第291話 聖樹の森の中にて
☆★☆★ コミカライズ更新 ☆★☆★
昨週、コミックス5巻が発売されましたが、
本日はコミカライズ第30話がBookLive様で更新されました。
新章突入。また扉が一心されました。
レミニアが中心とするお話ですので、是非よろしくお願いします。
◆◇◆◇◆ 聖樹リヴァラス ◆◇◆◇◆
聖樹リヴァラスの元に炎が回ろうとしていた。
聖なる森林の周りはすでに煌々と赤く光り、空を黒い雲が覆おうとしている。
ヴォルフに強化魔法を送るため、魔力を送っていた民衆たちもそれどころではない。
突然現れた他国の兵に、その民衆たちすら武器を持って戦わねばならない状況になっていた。
「おりゃあああああああああ!!」
リヴァラスの根本で気勢を吐いていたのは、イーニャだった。
避難民を守るために残った五英傑の【破壊王】は鉄の塊を、他国の兵士の頭に叩き落とす。
容赦の無い一撃は、多数の兵士を巻き込むが、相手の圧力が緩むことはない。
逆に後方から射られた矢の雨を抜け、イーニャは後退を余儀なくされた。
他も同様だ。
連れてきた冒険者や生き残ったレクセニル王国の兵士や騎士はよく頑張ってくれてはいるのだが、多勢に無勢という状況である。
すでに避難民がいるリヴァラスの森に、兵士達は入り込もうとしていた。
「イーニャ、ここはダメよ! 一旦下がって!!」
「わかった」
指示を出し、イーニャとともに森を駆け抜けたのはルネットだった。
「いたぞ!」
「女だ!!」
「捕まえろ!!」
殺意と欲望を丸出しにしながら、2人の女性冒険者を追いかける。
それを見て、ルネットは懐からナイフを出す。
反撃に転じるのかと思ったが違った。
目の前にあった蔓で作った縄を切る。
瞬間、仕掛けが動くと、森のあちこちにしかけていたクロスボウが作動し、矢を射出する。目に映る間もなく飛んできた矢に喉を射貫かれ、追ってきた兵士達はたちまち崩れた。
さらに森の中で悲鳴が響き渡る。
「全隊止まれ! 森の中に罠が――――うっ!!」
敵兵の隊長格が森の中にある罠に気づいて、立ち止まる。
だが、その指示を出すために喉を射貫かれ、倒れた。
恨みがましい瞳で森の奥を見た時、熊のように大きな女が矢をつがえて、こちらを見ていた。
「悪いわね。こっちは必死なんだよ」
二射目を射る。
再びその喉を射貫くと、ついに隊長格は息を引き取った。
「よし! 今のうちよ、イーニャ!!」
「わかってる!!」
2人は森の奥へと逃げていく。
さすがに兵士は追ってこなかった。
罠に加えて、森の中に先ほどのような伏兵が隠れ潜んでいるかもしれないからだ。
イーニャは耳をピクピク動かしながら、後ろの様子を探る。
「よし! 止まったぞ、ルネット。うまくいったな」
「といっても、時間稼ぎぐらいにしかならないけどねぇ」
そこに先ほど矢を射った大柄の女性が現れる。焦げ茶色の髪を三つ編みに巻き、やや慎重な目つきでルネットを睨んだ。
テイレス・レッダー。
レクセニル王国西区ギルドの受付嬢だ。
「やるじゃない、テイレス。今からでも現役復帰できるんじゃない!!」
「よしとくれよ! 現役を退いて何年経ってんだと思ってんだい!」
テイレスは元冒険者だ。
パーティーでは回復薬を務めていたが、弓にも自信がある。
「まったくあんたったら。いきなり生き返ったと思ったら、こき使って……」
「悪いわね。今は猫だろうと、熊だろうと手を借りたいところなのよ」
「あれは一体どこの軍隊だい?」
「鎧からしてボロネーかしら?」
「ボロネー? くそ! あいつら裏切ったのか!!」
イーニャは舌打ちする。
ボロネー王国はレクセニル王国の規模を考える小国に当たる。レクセニル王国の東に位置し、山の中の少数民族が独立を宣言して国として認められた経緯を持つ。
だが、山の中の生活は過酷だ。
冬季ともなれば、雪が降り、外にすら出られなくなる。
比較的温暖で、大気も安定したレクセニル王国の土地を昔から羨ましく思っていたのは間違いない。
「たぶん、それだけじゃないわ。ラウナドーロ、ベッカー、神聖ミセリアス共和国からも来てるでしょうね」
「それって、ラーナール教団のアジト襲撃時の協力国ばかりじゃないか!?」
「昨日の友は、今日の敵ってね。今のレクセニル王国を真に助けたい国はいないわ。しいてあげるなら、ガーファリア陛下ぐらいかしら」
レクセニル王国に最初に侵攻したのはバロシュトラス魔法帝国の君主ガーファリアだった。
王国に一時の混乱をもたらしたが、手を焼いていた天使を屠り、レクセニル王国を裏で操っていたガダルフを炙り出した。
武力を見せつけることは野蛮であれど、その膿を取り除いた功績は讃えられないが、結果的には良い方向に向かったことは確かである。
「今のレクセニル王国は風前の灯火よ。そこにきて、バロシュトラス魔法帝国の侵攻。魔獣の脅威は完全に去ってはいないけど、元々いがみあっていた国が戦うには、ちょうどいい頃合いなのよ」
「それはまだわかんねぇだろ! レクセニルにはまだ――――」
「そう。脅威が残っている。でも、まだレクセニル王国だけで済んでいるともいえる。今のうちには取るもの取っちゃえってことでしょ?」
「それじゃあ火事場泥棒じゃないか? こそ泥ならいざしらず、国がやることかね」
テイレスも頭を抱えた。
「どんだけ高尚なお題目を唱えたところで、人間性がすぐに変わるものじゃないわ。他人なんて自分勝手なもんよ」
「悲観してる場合じゃないよ、ルネット。あんたは【軍師】だ。何か建設的な意見はないのかい?」
テイルスは神にも祈る気持ちで尋ねた。
「悪いけど、今は時間稼ぎしかないわね」
「師匠頼みってことか」
「ヴォルフさんも厳しいと思う。強化魔法が止まっては……」
「舐めんなよ、ルネット! ヴォルフ師匠は強い。きっと戻ってきてくれる」
「イーニャの言う通りだよ。あの子なら大丈夫さね」
「ええ……。あなたたちがそういうなら私も信じるわ。その可能性に……」
森の中を駆け抜けるルネットは顔を上げる。梢の間に小さな星が光っているのが見えた。
それを黒い雲が覆い隠そうとしているが、一際輝く小さな星は、懸命に防ごうとしている。
(ヴォルフさん、もうあなただけが頼みよ」
その星に祈りを込めるのだった。
◆◇◆◇◆
「これもあなたの仕込み、ハシリー?」
レミニアはハシリーを睨む。
ストラバールの歴史は知っている。
それでも弱っている国に他国の軍隊が押し寄せてくるなんて、あまりに都合が良すぎる。
誰かの策略で間違いなかった。
「それは過大評価というものですよ、レミニア……。元々はガダルフと、ハッサルの仕込みです」
「ハッサル? どうしてここでハッサルさんの名前が出てくるんだ?」
「簡単なことです。彼女はこちら側の人間だった――それだけです」
「そんな……」
「彼女は古のストラバールより生きる神狐の1匹ですよ。バロシュトラス魔法帝国を操り、今のような状況を作り出そうとしていたようですがね」
「ガーファリア陛下がいて、できなかった」
「そんなところでしょう。そして、その計画はレクセニル王国に引き継がれた。もはやレクセニル王国は真っ暗な穴です」
「穴……」
「人間の欲望という欲望が吸い込まれていく穴……。命も地位も名誉も関係ない。そこに1番も2番もない。ただ欲望を流し込むだけの底のない穴……。レクセニル王国の未来は決まった。つまりは地盤沈下し、いつか消滅する」
「させない! させるわけがない!!」
ヴォルフは叫ぶ。剣を構えた。
「決着を着けるぞ、ハシリー」









