第310話 伝説を望む者たち
◆◇◆◇◆ 五英傑 ◆◇◆◇◆
空が破裂したような轟音が聖樹の森全体に響き渡る。
耳を立て、ふと顔を上げたのは、【勇者】ルーファスだ。振り上げた刀を1度下げ、空を仰ぐ。その仕草に真っ先に反応したのは、死線をともにするルネットだった。
「行かなくていいの、ルーファス?」
「何がだ?」
「今、あそこでは世界の命運がかかる戦いが行われている。ヴォルフさんが勝てば、後世に語り継がれる伝説になるわ。……【勇者】としては参戦したいんじゃないかって思って」
ルネットは悪戯っぽく笑う。
対するルーファスはやや憤然としながら切って捨てた。
「くだらん」
「まあ……」
「世界の命運なら、お前がいる戦場もまた一緒だろう? オレにとってお前が世界そのものだ」
「る、ルーファス!!」
少しからかうつもりが、思いもよらない反撃を受けて、ルネットは顔を赤くした。一方ルーファスは動揺するルネットを見つめた後、再び空を仰ぐ。轟音が鳴り続けている。激しい剣戟の音であることはわかっているが、まるで神同士が戦っているように聞こえた。
「オレはルネットしか抱えることはできなかった。引退冒険者――いや、ヴォルフ・ミッドレス……。お前は何を抱えて戦っている」
ルーファスは少し目を細める。
焦がれるように……。
ギィン!!
すぐ近くで剣戟の音がする。
空のものと比べれば、大したことがなかったが、戦場の音であることは確かだった。
「まだ出てくるのかよ」
気勢を吐いたのは、イーニャだ。
背後には巨人族のブランも控える。
共に満身創痍。ほぼほぼ魔力が無くなったため、ルネットの補助や強化魔法の恩恵が受けられなくなってしまっていた。それでも五英傑の全員は、地上に残ったなりそこないと互角の死闘を演じている。
「イーニャの言う通りだわ。5分も休ませてくれないなんて。これ以上老けたらどうしてくれるのかしら」
つかの間の休息をとっていたルネットも慣れない白兵戦の構えをとる。その英傑たちの先頭に立ったのは、ルーファスだった。
戦闘が始まって、すでに24時間が経とうとしている。普通の人間ならとっくに限界を迎えていただろう。しかし、白狼族の牙は未だに折れず、冴え冴えとしていた。
その牙の後ろには、仲間と守るべき国民がいる。
「死守するぞ、お前たち!!」
「「「おお!!」」」
珍しくルーファスが鼓舞すると、仲間から威勢のいいかけ声が返ってくる。
ルーファスはゆっくりと刀を構え、さらに大きく息を吸い込んだ。
(たとえ、この戦いが伝説にならなくとも……!)
◆◇◆◇◆ ヒナミたち ◆◇◆◇◆
「うちはヴォルフはんの場所に行ってみたいわぁ」
なりそこないをかっさばきながら、クロエは駄々をこねた。勿論本人にはそんな気はこれっぽっちもない。いや目の前のなりそこないを片付けることができれば、今すぐにでも駆けつけたいのだが、如何せん当の敵は竈に棲みつく便所蜂のように出てくる。
加えて魔力を吸われた反動か、妙に気配が鈍い。
目が見えないクロエにとっては、かなり難しい状況にあった。
諫めたのは、クロエの妹よりも小さなヒナミだ。
「子どもみたいに駄々をこねるな。我々は我々の仕事をするだけだ」
「でも気にならん? この空から聞こえてくる轟音……。まるで雷様同士が戦ってみたいやあらへんか。小さい王様は見たくないの?」
「しつこいのぉ! 見たいに決まってるだろ。何度も言わせるな」
「ヴォルフはんはきっと後世に残る偉人になる。そして、この戦いはきっと伝説になるさかい。……はっ! でも、一体誰があの戦いの凄まじさを語り継ぐんやろか? やっぱりここは――――」
「クロエ殿、落ち着くでござるよ」
「そうです、クロエさん。今、わたくしたちがやることは民衆を守ることです」
アンリは剣を掲げる。
その背後には、なりそこないに怯える母子の姿があった。
「それに語り継ぐものはすでにおる」
ヒナミは天を仰ぐ。
戦いはクライマックスを迎えようとしている。
雷のように走る轟音が見えるようだった。
◆◇◆◇◆ ミケ ◆◇◆◇◆
幻獣にとって、魔力は生きる力だ。
それを吸収されたミケは、半分冬眠のような状態になっていた。眠っているような今の状態では、感覚は薄く、ほぼ何も見えない。
でも、ミケには立派な耳がある。
魔鉱石を見分ける鼻がある。
こうして蹲っていても、主人が戦う姿がまざまざと浮かんでくる……。
伝説を目撃する特等席にいながら、ミケは主人の雄姿を見ることができない。ルーファス、あるいはクロエのように残念がっているかといえば、そうではない。むしろミケは感謝していた。
(ありがとにゃ、相棒。あっちを戦場にいさせてくれて)
ミケには深い深い業がある。
前の飼い主――伝説の【雷獣使い】――ロカロ・ヴィストのことだ。彼から離れた一瞬の隙に、ロカロは魔獣に殺された。仇は討ったが、今もミケの心の中でしこりとして残っている。
だから今回は離れたくなかった。
たとえボロ雑巾のように使い物にならなくなっても、今の主人の側にはいたかったのだ。そしていさせてくれた主人に、ミケは感謝していた。
(勝て……。ご主人。勝って、伝説になるにゃ)
◆◇◆◇◆ レミニア ◆◇◆◇◆
ジャンッ!!
雷が落ちたかと思うほどの轟音だった。
聖樹の森を抜け、再び王都へと馬を飛ばしていたレミニアは一瞬背後を伺う。
喉の奥から湧き出た想いを必死に押し込め、小さな【大勇者】は前を向いた。
「レミニア……」
「何も言わないで、ハシリー」
「すみません。でも、あえて言います。側にいなくてもいいのですか?
「いたいわよ! いた方が断然いい!!」
「ですよね。ヴォルフさんのことを心配ですもんね。それにこの戦いきっと……」
「だって、パパのカッコいい姿を今度こそ見れると思ったのに!!」
レミニアは絶叫する。
馬が驚いて、足を乱すほどだった。
小さな【大勇者】の我がまま発言に、ハシリーは呆気に取られる。そしてレクセニル王国の城の中でもそうであったように、頭を抱えた。
「そ、そっちですか?」
「当たり前よ! 絵画にして額縁に飾っておきたいぐらいだわ。いえ。何枚も描いて、美術館を作るの! どう!?」
「どうって言われましても……。こほん。心配じゃないんですか? 相手はガダルフですよ。我々2人でも子ども扱いだったのに。お一人で……」
ハシリーは話題を変え、神妙な表情でレミニアに質問した。
普通の娘なら泣き出したかもしれない。
でも、レミニアはそうではなかった。
紺碧の瞳を細めると、不敵に笑う。
そういえば、ニカラスから出る時もそうだった、とハシリーは詮のないことを考える。
「心配? してないわよ。パパが勝つから」
「そりゃあなたはそういうでしょうけど」
「パパが勝てないなら誰も勝てない。ハシリー、気づかなかったの? ヴォルフ・ミッドレスは、わたしのパパはもうそういう次元にいるのよ」
「え? それって……」
レミニアは振り返る。
祈るように目を伏せた。
パパ、勝って……。そして本物の勇者になって……!









