかしい……」
「おかしいって、何が――」
『おい! 何か来んぞ!!』
ハシリーの質問は、『にゃああああ!!』というミケの雄叫びにかき消された。
異色の瞳は、近づいてくるものを視界に捉える。
それは人でもなければ、魔獣でもない。
強いて言うなら、“影”だった。
ゆらゆらと揺れながら、無音でこちらに近づいてくる。
形に決まったものはない。
様々な“影”が、一同を取り囲むようにやってくる。
不定形という意味では、魔獣スライムと似ていた。
だが、底知れぬ禍々しさという意味で、次元が違う。
(こいつはヤバイ……)
生物とも無機物とも判断つかぬ物体。
さしもの伝説の幻獣【雷王】は恐れおののく。
もちろん、初めて見る相手だった。
「なりそこないか……」
竦む幻獣の横で、冷静に剣を構えたのはルーハスだった。
『なりそこない?』
「正式な名称はない。ただ俺たちはそう呼んでいる。先の魔獣戦線でも確認された未知の生物だ」
「あれが、報告にあった……」
ハシリーは記憶にある魔獣戦線のレポートを紐解く。
確かに報告にはあった。
だが、その存在を説明できる記述は全くない。
1つだけ確かなのは、なりそこないが人も魔獣も関係なく、捕食すること。しかも、その一切を無音で行えるという点だ。
おそらく野営地から人の気配が消えたのも、なりそこないの仕業だろう。
野営地には500人以上の連合軍の兵士が駐屯していた。
そのすべてをほんの短期間で捕食したということになる。
魔獣以上の化け物であることに間違いはなかった。
『へっ! なりそこないかなんだか知らねぇけど、やっとあっちの出番ってことじゃないか』
説明を聞いて、少し落ち着いたらしい。
先ほどまで1歩も動かなかったミケは、爪で牙を研いだ。
「気を付けろよ、【雷王】。……魔法も剣も通る相手だが、取り込まれたら一瞬で消化されるぞ」
『消化ねぇ……。ちょうどいいにゃ! あっちの腹の足しにさせてもらおうか。ちと不味そうだが、にゃ!!』
ミケの身体が雷精を帯びる。
すると、光の速さで飛び出していった。
草原に一条の焦げ跡が残される。
一体のなりそこないに肉薄し、爪を振り上げた。
その体躯はあっさりと分断され、消滅する。
『はっ! なんだ、こいつら。意外と脆いぞ』
「不用意に触るな。その身体全部が、そいつの胃袋なんだからな」
ミケの顔が激痛に歪む。
見れば、前肢の爪が溶けていた。
先ほどなりそこないを切り裂いた爪がだ。
大した怪我ではなかったが、さすがに直接攻撃は避けなければならない。
『つまり、こいつらの身体が全部消化液ってことか……』
ようやく相手の特性を理解する。
一瞬、神妙な顔を見せたミケだったが、口元に笑みを浮かべた。
『なら、これならどうにゃ!!』
激しく体毛が発光する。
鼻先に雷が集中すると、ミケはその意志を持って弾いた。
放射状に雷精が広がる。
周囲のなりそこないを切り裂き、あるいは蒸発させた。
「すごい……」
ハシリーは呟く。
その前で大きな影が現れた。
なりそこないがつい目の前に立っていたのだ。
反射的にレミニアを抱きしめる。
瞬間、剣線が横一線に閃いた。
顔を上げると、ルーハスが立っている。
「大事ないか?」
「ありがとうございます、ルーハス」
「感謝する必要はない。これでも護衛だしな」
「何よ。その嫌そうな顔……」
「気にするな。これは元からだ」
ハシリーの胸に抱かれながら、レミニアは苦笑する。
だが、この時ほど【勇者】の背中が頼もしく思ったことはなかった
ルーハスの青眼が一瞥をくれる。
赤毛の少女にではない。
魔法陣の上に横たわる恋人に視線を向けた。
「それに守るものが増えたしな」
ルーハスは剣を振るう。
500名の軍を一瞬で食らった正体不明の魔物をあっさりと切り裂いていった。
彼の手に持つのは、王国から支給された単なるロングソードだ。
【シン・カムイ】と比べれば、紙屑に等しい武具だが、ルーハスは器用に使いこなしている。
「さすがね」
レミニアは賛辞を送った。
ルーハスはロングソードに魔力によるコーティングを行っている。
さらに、鑑定スキルを使い、一体一体の弱い部分を狙って、剣の負担を最小限にとどめていた。
並大抵の剣技ではない。
おそらく今のヴォルフでも無理だろう。
膨大な戦歴と経験、瞬間的な判断力がなせる技。
「(憎たらしいけど……。さすがは【勇者】様ね)」
だが、なりそこないは次々に現れる。
草を踏み荒らし、恐れることを知らない。
屍肉を求める魂亡き者のように【勇者】と【雷王】に近づいてきた。
縦横無尽に戦場を駆け巡っていたミケも、溜まらず退く。
『おいおい。何か増えてねぇか?』
「もう弱音か? 幻獣最強も大したことがないのだな」
『にゃにおう!!』
「だが、このまま戦っても埒がない。力を貸せ、【雷王】」
『ご主人様を斬ったてめぇに力を貸せだと。冗談にしても面白くねぇ』
「手を貸してあげなさい、ミケ」
2人の間に割って入ったのは、レミニアだ。
「パパならもう許してるはずよ」
ミケは唸り、そして考えた。
レミニアのいうことはもっともだった。
あの優しい主人なら、何事もなかったかのようにルーハスと酒を酌み交わそうとするだろう。
だけど、ミケはヴォルフほど優しくはない。
孤児院で主人を斬った時の光景は、今でも眼に焼き付いている。
その相手と手を組むなど、死んでも嫌だ。
だが、ミケは主人に任された。
娘を頼む、と。
そのレミニアは特効薬を飲んだ後も動けないでいる。
本調子ではないことは、隈の深くなった紫水晶の瞳から見て取れる。
主との約束を反故にするわけにはいかなかった。
『わかったにゃ……。その代わり――』
「なんだ?」
『あっちの力にあんたがついてこれればの話だがにゃ』
「面白い」
珍しくルーハスは口角を上げる。
呼応するようにミケも口を裂いた。
幻獣は雷を集める。
雷鳴が激しく草原の上を滑っていった。
まだ昼にもかかわらず、夜のように青白い光が周囲を支配する。
『行くぞ!!』
極大の光の玉を生成すると、ルーハスに投げた。
雷獣の力を得た【勇者】はわずかに唸りを上げる。
全身に無数の針を刺したような痛みが走った。
しかし、同時に力が湧いてくる。
「これが【雷王】の力か……。興味深い、な――――!!」
ルーハスは踏み込む。
感覚として1歩前に出ただけだ。
なのに、気が付けば群れの最後尾にいた。
「なるほど。なかなかのじゃじゃ馬のようだ」
光に魅了されるように、なりそこないがルーハスに襲いかかってくる。
鋭い音を立てながら、雷精を帯びた勇者は、ゆっくりと剣を構えた。
「参る!!」
その言葉通り、ルーハスは駆け出す。
なりそこないの群れに突っ込んだ。
光の線がまるで輪舞のように円を描く、
一瞬にして、なりそこないの群れを切り裂いた。
一拍遅れ、雷精同士が衝突し、激しい爆発につながる。
ルーハスの基礎能力、強化スキル。
そこに【雷王】の力が組み合わさる。
結果、彼は雷の速度を超えていた。
『ふん……。なかなかやるじゃないか。まあ、ご主人様ほどじゃあにゃいけどな』
「すごい……」
ただただ感嘆するしかなかった。
それほどルーハスの強さは極まっていたのだ。
「【勇者】ルーハス……。完全……復……かつ…………ね」
そのままレミニアは気を失う。
嬉しそうな顔は無垢な赤子を想起させた。
いかがだったでしょうか。
個人的にストラバールの世界観、ルネットと勇者の復活、そして未知の生物などなど、
てんこ盛りの内容で4話でまとめるのが大変だったのですが、やりたいことは出来たかなと思っております。
ブクマ・評価・感想・レビューなどをお待ちしてます。
さて、次回の内容ですが、ヴォルフパートに戻ります。
予告しておりましたが、騎士団の花セラネを中心に、ヴォルフそして騎士団が活躍する内容になっておりますので、お楽しみに。
次回更新は3月11日の予定です。
もうちょっと早くお出ししたいのですが、年度末進行中でして(まだ確定申告が済んでいない作家がいるらしい……)
それまでもう少しだけお待ち下さい。
今後とも『最強勇者となった娘に強化された平凡なおっさんは、無敵の冒険者となり伝説を歩む。』をよろしくお願いします。









