第39話 おっさん、騎士団に入る
お待たせしました。
実質的な本編再開です。
革命の日から10日が経とうとしていた。
いまだ内乱の爪痕は大きく残っていたが、徐々に王都は落ち着きを取り戻そうとしている。
ギルドは国と協力し、土木や建築関係のクエストを用意した。
金払いもよく危険もクラスも関係ないため、低クラスの冒険者には好評だ。
ヴォルフ・ミッドレスの謁見の後、ムラド王は今後の冒険者に対する保証の新指針を発表した。
これは実質的な革命側の勝利といえる。
それもあってか、レクセニル王国と冒険者のわだかまりが、小さくなり、あちこちで兵士に指示されながら、土木工事を手伝う冒険者の姿があった。
ヴォルフもまた、土木クエストを手伝っていたのだが、再び王宮ルドルムへの出頭命令が下る。
娘に何かあったのか。
それとも、自分でも意識していないところで、粗相があったのか。
首を傾げつつ、馬車に乗せられ、再建中の門をくぐった。
いつも通り、身なりを整える。
大公家の時とあわせて、今回で3度目だ。
湯殿の使い方も覚えてしまった。
通されたのは、執務室だ。
中に入ると、堆く積まれた書類に包囲されたムラド・セルゼビア・レクセニルの姿があった。
熱心に書類に目を通し、【王具印】を刻んでいる。
ヴォルフが入ってくるのを見ると、横で控えていた大臣に「休憩にしよう」と一言漏した。
内大臣レッセル・ヴァシュバーは、恭しく礼をし、部屋から出て行こうとする。
髪や身なりは整えているが、まだまだ顔が田舎臭い男を一瞥することを忘れない。
別にヴォルフが悪いことをしたわけではなく、単純に下賤な冒険者が気に入らないのだろう。
いまだルドルムでは、貴族主義といわれる高身分・高学歴を重視する風潮が根強く残っている。
それは大臣の態度から見ても、明らかだった。
「よく来てくれた、ヴォルフ。そこへかけるが良い」
ムラド王は目を揉んだ。
御年62歳と聞いた。
椅子に座っての執務も身体に応えるのだろう。
ヴォルフはいわれた通り、執務室の角にある椅子に座る。
王は鈴を鳴らすと、給仕が物音1つ立てずにやってきた。
「お茶を頼む。熱いヤツをな」
かしこまりました、と大臣と同じく深々と頭を下げ、給仕は部屋を出ていく。
次に王が目を付けたのは、ヴォルフと一緒に入ってきた護衛の兵2名だ
「お主たちも下がってよいぞ」
「恐れながら、王――」
「お主たちがいいたいことはわかる。だが、この男に限って、余に危害を加えることなどない。それにヴォルフがいきなり余に斬りかかってきたりしたら、お主たちで止められるか?」
「「命に代えても!!」」
声を揃える。
しかし、幾分震えているように思えた
王は穏やかに笑う。
「お主たちの忠節は嬉しいが、国の人財を失うのは惜しい。それに今は国家の再建中じゃ。じじいよりも、若いお主たちの方がよっぽど役に立つわい」
兵たちはすぐに立ち去ることはなかったが、やがて根負けし、部屋を出ていった。
そのタイミングでお茶が運ばれてくる。
ヴォルフの前にあるテーブルに、銀の茶器が並べられた。
とぽとぽ、といい音を立てると、爽やかな草原の香りが執務室に広がる。
給仕が出ていくと、王も椅子から腰を上げ、ヴォルフの前の椅子へと移動した。
ムラド王とヴォルフ。
2人っきりだ。
「王というのは因果なものでの。他人からみれば、王こそ国を動かしているように見えるだろうが、余から見れば、動かされているのは余の方だ。何かやるたびに、人を諭さなければならない」
「王が慕われている証拠です。皆、心配してるのですよ」
「若い頃は冒険者になってみたかった。お主たちのように明日のことを自分で決めたかったのだ」
「ムラド王は俺の前でしっかりと決めてくれました。あの時のように自信を持って差配をふるっていただければいいのです」
「ふふ……。いうのぅ、お主。とても余より一回り年下とは思えんな」
「気に障ったのであれば、謝罪します」
「よいよい。さ。折角だ。飲んでくれ。南で取れる貴重な種の茶葉だ」
お互いティーカップを掲げ、一口飲む。
うまい……。
茶より酒が好きなヴォルフでもわかるほどの美味さだった。
甘いとか、苦いとかそういう次元ではない。
味が“深い”のだ。
匂いを嗅いだ時に浮かんだ草原の風景が、舌に載った瞬間、さらに鮮明に広がっていった。
「それで……。陛下、何故俺を呼んだのですか?」
しかも、謁見の間ではなく、執務室。
こんな茶器まで用意し、労っているのだから、何かあるに違いなかった。
「友人と会いたかったでは駄目か?」
「お、恐れ多きことで……」
「はっははは。余はお主を気に入っておるのだ。もう少し楽にせぇ」
謁見の間に呼ばなかったのは、単に王が忙しい家臣や貴族を集めたくなかったこと。また茶を振る舞ったのは、先日のお礼も兼ねているのだという。
ムラド王の本題はここからだった。
「グラーフがな。自ら謹慎を申し出ての」
レクセニル王国軍の大将【猛将】グラーフ・ツェヘス。
革命の折り、速やかに王都へと引き返し、鎮圧したことにより、彼の功績を高く評価する声は少なくない。
しかし、ツェヘス将軍は、今回の革命を未然に防ぐことが出来なかったとして、自ら謹慎を申し出たのだという。
「何度も止めたのだが、ヤツも頑固での。相当責任を感じておるらしい。それに噂のこともあるしの」
王都では、革命の日取りと主力騎士団が演習していた時期が一緒であったことから、ツェヘスとルーハスは裏で繋がっていたのではないかという流言飛語が飛び交っていた。
またツェヘスと敵対する貴族側の屋敷が集中的に襲撃されたことからも、軍による粛正だったのではないかという見方まで存在している。
王都にいれば、否応でも聞くこの手の噂に、当の英雄であるヴォルフは沈黙を貫いてはいたが、気にはなっていた。
「王はどうお考えなのですか?」
「ふむ。グラーフがその企てに関与していたとしても、おかしくはなかろう。それほど、レクセニルは腐っておった。革命の折り、ルーハスがいなければ、余の前に立ちはだかったのはグラーフだったかもしれぬ」
物憂げな表情を窓外へと向ける。
つい10日前、黒煙が覆っていた空には鮮やかな青が広がり、斑燕が北へ向かって飛んでいくのが見えた。
王は悔いていた。
この革命も、グラーフの謹慎も止められなかったのは、他でもない。
国の代表者たる己の責任なのだ。
「ムラド王……」
「おお。すまぬ……。話を戻そう」
ムラドはテーブルに手を突き、しわがれた指を組んだ。
「お主を呼んだのは他でもない。グラーフが謹慎している間、客将という形で騎士団に入ってほしいのだ」
「……。……。……。……。……え?」
「む? 聞こえておらんかったか? お主を客将に――」
「いやいやいやいやいやいや、ちょ、ちょ、ちょっと待ってください。なんで、俺なんですか? 他にも適正な人材がいるのではないのですか?」
「お主以上に強い人材はなかなか見つけられんよ」
先の革命において、少ないながらも死者を出し、多くの負傷者も出した。
特に家臣の屋敷を襲撃されたのは、レクセニル王国にとってかなりの打撃で、どこの部署も人材不足に陥っている。
外部や他国から借り受けなければいけない状態なのに、今回のグラーフの謹慎である。
さすがのムラドも頭を抱えていた。
「案ずるな。何も騎士団を率いて用兵をしろとはいわん。そうさの。一時的な象徴となってくれればいい。むろん、有事の際にはその剣を振るってもらうがの」
「いや、だったら俺なんかより――」
レミニアの方がいいのではないか、と言いそうになって、ヴォルフは慌てて口を噤んだ。
確かに娘は父よりもさらに優秀だ。
騎士団を立派にまとめあげることが出来るだろう。
だが、レミニアを危険な任務に送ることにもなる。
たとえ、娘が【大勇者】といわれている存在だとしてもだ。
それに騎士団はそのほとんどが男だ。
何も知らない田舎娘をかどわかす悪い虫が付くかもしれない。
「(駄目だ! それだけはパパ許しません!!)」
ヴォルフは密かに毛を逆立てた。
「いやなら、他の者を探すが……。たとえば、レ――――」
ムラドが口にする前に、ヴォルフはその手を取っていた。
真剣な眼差しで、王に宣誓する。
「是非! 俺を騎士団に入れてください!!」
その勇ましい声は、王の執務室を越え、廊下にまで響き渡るのだった。
言おう言おうと思っててずっと忘れていたのですが、
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