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【コミカライズ配信中】アラフォー冒険者、伝説となる ~SSランクの娘に強化されたらSSSランクになりました~  作者: 延野正行
騎士団長はつらいよ篇

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第44話 最高の最下位戦

エルナンスvsマダロー戦です。


コミカライズされました!

是非漫画でもこの熱いバトル見てください。


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)

 第4回目の競技会の日がやってきた。

 天気は晴れ。

 王宮ルドルムの尖塔の先には、真っ青な空が広がっている。

 その下では、人々の熱気が立ちこめ、騒然としていた。


 中庭に設けられた演武台を中心に観衆が集まり、波のような声援を送っている。

 もはや競技会は王宮の風物詩となりつつあった。

 日頃の仕事の憂さをここで晴らそうと、とにかく大きな声を上げているような状況だ。

 当然のごとく、賭が行われ、興味があるものは予想屋の口上に耳を傾けている。


 女たちは目当ての騎士の姿を見つけると、ハンカチを振った。

 その中でも、ぶっちぎりで人気があるのが……。


「ヴォルフさまぁぁぁあぁあああ!!」

「こっち見てぇぇぇぇぇぇえええ!!」

「いやぁぁぁぁああ! こっちみたぁぁぁ!!」

「うそ! あたしを見たのよ!!」


 なんとヴォルフだった。

 競技会では連戦連勝。

 しかも【勇者】ルーハスを倒し、国を救った英雄。

 いくら彼が田舎者でも、その強さに惚れ込む女たちは多い。


 だが、当人は戸惑っていた。


「なんだか照れくさいな」


「ははは……。いいじゃねぇか。1人ぐらい摘まんでも罰が当たんねぇぞ」


 ウィラスは茶化すのだが……。


「ウィラスさまぁぁぁぁぁあああ!!」

「こっちよ! こっちみてぇぇぇぇええ!!」


 ヴォルフの次に人気があるウィラスにも声援が送られ、さらには大きな横断幕まで広がっている。

 こちらも熱烈なファンがいるらしい。


「お前こそ人気があるじゃないか?」


「当たり前だろ。俺はいい男だからよ」


 ウィラスは手を振ると、女たちの悲鳴が返ってくる。

 彼の開けっ広げな性格を、少し羨ましく思った。


 だが、今回の競技会の主役はヴォルフでもなく、ウィラスでもない。

 奇しくも1回戦から戦うことになった貴族出身者と新米騎士だ。


 エルナンスは緊張した面持ちで演武台に上がる。

 先に上がっていたマダローはそれを見てにやりと笑った。

 その手には例のハルバードではなく、ロングソードが握られている。


「マダローのロングソードは、エルナンスの懐に入って接近戦で戦おうって魂胆だろうけど、エルナンスのありゃなんだ?」


 ウィラスが首を傾げるのも無理はない。


 普段のエルナンスは支給の鎧に身を固め、槍を持つオーソドックスな装備だ。


 しかし、今回は違う。

 軽い皮製の胸当てと肩当てといった軽装。

 ただ少し違うのは、手を包帯で巻き、その上に手甲までしている。

 まるで軽装兵のようなスピード重視の装備だった。


「注目の一戦だな」


 ヴォルフはニヤリと笑う。


「ヴォッさんがエルナンスとなんかやってんのは知ってる。けどよ。勝てるのかい、あいつ」


 ウィラスは浮かない顔だ。


 正直にいって、エルナンスには才能がない。

 確かに恵まれた身体は魅力的だ。

 けれど、ウィラスから見てエルナンスは決定的に欠けているものがある。


 人を傷つけるという意志だ。

 平たく言えば、度胸が足りない。


 これはエルナンスに限ったことではない。

 新米の騎士であれば、身分に関係なく起こることだった。


「まあ、見てろよ」


 ヴォルフは口角を上げた。



 ◇◇◇◇◇



 エルナンスは胸に手を置く。

 心の臓が悲鳴を上げていた。


 正直にいえば、逃げ出したい。

 騎士にはなりたいけど、あまり人を傷つけたくない。

 そんな矛盾した心を、相手と対峙する今となっても心の底から思っていた。


(でも……)


 そっとエルナンスは振り返る。

 後ろでヴォルフが腕を組み、足を広げて立っているのが見えた。

 大きく頷く。

 自信を持て……!

 そういっているのが、聞こえた。


(ヴォルフさま……さんのためにも、頑張らないと)


 自分を強くするために、あれほど熱心に支えてくれた人はいなかった。

 勝利で報いたい。

 この1回戦はどんな戦いよりも、重要だった。


「なんだ? そのへんてこな格好は?」


 マダローは相変わらずだ。

 常に嘲笑を向けながら、すでに鞘から抜き放ったロングソードをぶら下げている。

 エルナンスとは違って、自分の私室にいるかのようにリラックスしていた。


 いつものエルナンスなら、何も言い返さず縮こまるだけだっただろう。

 だが、今日に限って違った。


「ひ……秘密兵器さ」


 唇を震えさせながら反論する。

 マダローは一瞬呆気に取られた後、大笑した。

 釣られて他の貴族騎士たちも笑う。

 観客からも失笑が漏れた。

 エルナンスが1勝もしていないことは、周知の事実だ。

 負け犬の遠吠え程度にしか誰も思わなかった。


 嘲笑を浴びながらも、エルナンスはゆっくりと槍を構える。


 やがて審判係が間に入ると、場内はようやく静まった。

 準備(アーレ)の声がかかって、マダローはやっと剣を構える。


開戦(ヴァルド)!!」


 両者の立ち上がりは静かだった。

 お互い手の内を知っているからだろう。

 ジリジリとにじり寄りながら間合いを計る。


「ほう……」


 ヴォルフは顎を撫でた。


 マダローが意外と慎重だったからだ。

 直線的に突っ込んでくるのかと思いきや、足を止めて、相手の出方をうかがっている。自分が剣、相手が槍というのもあるのだろう。

 近接すれば勝てることはわかっている。

 だが、迂闊に突っ込むほど、武器の性能差は軽視していない。


「(でも、それ以前に……。マダロー自身が、エルナンスの強さを認めているということかもしれんな)」


 騎士団で最下位を争う間柄なのだ。

 相手の戦力を意識しないわけにはいかない。


 一方、エルナンスもまた冷静だった。

 穂先を相手に真っ直ぐ向け、軽く上下に揺さぶりながら、マダローとの距離を詰めていく。

 自分からは決して仕掛けない。

 相手の出方をひたすら待った。


「(あの巨体だからな。ただ近づくだけで、圧力になっちまう)」


 ウィラスもエルナンスの冷静さに賛辞を送る。

 それに今日の彼は何かが違う。

 非常に落ち着いている。その雰囲気が、マダローに対する牽制になっていた。


 気がつけば、場内はしんと静まり返っている。

 1回戦とは思えない緊張感が支配していた。


「…………!」


 マダローの顔がこわばる。

 いつの間にか演武台の端に立っていた。


 チッ、と軽く舌を打つ。

 端に詰められたからではない。

 敵を追い詰めてなお、エルナンスが動かなかったからだ。


 槍が動けば、そのタイミングで踏みだし、懐に入るものを……。

 それが出来ないもどかしさで、マダローは今にも爆発しそうだった。


「(ちっ……。2回戦まで隠しておきたかったんだがな)」


 突然、マダローは剣を放り投げる。

 ロングソードは演武台を滑り、エルナンスの足下に転がった。


 何を……?


 同様の疑念は、見ていたもののすべての心に落ちる。

 やがてマダローは両手を挙げた。


「え? 降参?」


 誰にもその時、マダローが降参したように見えた。

 エルナンスは目を剥き、力を抜く。

 槍の先が下を向いた。


 マダローの顔がわずかに歪む。


「エルナンス! まだ終わってないぞ!!」


 ヴォルフは叫んだ。

 だが、遅い。

 マダローは横に走ると、腰に手を回し、手の平ほどの短刀を投げた。


「投げナイフ!?」


 一同は驚く。

 だが、決して反則などではない。

 この競技会で禁止されているのは、攻撃系魔法や魔具、毒だけだ。

 飛び道具の使用は認められている。


 驚いたのは、マダローがナイフを使ったことだ。


 ナイフは真っ直ぐエルナンスに向かっていく。

 コントロールは決して悪くない。

 直線上にナイフを投げるのは難しい。

 しかも動きながらなら尚更だ。


「あの野郎……。修練をさぼって、あんな芸当を身に着けてたのか」


 ウィラスは歯をむき出す。


 自主練をしていたのはエルナンスだけではない。

 マダローをはじめ、多くの騎士たちがこの競技会で勝ち上がろうと、技量を研鑽し続けていた。

 おかげで、競技会のレベルはどんどん上がっていっている。

 ウィラスとて、安泰というわけではない。


 ナイフはエルナンスの槍にはたき落とされる。

 これはこれで難しいのだが、たまたま当たっただけだった。


 奇跡の防御に、マダローは全く怯まない。

 むしろエルナンスが槍を大振りしたのを見計らい、地を蹴った。

 その足下に転がったロングソードを拾い上げた。


「終わりだ!!」


 振り上げる。

 切っ先は相手の槍を握る手に届く。

 バチッと鋭い音を立て、手と槍を一緒に弾いた。


 槍は青い空へと飛んでいく。

 空気を切り、演武台に突き刺さった。

 柄の部分がビィィィンと震える。


 武器をなくしたエルナンスを見て、マダローは得意げに笑った。


 容赦なく剣を振り下ろす。

 金属音が響いた。


 エルナンスがはめていた手甲に阻まれる。


 思ったよりも分厚く出来ているのだろう。

 全身全霊を込めた振り下ろしを受け止めた。


「しゃらくせぇ!!」


 マダローは構わず押し込む。

 金属音が断続的に演武台に響いた。

 一方的という見方もあるだろうが、ウィラスは感心する。


「うまくマダローの攻撃をいなしてるなあ。あれが、あんたが授けた接近戦対策かい?」


「まあな。その1つだ」


 徐々にエルナンスは押し込まれていく。

 先ほどはマダローを演武台の端に寄せた男が、逆に端へと追い込まれていた。


 それでもエルナンスの目は死んでいない。

 襲いかかってくる剣を冷静に手甲で捌いている。

 その心模様に1番驚いていたのは、本人だった。


 怖い……。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い……。


 ただただ攻撃が怖い。

 悪魔か野獣のように襲いかかってくるマダローが怖い。

 自分を傷つけようとする相手が怖い。


 恐怖で一杯だ。

 それでもエルナンスは立っている。

 相手の攻撃を見極め、捌いているのは、たった1つの想いだけだった。



 勝ちたい……!



 ヴォルフさんのため……。

 騎士を目指すきっかけをくれたツェヘス将軍のため……


 いや、違う!!


 誰かのためなんておこがましい。

 たったの1勝で返せるほど、安い恩を受けたわけではない。



 だから、この1勝は誰のためでもない……。



 その時だった。

 エルナンスの引き足が、演武台からわずかに出る。

 気づいたマダローは大きく振りかぶった。

 演武台から落とし、反則負けを狙ったのだ。


 だが、その妥協こそが、彼の敗因となった。


 ヴォルフは叫ぶ。


「エルナンス、いけぇぇぇぇえええ!!」


 エルナンスは初めて防御を解く。

 亀の子のように縮こまっていた身体を大きく弓なりに反らした。


 そしてマダローの剣よりも速くそれ(ヽヽ)は飛んできた。




「これは僕の1勝だぁぁぁぁあああ!!!!」




 エルナンスの必殺の左拳は、吸い込まれるようにマダローの右頬を貫くのだった。


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