第312話 羽ありのガダルフ(前編)
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◆◇◆◇◆ ガダルフ ◆◇◆◇◆
ヴォルフとガダルフが聖樹リファラスの頂上で相対する頃より、2000年以上前。
まだ幼かったガダルフの背中に天上族の象徴たる翼が生えた。人族であれば、子どもの成長した証として両親が手を叩いて喜んだであろうが、ガダルフには世話人という天上族がいても、両親というものはない。天上族は卵のなる天樹から産まれるからだ。言わば天樹こそ父であり、母であるのだが、ガダルフはもちろんのこと天上族の多くが親という意識すらなかった。
鏡の前で立った己の姿を見て、ガダルフは数度振り返った後、外に出た。期待していたわけではないが、特別な感慨は浮かばない。今まで手が届かなかったところに、手が届くのは便利だが、さして他に誇ることもなかった。
粛々と仕事をこなしていると、まだ翼の生えていない天上族が、ガダルフの変化を見て群がってくる。表情のとぼしいガダルフとは違って、笑顔で「おめでとう」と祝福された。翼が生えた天上族は大人として見られるからだ。
「いいな! ねぇ! 痛かった?」
「別に……。気づいたら生えてたから」
ガダルフは素っ気なく答えた。
◆◇◆◇◆
ガダルフは生まれて日の浅い天上族の中では優秀だった。翼が生えた後、大人たちの仕事を手伝うようになった。といっても、大人の遊びの手伝いや、寝具の片付けなどである。小間使いみたいに使われていた翼がない時代とさほど変わらない。相手が偉い人かそうでないかの違いだろう。
ガダルフは文句も言わず、自分よりも早く生まれた天上族の言うことを素直に聞き続けた。それは物言わぬゴーレムのようだった。
ある時、仕えている天上族とともに下界の様子を視察することになった。この時ガダルフの背は伸び、人族でいう青年期を迎えていた。天上族は子どもを生むことはないが、普通に恋愛はする。ガダルフに言い寄るものは、男女問わずいたが、当人は興味を示すことはなかった。
知識で知っていたが、下界は凄まじい場所だった。
天宮より広い大地。鬱蒼と茂る巨大は樹木と、多種多様な生物。ガダルフの知識欲はそこで爆発するかと思えばそうではない。何もかも知識と同じ退屈極まりない場所だった。
天宮の生活に飽き、何か刺激になることはないかと思い、下界の視察に同行したが、ガダルフの琴線に触れるようなものはなかった。
他の天上族は羽なしたちを見つけてからかっている。まるで狩りでもするかのように逃げる羽なしを撃ち殺すものもいた。羽なしたちもそれが慈悲だと泣いて喜んでいる。
「何がたのしいのだ……?」
こっそり天宮に戻ろうとした時、ガダルフは足を止めた。
泉に妖精と見間違うほどの女がいた。
真っ白な肌に、胸からくびれにいたる芸術的なライン。銀髪はぬれそぼり、大きな水滴が泉に波紋を作っている。
羽なしの女は泉で水浴びをしていたらしい。ガダルフの視線に気付くと、黙ってその場に蹲り、背中を向けた。そこでガダルフもようやく我に返る。思わず――――。
「すまぬ」
目を背けてしまった。
我ながら不思議な反応だと思った。相手は羽なしである。何も遠慮することなどない。このまま襲いかかっても罪に問われない。それどころか羽なしどもは泣いて喜ぶだろう。
なのに羽なしの女の前で、猛烈な羞恥心がこみ上げてくる。この時、ガダルフは妖精のように美しい女の肢体でははなく、妙な感情を抱いている己の反応に興味を持っていた。
同時にその原因である羽なしの女のことが気になり、こう尋ねた。
「女、名は?」
「…………」
一向に答えは返ってこない。
裸を見られたことに驚いているのかといえば、そうではない。羽なしの女はガダルフに何かを訴えようとしているのだが、全くガダルフには通じていなかった。がなるだけの羽なしにいっそ殺そうかとさえ思ったが、次第に声が出せないのではないかという結論に至る。
「そういうことか……」
声を出せるようになる魔法など使ったことも、作ったこともないが、ガダルフは魔法が得意であったからすぐに構築してしまった。早速女に試すと、口から声が漏れ出し始める。最初こそ言葉の出し方に戸惑っているようだったが、少しずつ意味をなし始めた。
「お前、名は?」
「ラー…………ウ……」
「ラーウか。どこに住んでいる?」
ラーウは何か喋ろうとするが、やはりまだ言葉を上手く喋れないらしい。ただ北の方を指差した。これでは喋ることができない時となんら変わらない。次第にガダルフは興味が薄れていく。
「お前と喋ることができれば、この胸の高鳴りの理由もわかるものだと思ったが……。良い。去れ……って、おい。勝手に俺に触るな」
「……おね…………がい……」
「あ?」
「ことば…………おし…………え……て……」
「そんなもの他の羽なしに聞け」
「……みんな……い……な、い」
「みんないない? 聖獣に食われたのか?」
ガダルフの質問に、ラーウは頷く。そして訴えかけるように、ガダルフを見つめた。しばらくラーウから目を背けていたガダルフだったが、ついに根負けした。
「くそ! わかった。喋れないのでは、胸の原因もわからないからな」
「あーう!」
ラーウは叫ぶ。その言葉に意味などなかったが、顔は嬉しそうだった。
こうして羽ありと羽なしの交流が始まった。









